第48話 オムレツは爆発だ!
「君、ついてきなさい。」
レイがチラッと振り返り、魔王を呼んだ。
「うん!」
魔王は明るく答え、楽しそうにレイの後ろを追った。セナは厨房に入る二人を心配そうな顔で見守っていた。
「セナちゃんは?」
ふと、セナがついて来ないことに気付いた魔王が聞いた。レイは答えず、厨房に入るや否や驚くべき速さでオムライスに必要な材料を揃えた。迷いのない動きでフライパンに火をつけ、油を引く。
「見ていなさい。」
レイは具材を一気に空中に放り投げると、鋭い手付きで包丁を振るった。
シュシュシュッ!
と軽快な音と共に、完璧な立方体に切り分けられた具材たちは吸い寄せられるようにフライパンの中に収まった。
「わあ、すごい!」
レイは手際よく具材を炒め、ご飯を投入。ケチャップも添えた。美味しい匂いが厨房に立ち込め、あっという間にこれ以上ないほど完璧なチキンライスが皿に盛りつけられた。
「輝かしい…!」
皿のチキンライスを目にした魔王は、震える声でそう漏らした。彼女の言葉通り、米粒は均一にケチャップと油を纏い、まるで丁寧に磨き上げられた宝石のように一粒一粒が輝きを放っていた。
レイは魔王の反応が当たり前だというように鼻で笑い、卵を片手で二個持ち上げた。コン、コンと手に取った卵を器の縁に小気味よく打ち付け、指先を動かすと中身が器の中へと滑り落ちた。
「あっ…!」
魔王は歓声の代わりに嘆息を漏らした。白身、黄身と混ざって殻の欠片まで入り込むのを目撃してしまったのだ。
レイは素早い動きで箸を掴み、欠片を取り出した。
「何よ?」
レイは何事もなかったというように魔王と目を合わせた。
「何でもない。」
レイは器に目を移し、箸で卵を溶き始めた。
カチャカチャ。
規則正しい音が、精巧なメトロノームのように厨房に響いた。続いてレイは濾し器を取り出すと溶いた卵を流し込んだ。
「それはどうして使うの?もうちゃんと溶いたじゃん。」
魔王が目を細めて聞いた。
「見れば分かる。」
ドロッとしたカラザや、混ざりきらなかった白身が丁寧に取り除かれていく。濾し器を通り抜けた卵液は、雑味のない、より一層深く鮮やかな黄金色へと変わっていた。
「綺麗になってる!」
魔王は目を輝かせた。レイは再びフライパンを火にかけた。十分熱せられたことを確認すると、一滴の無駄もない動きで卵液を一気に流し込んだ。
シュワッ!
という音と共に、フライパンの中で黄金の海が揺れた。
暫くして、完成されたオムレツは完璧で見事に…焦げていた。
「どうして?!」
黄金の海から石炭の塊になってしまったオムレツを見て魔王は唖然として声を上げた。
「久しぶりだから。火の調節を少しミスしただけよ。」
レイは戸惑わず、いつもの冷静な顔で言った。
「なるほど!」
彼女の変わりない表情を見て魔王は頷いた。
「次は失敗しないよね?」
「当たり前よ。」
レイはオムレツ作りの工程をもう一度繰り返した。今度は本当に完璧な色形のオムレツが出来上がった。
「美味しそう!レイちゃん、セナちゃんより料理上手かも!」
レイは何も言わなかったが、小さく微笑みを浮かべた。彼女がオムレツをチキンライスの上に乗せようとする時だった。
パァンッ!
いきなりオムレツが弾けた。
「ヒイイイッ!」
ドタバタ!
魔王は咄嗟に身を低くして回避した。
「っ…!」
が、レイは避けることができなかった。半熟の卵液がドロリと、レイの頬や髪を伝って流れ落ちた。
「どうなさいましたか?」
騒ぎに驚き、厨房に駆け込んだセナが叫んだ。
「レイが爆弾を作った!」
魔王が床に突っ伏して調理台の向こうを指差した。そこには卵液まみれのレイが立っていた。彼女はずっと無表情だったが、耳だけは真っ赤になっていた。
「…シャワー、浴びてくる。」
セナと目が合ったレイは早足で厨房から出て行った。
「ヒイイッ!テロリストが逃げた!」
セナは微笑んで魔王に手を差し伸べた。
「レイさんはテロリストではありません。オムレツは元々難しい料理なのです。」
「本当…?それにしても食べ物が爆発したりもする…?」
魔王はセナの手を掴んで立ち上がりながら聞いた。いくら魔王の大嫌いな魔界の食べ物でも爆発することはなかった。
「ええ、オムレツですから。」
勿論、それは嘘だった。セナ自身も何をすればオムレツを爆発させられるのかレイに聞きたいぐらいだった。ただレイの努力を嘲笑いたくはなかっただけなのだ。
「オムレツは爆弾…オムライスは爆弾ライス…!」
しかし、セナの優しい嘘は、魔王の純粋すぎる思考回路によって恐ろしい誤解へと変換されてしまった。
「このままでは配達が遅くなってしまいます。オムライスは私がすぐ出しますので少々お待ちください。」
セナはそう言って、早速料理に取り掛かった。
暫くして、ふわふわでぷるぷると震えるオムレツが完成した。焦げ目一つなく、シルクのように滑らかに整えていた。チキンライスの上にそっと鎮座したそれは、まるで暖かい日差しを浴びた雲のようだった。
「綺麗な爆弾…!」
魔王は小さく呟きながら息を呑んだ。
セナはオムライスを包装し、配達用のカバンに入れた。
「いってらっしゃいませ、マオウノ様。」
セナからカバンを貰った魔王はこわごわとそれを背負った。最初の本業の出番に、魔王は極度に緊張していた。初めての仕事がオムライスという爆弾の配達になるとは。
「あたし、必ず生きて帰るから。」
悲壮な挨拶と共に、魔王は町へと繰り出した。
***
魔王が出発して少し後、レイが厨房に戻ってきた。
「新人はもう出た?」
「ええ。初めての業務であるからか、とても緊張した面持ちでした。」
セナが皿洗いをしながら答えた。レイはまた耳を赤く染め、うつむいた。
「ごめんなさい。休めと言ったくせに仕事を増やしてしまった。後片付けは私がするから…」
レイはセナの顔をチラッと見た。セナは水を出しっぱなしにしたまま手を止め、レイをじっと見つめていた。
「何よ!」
「あ、いいえ。レイさんもあんな表情をなさるのだなと思いまして。いつも完璧な姿ばかり拝見していましたから…」
セナはまた皿を洗い始めた。
「完璧じゃなくて悪かった。迷惑を掛けてしまったね。」
「いいえ、むしろ嬉しかったです。レイさんも誰かの手が必要な一面があるのだと感じられて。」
レイは咳ばらいをしてから布巾を取り、卵液が飛び散った所を拭き始めた。
「君って変わり者だね。とにかく休みなさい。」
「かしこまりました。これだけ済ませてしまいます。」
二人は一緒に厨房を片付けた。
魔王城の飯がマズすぎて魔王様は家出してしまった! ~チョロい彼女、人間の宿屋で美食と美少女に包まれてスローライフを満喫中~ @mia9503
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