第39話 レイの罪悪感と喋りすぎる魔王様

進めば木々はだんだん見えなくなった。何もない霧の沼をいくら進んだことか。


「え、あれは!」


遠くに赤い屋根の建物が現れてきた。ほとんど壊れて半分水に沈んでいたがそれが何なのかは直ぐに分かった。


「郵便局じゃん!」

「確かにね。」


レイは大したことないというように頷いた。


「どういうこと?あたしたち今夢の中なのに!町のものがある!」

「夢って経験と精神状態が反映されるのが当たり前でしょ?」

「え?セナちゃんの精神が壊れているってこと?」

「さあね。」


レイは水平線を眺めた。


「大変!もう夢魔がセナちゃんの心を壊している!」


魔王は慌て出した。


「そんなことはない。いつもこういう光景だったから。」

「レイちゃんはセナちゃんの夢の中、初めてじゃない?」

「何回も夢魔に食われるから仕方ないでしょ?その人が起きないと私の仕事が増えるし。」


レイは冷静に答えてため息をついた。


「レイちゃん、優しい!」

「忙しいのが嫌なだけよ。」

「壊れたのが普通だったら安心だよ!でも、どうして壊れてるのかな?」


光の柱に近づけば近づくほど壊れた建物は増えていった。魔王は建物が目につくたびにレイに聞いた。


「あれも元々壊れていたの?」

「多分。」


だの、


「あの丸いのはなに?勝利の祭壇と似てる!」

「勝利の祭壇だね。」


だの、


「え?あれとても大きい!町では見たことない!どこにあるものなの?」

「私も知らない…」


だのやり取りが続いた。

魔王の質問には尽きることがなかった。いちいち答えることに飽きてしまったレイは眩暈がしそうだった。


「ねね、あっちのは...」

「少し静かにしてくれる?君、本当に煩いよね。」


楽しそうに笑っていた魔王は落ち込んだ表情を浮かべた。


「ごめん…」


魔王は気まずそうに両手の指先を突き合わせていた。しばらくして、彼女はレイから離れた所にしゃがみこんだ。

レイは魔王の後ろ姿を振り返って見た。あんな素直に黙り込むとは予想しなかったので少し罪悪感を感じた。言いすぎたとは思っていたが、口に出すことはなかった。


「煩かったから仕方ない。」


と冷たいセリフを呟く彼女だったが、実は恥ずかしかったのだ。レイは膝を抱えて下を向いた。波打つ水面が目に入った。すると、急に船酔いがこみ上げてきた。


「うっ。」


レイは片手で口を塞いだ。彼女は水を怖がるうえ、船酔いも酷かった。正確にいうと、どんな乗り物でも乗ると体調が悪くなった。

ワニの上でさっきまで船酔いしなかったのは魔王がずっと話しかけてきたからだった。レイは再び魔王を振り向いた。


「あっ…」


魔王は突っ伏していた。ずっと同じ姿勢で、たまに背中を震わせるだけだった。


「やっぱり怒っている。」


レイは酷いことを言っておいて平気でいられるほど身勝手な人ではなかった。しかし、残念ながら素直に謝れるほど勇敢な人でもなかった。結局魔王を呼ぶことができず、諦めてしまった。

その時魔王はワニの肌に顔を埋めながら泣いて…はいなかった。むしろ元気にワニを相手としておしゃべりをしていた。


「ワニちゃん、あれ見て!あの銅像、水面に映って蝶みたいに見える!」


勿論、レイを邪魔しないように小さい声でワニの耳に囁いていた。突っ伏していたのもワニの耳に口を近づけるためだった。


「夢の中には不思議なのがいっぱい!」


魔王がしゃべりすぎてワニはもう耳から血を流していた。それを知らないレイは目を瞑ってずっと船酔いを耐えていた。

どれくらいの時間が過ぎたのか、いきなりワニが大きく揺れてレイは目を開けた。


「なっ…!」


落ちそうになったレイはやっとバランスを取った。彼女の目の前には陸が広がっていた。


「助かった!」


レイは躊躇うこともなく、ワニから飛び降りた。


「くっ…」


ずっと前から吐きそうになっていたレイは両手を口に当てた。

「レイちゃん、どうしたの?」


進み続けるワニを止めた魔王が聞いた。レイが船酔いで死んだ目で見上げると、魔王はビビッて謝罪した。


「ご、ごめん!静かにしてって言われたのに…」


その言葉がレイの心に刺さってきた。突っ伏して泣いていた魔王の姿が脳裏をよぎった。実は魔王はお喋りしていただけだったが、レイはそれがいかにも気に掛かっていたのだ。レイはふとこう言った。


「大丈夫。むしろ話しかけてくれて嬉しい。」

「うん?」

「もう静かにしなくていいって!」

「うん!ありがとう!」


魔王は嬉しくなってワニから飛び降り、レイの傍に立った。レイは魔王が接近しすぎたため、一歩下がった。


「ワニはもう捨てる?」

「そんな訳ないじゃん!ワニちゃんもまだ遊びたがってるもん!」

「じゃ、あれは何?」


レイは顎で魔王の後ろを差した。そこではワニがこっそりと水に入ろうとしていた。


「ワニちゃん…?どこ行くの?」


魔王と目が合ったら、ワニはビクッとした。戸惑ったように暫く魔王と目を合わせていたワニは必死に走って水の中に身を投げた。


「急用でもあるのかな…ごめんね、レイちゃん。もう歩いて行かないと。」


船酔いをしていたレイはむしろワニが逃げて幸いだと思った。だが、自分の弱い所を他人に見せたくなかったので平然を装った。


「構わないよ。」


レイは魔王より先に歩き出した。今にも中身が逆流しそうな胃を抱えているのをバレたくなかったのだ。

レイは下を向いて進んだ。よく見れば地面は土か石畳ではなく洗濯物やゴミの塊でできていた。とてもデコボコだったため、足を挫きそうだった。


「最悪ね。」


彼女は呟いた。その時、鋭い気配を感じたレイは咄嗟に頭を右に逸らした。何かが頬を掠めて通り過ぎる。レイの後ろについて来ていた魔王の足元にその何かが突き刺さった。それはフォークだった。


「ヒイイッ!」


びっくりした魔王は後ずさりをした。同時に彼女の傍の玩具販売店のドアが開き、おもちゃの兵士が飛び掛かってきた。


「危ない!」


その場面を目撃したレイが叫んだ。だが、止める間もなく兵士は魔王を抱きしめた。そして爆発した。


「はっ…!」


レイは衝撃を受けたが、魔王のことを哀悼している暇はなかった。後ろの服屋からドレスを着たマネキンが走り出たからだ。


「ちっ!」


レイは拳を握った。すると、拳の中に柄ができ、虚空に裂け目が現れた。レイは柄を引っ張って裂け目から刀を抜いた。そして抜刀術で一気にマネキンの腰を切った。真っ二つになったマネキンは飛ばされ、空中で爆発した。


「称賛に値する太刀筋だ。」


上から傲慢な声が聞こえてきた。レイは空を見上げた。だが、爆発の煙で声の正体が誰なのかはよく見えなかった。


「ほう…。常人ならば精神ココロごと飲み込まれるはずの、あの深淵アビスなる闇の海を渡りきったか。認めよう。貴様らが我が眼前に立っているという事実、それは天の気まぐれなどではない。選ばれし者のみが許された、魂の共鳴レゾナンスによる導きであったということだ。」


やがて、煙が薄れると、翼を広げ塔の上に立つ夢魔が露わになった。

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