第40話 夢ごと斬り裂く

「自分に酔いしれるその癖、相変わらずだね。」


レイは無表情で言った。


「ああ、貴様だったか。久しい。 悦ばしいぞ。『晩餐フルコース』を前に、極上の『前菜オードブル』を味わ…」

「じゃ、斬るね。」


レイは夢魔のセリフを遮って地面を蹴り跳ねた。建物の壁をジグザグに踏み、雷のように空中を走って夢魔の首を狙った。

カン!

だが、レイの攻撃はモップの柄に防がれた。


「鬱陶しい。」


レイは舌打ちをした。攻撃を受け止めたのはうたた寝の宿の制服を着たものだった。服は汚く、頭はない。首からは黒いもやが出ているお化けである。

レイはお化けを弾いて着地した。弾かれたお化けも軽く地面に降り立った。


「なんと不躾な。 貴様には『礼儀マナー』というものが欠片も存在しないようだな。」

「君のセリフ、長すぎるから。」

「良かろう。ならば『前菜オードブル』は早々に平らげるとしよう。我も『空腹ヴォイド』が疼くゆえ…行け、我が忠実なる『下僕サーヴァント』よ!」


お化けが駆け寄ってきた。レイは動かず走ってくる敵を見据えていた。相手がモップを振ろうと両手をあげた時、レイは一瞬身を沈めた。そのまま鋭く刀を斬り上げた。

シャッ!

お化けは真っ二つに裂けて左右に崩れた。


「はっ…!」


同時にレイの左肩から血が噴き出した。半分になったお化けの間を通ってナイフが飛んできたのだ。

斬ったお化けが倒れたら後ろにもう一体のお化けが見えた。同じ服で首はない。それがナイフを投げた。


「くっ!」


突かれたナイフを抜く隙もなく、それはまた武器を投げた。レイは刀で投擲されたものを防いだ。フォークとナイフが何本も刃にぶつかって地面に落ちた。

遠距離攻撃と共にもう二体のお化けが飛びかかってきた。レイは素早い身動きで接近する二体の腕を切り、遠くから攻撃しているやつに駆け寄って刀を突き刺した。

心臓を貫かれたお化けは力なく両腕を垂らして跪いた。


「もうお仕舞いにしよう。」


レイは刀を抜こうとした。だが、刃は強く引っ掛かったように全く動かなかった。


「貴様は知っているか?命を鼓動させるのが…ただの『筋肉マッスル』に過ぎぬということを。」

「まさか、刃を心臓で…?」


その時、お化けが垂らしていた両手を動かし、刃を握り締めた。続いて、服屋のドアが開き、マネキンが走ってきた。


「ちっ!」


レイは柄を離した。すると、刀はちりになり、消えてしまった。レイは素早く距離を取った。マネキンは胸を貫かれたお化けに飛び込んで爆発した。

衝撃波がレイを襲った。彼女は何事もなかったかのように立ち上がり、肩からナイフを抜いた。そして顔の前に拳を掲げた。拳の中に柄が現れ、空間に裂け目が走った。レイが柄をゆっくり引き抜くと、再び刀が姿を現した。


「ほう…見事な武器だ。だが、その『マスター』が貴様とは、不幸な剣よ。」


レイの表情がほんの一瞬の間歪んだ。だが彼女は、直ぐに冷静を取り戻し無表情になった。


「つまらないね。もう本気出してくれない?早く首を斬ってあげたいから。」

「お望みならば。」


いきなり地面の洗濯物が動き、レイの足を絡めた。


「何…?!」


レイが驚く間、町の商店のドアが一気に開いた。そこからは何百、何千のお化けが出てきた。レイは囲んでくる敵を何十も斬り倒したが、結局両腕まで捕まえられ動けなくなった。


「有り得ない。君がこんなに強いわけ…」

「愚かな…『ナイトメア』は我が『武器ウェポン』。この深淵が深まるほど、我が刃もまた鋭くなる。セナ殿には今、精気が溜め込まれている。故に、この『ステージ』が深く、濃密になるのは必然!」


お化けたちはレイを寝かせた。大ハンマーを持ったお化けが前に出て夢魔の命令を待っていた。


「殺すには惜しい。その『ホーン』を砕き、この『ナイトメア』の餌にしてやろう。深淵を永劫に彷徨う、我が『下僕サーヴァント』となるがいい!」


お化けが大ハンマーを振り上げた。それがレイの角を叩き潰そうとする時、


「こっちにきて!」


魔王の声が響いた。レイの体は黒いオーラに覆われ、お化けたちの手から離れて魔王に引き寄せられた。


「レイちゃん大丈夫?」


魔王はお姫様だっこでレイを抱えたまま聞いた。


「君、あの爆発で…」


魔王の顔は煤だらけだった。


「うん…黒いのだらけになっちゃった…」

「もう下りて。」


レイは魔王が無事でとても嬉しかった。だが、本音を悟られたくなかったため、冷たい声で言った。


「煤がついちゃうから。」

「ごめん…!」


魔王はレイをそっと下した。


「『魔術師マジシャン』か? 嘆かわしい。 いっそ、そやつが『ソード』を握っていたならば…多少はマシだったであろうに。魔力を食らう魔剣が、魔力無き半端物の手にあってはな…」

「くうっ…」


刀を握ったレイの手が震えた。


「レイちゃん、傷が!」


レイの肩を見た魔王が叫んだ。


「こんなの大丈夫よ。」

「あたしが治療してあげる!」


魔王がレイの肩に手を当てた。


「痛っ!ちょっと、今そんな暇は…」

「フッ…好きにするがいい。『完全パーフェクト』な敗北を味わわせるには、『完全パーフェクト』な『肉体ボディー』が必要であろう?」


お化けたちは動かずじっとしていた。


「じゃ、始めるよ!治れ!」


魔王の手のひらから青い光が出た。しかし、レイの傷はちっとも小さくならなかった。


「え?」

「ちょっと痒くなったけど。」

「傷が塞がる感触だよ!」


いくら時間が経っても傷が治ることはなかった。


「これ、いつ終わるの?肩の傷、そんなに深くなかったはずなんだけど。」


それもそのはず。人間は聖力で治療されるが、魔族は魔力で治療される。つまり、魔王はレイを治すつもりでずっと魔力を注入していたのだ。


「もう少し我慢して!すぐに終わるから!」


魔王のその言葉は嘘だった。魔族ならもう治って体を大幅強化できる程の量の魔力を与えた。それでも傷はなくならない。彼女は焦ってパニック状態に近かった。


「退屈だ…『猶予グレイス』は十分に与えたはず。もう大人しく、其処な『二人ペア』揃って我が『下僕サーヴァント』に堕ちるがいい。」


夢魔が人差し指で魔王とレイの方を指差した。それを合図としてお化けたちが動き始めた。レイは叫んだ。


「もう待てない!」

「ほ、本当にもう少しだから!」


焦った魔王は一気に大量の魔力を傷に流し込んだ。すると、レイの刀を稲光のような糸が纏い、刃が光り始めた。


「これは…君、もしかして…」

「まだ、まだだよ!」


魔王が魔力を注げば注ぐほど刃の光は強くなった。


「な、何だ…その『閃光フラッシュ』は…!き、貴様!まさかあの『魔術師マジシャン』を『魔力タンクバッテリー』として使ったというのか…!」


お化けたちは蟻の群れのように駆けてきていた。


「もう十分よ。」

「え?」


レイは魔王を押しのけた。身を屈め、右手の刃を左の懐に隠すように構えた。敵が波のように押し寄せても、彼女は微動もしなかった。そして、世界が埋め尽くされた瞬間。


「夢が君の武器なら。」


フッ!

腕を一気に振り抜いた。


「夢ごと壊せばいい。」


ザンッ!

水平に走る剣気が目の前の全てを両断し、消滅させた。


「ヒイイイイイッ!」


魔王はびっくりしてレイの背中の後ろに体を隠した。建物も、お化けもちりになり空中に漂った。目に見えるのは平の地平線と光の柱だけだった。


「うっ…」


魔王から貰った魔力を一撃で使いつくしたレイは倒れてしまった。魔王はレイを支えて、優しく寝かせてあげた。


「もう動けない。後は頼むね。」

「うん!任せて!」


魔王は自信満々に答えた。だがその時、鞭が空を切る音がした。魔王の頭から何かが落ちた。彼女はそれを拾ってみた。


「これ角じゃん?」


頭をさすってみた。元の小さい角はちゃんとついていた。だが、薬を飲んで生じた大きな角はなくなっていた。


「これはいったい…」


魔王が戸惑っている間、鞭がレイに絡みつき空中に連れ去った。


「あっ!」


魔王は空を見上げた。そこには服がボロボロになり、体あちこちから血を流している夢魔が浮いていた。


「我をここまで追い詰めるとは。」


夢魔は鞭で捕らえたレイの髪を鷲掴みにし、頭から角を引き抜いた。


「だが、楽しい『前菜オードブル』だった。」


夢魔は角を遠くへ投げた。そしてレイを落とした。魔王は慌てながらもレイを受け止めた。


「貴様らは『ステージ』から追い出されるか、『ナイトメア』に飲み込まれるか。どちらにせよ我が『晩餐ディナー』を邪魔されることはなかろう。」


夢魔は邪悪に笑いながら光の柱に向けて飛んで行った。

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