第38話 魔王の「仲直り」とワニの涙

「ヒイイッ!」


ワニが口を開けた。


「あのバカ…」


レイはワニを目にし、魔王に向かって走り出した。だが助ける間もなく、ワニは魔王に飛びかかった。


「近づかないで!」


魔王は目をぎゅっと閉じて腕を振り上げた。顎を殴られたワニは宙を舞い、ひっくり返ったまま水面に叩きつけられた。


「はぁ?」


急いで駆け寄ってきていたレイは急ブレーキをかけるように足を止めた。魔王は自分が何をしたのか認識しておらず、ずっと身を構えていた。


「君、強いね。」


いつの間にか魔王の隣に立っているレイが言った。


「え?」


魔王はその声を聞いてようやく防御の構えを解いた。


「ワニは?」

「君が殴って飛ばしたじゃない?」


レイは腹を見せて水面に浮かんでいるワニを指さした。


「どうしてあんな所に…?」


魔王は首を傾げた。この人、自分の強さに気付いていない…?とレイは思った。

夢の中だからと言って見た目や力、能力が大きく変化することはない。そういうことができるのは夢を見ている本人と夢に浸透した夢魔のみ。つまり、ここで魔王にできることは外でもできるということだ。


「眠くなったのかな?」


レイは深い水の中で顔だけ出している魔王に手を差し伸べた。


「こんな深い所じゃ通れないよ。下に何があるかも分からないし。」

「ふむ…」


魔王はレイの手は掴まず、ワニを見てばかりいた。いらっとしたレイは少し意地悪を言った。


「君が遊んでくれなくてむっとしたんじゃない?」


レイは皮肉を言ったつもりだったが、魔王はその発言を真に受けた。


「ほんとそうかも!」


魔王は浅瀬に上がる代わりにワニに近づいて行った。


「ちょっと、危ないよ!」


レイは浅瀬で固まっていた。大丈夫そうなふりをしていたが、実は水が怖かったのだ。レイが躊躇っている間、気を失っていたワニは我に返った。その化け物は身をひっくり返し、魔王に泳いできた。


「ごめんね!勝手にビビってしまって。あたしと遊びたかったよね!」

「そんな訳ないでしょ!早く戻ってこ…」


ワニはその巨体とは似合わない速さで魔王を咥え、水に潜った。ワニと魔王が消えた地点では噴水のように水柱が立ち、レイの上に雨のように降ってきた。


「そんな…」


レイは唖然と波打つ水面を眺めた。夢の中で死ぬことはない。その代わり『迷子』になって永遠に夢の中をさまようはめになってしまう。


「助けてあげないと…」


しかし、レイは動けなかった。何があるか分からない水の底についての恐怖感で足がすくんでいた。


「ちっ…」


彼女が自分の情けなさに体を震わせている時だった。波の動きが激しくなった。中で大きな魚が暴れているようにあっちこっちが凹んで、また膨らんだ。しばらくすると、ワニが飛び出て、レイのすぐ前に着水した。


「レイちゃん!」


レイはワニの頭の上を見上げた。そこには笑いながら手を振っている魔王がいた。


「どうやって…?」

「レイの言ったとおりだったよ!あたしたちと遊びたかったみたい!撫でてあげたら優しくなったよ!」


ワニの体は殴られたようにあちこちが膨らんでいた。レイは腹を抱えた。


「あはははっ!」

「え?レイちゃんが笑った!」


レイは漏れ出る涙を拭いて言った。


「笑ってないから。」

「じゃ、泣いているの?」

「泣いてもないから。」

「何それ。」


魔王は唇を尖らせた。


「君って結構偉いね。」

「当たり前じゃん!あたし魔王だもん!」

「本当そう。ワニの状態を見ればまさに魔王の仕業。」

「レイちゃんもワニちゃんに乗らない?一緒に遊ぼう!」


レイはワニの目を覗いてみた。もう殺気は感じられず、涙目で素直になっていた。


「いいよ。」


レイはワニの頭の上にひらりと飛び乗った。


「このワニが光の柱に向かうようにはできないかな。」

「できるよ!」


魔王は自信満々に答えた。


「ワニちゃん!聞いたよね!」


しかし、ワニはビクともしなかった。


「やっぱり、ワニでこの湖を渡るのは無理か。」

「むっ!」


魔王は頬を膨らませた。そしてワニの額をペンペン叩いた。


「あっちに行こうってば!」

「クラララ…!」


ワニは痛そうに咆哮を立てて体を揺らした。レイは落ちないようにワニのごつごつした背中を掴み、姿勢を下げた。


「うっ…!」


レイはワニが自分たちを頭から払おうとしていると思って怖くなった。だが、ワニは向きを変えて光の柱へと泳ぎ始めるだけだった。


「やったー!このワニは言うことをちゃんと聞いてくれるんだよ!」

「話が通じているわけではなさそうだけど…」


異論はあったが、二人はワニに乗って夢のコアに一歩近づいて行った。

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