第34話 ひとりの夜は寂しすぎる

「なに?」


と聞きながら魔王は少しビビッていた。ユウが見せた監視魔法の画面には魔王が魔槍を投げる場面も映っていたのだ。魔王は床に残った槍の刺さった跡を埋めていなかった。


「プレゼントがあるの。」

「プレゼント?」


その一言で魔王は抱いた緊張感を忘れ、目を光らせた。社長は引き出しから鍵を取り出して机の上に置いた。


「鍵?」


魔王は首を傾げた。


「新しい部屋の鍵なの。ユリアちゃん個人用の。」

「本当?」


魔王は小躍りしながら目を一層輝かせた。社長はそんな魔王を見て手を口に当て、微笑んだ。

魔王は階段を駆け下りて102号の前に立った。


「ここがあたしの部屋…!」


彼女は社長から貰った鍵を鍵穴に入れた。ドアが開くと窓、ちゃんとしたベッド、机、空っぽの本棚が見えた。箒もない。雑巾もない。モップもない。荷物もない。ほこりは多少積もっていたが、物置ではない部屋っぽい部屋だった。


「夢みたい…」


感動した魔王がすぐ入らず、中を鑑賞している時だった。隣の101号からレイが出て来た。ゆったりしていた彼女は魔王と目が合っていきなりバタンとドアを閉めた。部屋の中を見せたくなさそうに。


「ここで何してるの?」


レイは少し警戒するように尋ねた。


「社長から部屋を貰ったよ!」


魔王は無邪気に答えた。


「社長が?じゃ、仕方ないか。」

「レイちゃんの隣部屋になって嬉しい!」

「そう。」


レイは興味なさそうに答えてロビーに向かった。


「セナちゃんにも一緒に移動しようと誘わないと。」


それを聞いたレイは素早い足取りで戻ってきて魔王の目の前に顔を突き出した。


「それだけは絶対ダメよ。」

「ヒイイッ!何で?」

「あの人寝相酷いから。眠りの質が悪くなる。」


魔王は寝る時のセナを思い出した。傍の人を押しつぶしたり、クラーケンのように絡んできたり、足で壁を蹴ったり、あっちこっち転がったりする姿が目に浮かんだ。


「それはそうだけど…」


確かにベッドの位置がレイの部屋に接した壁側だったので問題になりそうだった。


「ベッドを反対側に移せばいいじゃん。」

「103号に泊まっている客に迷惑でしょ。」

「じゃ、ベッドを真ん中に置けば…」

「バカ言わないで。」


魔王は頬を膨らませた。


「むっ!あたしの部屋だからあたしの好きにするもん!」

「ダメ。」

「社長に許可をもらってくる!」

「いいよ。できるかは分からないけど。」


今回こそレイはロビーに出た。


「セナちゃんにもいい部屋で泊まらせてあげる!」


強い意気込みで魔王は社長室に戻った。


「ダメね。それは近所迷惑になると思う。」

「セナちゃんに新しい部屋を提供するってわけじゃないじゃん!あたし、一緒に使っていいから!」

「それでもダメだわ。」


社長から貰った意外な答えに魔王はがっかりした。


「不公平じゃん!セナちゃんだけ物置で暮らしているもん。」

「ユリアちゃんはセナちゃんを大事に思ってくれているわね。」


社長は微笑ましそうに笑った。


「気持ちは分かるけど、セナちゃんには今の部屋で暮らしてもらうしかない理由があるよ。」

「寝相はあたしがどうにかするから!」


社長は困った表情で暫く悩んだ。


「分かった。私もセナちゃんが物置で暮らしているのが気に掛かっていたよ。でも本人があそこで泊まりたいと言ったの。」

「セナちゃんが?」

「そう。もしユリアちゃんがセナちゃんを説得できるなら102号を一緒に使ってもいいよ。」


不満げだった魔王の表情が明るく一変した。


「うん!」

「今日セナちゃんは出掛けてくる予定だから一応部屋の掃除から頼むね。」

「任せて!ピカピカにしておくから!」


魔王は自信満々に答えて102号へと走った。部屋に戻った彼女はまず窓を開けて空気を入れ替えた。


「汚い部屋だとセナちゃんが嫌がるはず。」


魔王はこの部屋を世界で一番綺麗な部屋にしようと心に決めた。


「よし、始めるぞ!」


魔王は腕まくりをした。掃除は魔王がもっとも自信のある仕事。彼女は雑巾を絞り、猛烈な勢いで床を拭き始めた。

嵐のような掃除は昼頃に終わった。積もっていたほこりは消え去り、くすんでいた窓ガラスは新品のように輝き出した。


「完璧!」


魔王は額の汗を拭いながら満足げに部屋を見渡した。


「セナちゃんも気に入ってくれるだろう!」


彼女はセナも一緒に部屋を変えることに同意するはずだと確信していた。が、


「申し訳ありません。私には今の部屋の方が相応しいです。」


と夜に帰って来たセナははっきり断った。そして元気なさそうに物置みたいな自分の部屋に向かった。


「え?どうして!」


セナの背中に問いかける魔王にちょうど部屋に入ろうとしていたレイが言った。


「一人の時間が必要なんでしょ。あんな人にはあんな所がましよ。」


あんな人なんて。魔王はイラっとしてレイに振り返った。しかしレイはもう部屋に入っていた。中で鍵をかける音がした。魔王は地団駄を踏んだ。


「もう!レイちゃんって酷い言い方するんだから!」


廊下で一人になった魔王は自分の部屋に入った。ふかふかの広いベッドで横になった。彼女は疲れていた。掃除をいかにも一生懸命したのだ。

レイも社長もセナが物置の部屋から出てくるのを嫌がっていた。どうしてだろう。セナも部屋を変えるのを拒否したから言い分はないけど。なんだかすっきりしない感じだった。


「物置が自分に相応しいなんて。」


寝相のせいかな。セナもこんな快適な部屋が好きなはずなのに。魔王はいつも周りを配慮しすぎるセナのことが気にかかった。こっそり連れて来ようか?レイが見ていない間なら違う返事をくれるかもしれない。

暫く悩んでいた魔王は首を振った。セナも疲れていたようだし、一応寝よう。 魔王は目を閉じた。せっかく一人のベッドだから絡まってくる人はいない。よく眠れるはず。

と思ったが…


「全然眠れない!」


寝かえりを打っていた魔王はかばっと起き上がった。隣で絡んでくる温もりがいないってことが、かえって魔王の目を冴えさせてしまったのだ。


「クラーケンが必要…」


魔王は呟きながらベッドから出てドアを開けた。

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