第35話 魔王の極秘任務と102号室の侵入者
魔王はドアの外に顔だけそっと覗かせて左右を見回した。
「よし!」
彼女は廊下に誰もいないということを確認してから足を踏み出した。こわごわとレイの部屋に近づき、101号室に耳を当てた。静かだった。だが、気を抜くことはできない。
今はレイが大事にしている『一人の時間』。魔王は幽霊を退治する時、レイに怒られたことを思い出した。
「レイちゃんにだけはバレちゃいけない…」
魔王はセナを自分の部屋につれて来ようと思っていた。それはレイが猛反対していたこと。気付かれたらただでは済まないことに違いない。
念のため、魔王はロビーまで確認した。ほのかなカウンターの明かりの下でレイが本を読んでいた。
「やっぱりいた。」
レイは人の気配を感じたのか、いきなり廊下の方に目を移した。魔王は壁に体をくっつけて身を潜めた。
「ヒッ…!」
魔王の心臓が早鐘を打った。しばらくして、彼女はもう一回レイの様子を見た。幸い、レイは魔王に気付いていないように本を読みながらお茶をすすっていた。
「ふぅ…」
安心した魔王は後ろを向いてセナの部屋に向かった。物置の部屋は廊下の一番奥にある。静かにすればレイにバレることはなさそうだった。
魔王は音を立てないように気をつけながらセナの部屋のドアを開けた。
ガチャ。
なのに、ドアノブの回る音は廊下に響いた。魔王は後ろを振り向いた。廊下は静かなままだった。音がロビーまでは届いていないようだった。
魔王は額の冷や汗を拭ってドアを引っ張った。
キー
と古い蝶番が悲鳴をあげるように軋んだ。普段はこんなに音はしなかったのに!
焦った魔王はぎゅっと目を閉じた。今のはロビーまで届いていることに違いない。もう振り返るといつの間にか傍に立っているレイがこう聞いてくるはず。
『今何してるの?』
しかし、いくら時間が経ってもレイの不機嫌そうな声は聞こえなかった。
「え?」
魔王はむしろ戸惑って目を開け、周りを見回した。彼女の傍にはロビーの暗闇しかなかった。
「レイちゃんって意外と鈍いかも。」
魔王はドアをそっと、いっぱいに開けた。セナの姿が目に入るや否や、魔王の顔は真っ青になった。
「セナちゃん?!」
セナは上半身をベッドの上からぶら下げ、顔面を床にめり込ませていた。ベッドに残された下半身と、不自然に折れ曲がった足。腰は極限まで引かれた弓のようになっていた。あっちこっち滅茶苦茶で色んな物が落ちそうになっていて、一見すると事件現場のようだった。
「セナちゃん!しっかり!何があった?」
魔王はセナに駆け寄って揺り起こそうとした。するとセナの下半身が床に滑り落ちた。同時に体がひっくり返って、顔が見えるようになった。セナは目を開けたまま倒れていた。
「ヒイイイッ…!セナちゃんが死んだ!」
魔王はセナに膝枕をしてあげた。すると、セナは鼻提灯を膨らませた。
「なんだ、寝てるんだ…びっくりしたじゃん!」
魔王は驚いた分の仕返しをするようにセナの頬をつねった。セナは辛そうに眉をひそめた。だが目を覚ましはしなかった。
魔王はお姫様だっこでセナを102号まで移しておいた。大きく楽なベッドの上に置かれたセナは大の字になり、眠ったまま幸せそうに微笑んだ。
「やっぱりセナちゃんも広い部屋が好きなんだ!」
魔王は満足したように腰に両手を当てた。
「後は布団と枕か。」
魔王は物置の部屋に戻ってその二つを持ち、廊下に出た。
「今何してるの?」
冷たく不機嫌そうな声が聞こえてきた。レイがドアの前に立っていた。
「ヒイッ!レイちゃん?」
魔王はびっくりしてつい大声をだした。
「静かにして。客たちに迷惑でしょ?」
魔王は布団と枕を持ったまま手で自分の口を塞いだ。
「それで?何?どうしてこんな夜中にその部屋から布団と枕を持って出るのよ?」
「それは…」
レイは鋭い目付きで魔王を見つめた。
「部屋にないから…もともと使っていたものを取りに…」
緊張した魔王は適当な言い訳をしてしまった。
「そう?まさかセナをこっそり君の部屋まで連れ込もうって思ってない?」
魔王は図星を突かれてしゃっくりをした。
「怪しいね。退いて。その中を確認する。」
物置の部屋にはもうセナがいない。布団も枕も全部持ってきたので中には空っぽのベッドとがらくただけだ。魔王はドアに手を伸ばすレイを遮った。
「セナちゃんはもう寝てるから!」
「見るだけだから関係ないでしょ?」
「セナちゃんは寝る時意外と敏感だから!」
「ますます怪しい。」
「本当だもん!セナちゃんが寝れなくて仕事に支障が出るとレイちゃんも困るんじゃない?」
二人が押し問答している真っ最中、物置の中からボタッと何か落ちる音がした。その途端、レイは一歩下がった。
「わざわざ確認する必要はなさそうね。やっぱりあの人は寝相が酷いから。」
レイは背を向けて自分の部屋に向かった。魔王はレイの後ろについて廊下を歩いた。二人は各自の部屋の前に立った。
「お休み!」
魔王が挨拶するとレイは目もくれず、
「君も。」
と短く答え、素早く部屋の中に入った。魔王はため息をついた。バレなかった!もうセナにいい部屋を味わわせることもできるし、楽に眠ることもできる!
魔王は満面の笑みで自分の部屋のドアを開けた。ベッドの上で誰かの上にまたがっている女の後ろ姿が見えた。魔王は抱いていた布団を落とした。
「え?」
魔王はびっくりして光より速くドアを閉じた。
「ご、ごめんなさい!」
彼女は自分が部屋を間違えたと思った。しかし、今開けたドアには間違いなく102と書かれていた。
「あれ?」
魔王は再びドアを開けた。女の人は何かに夢中になって魔王が見ていることに気付いていないようだった。そしてその女の下にいるのはセナだった。セナの顔を確認したとたん魔王は、
「セナちゃんから離れて!」
と叫びながら、持っていた枕で女の人の頭を殴った。
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