第2話 教会にて
「ヤコブ牧師。僕は教会での勉強会に出席したいんですが、パン屋の仕事で来ることができません。僕に相談できる大人が牧師さんしかいないので、ここに来ました。助けてください」
「トビアス、おまえさんは読み書きと計算がある程度できている。パン屋になるにはこれ以上勉強しなくていいんじゃないか。この村の子供はおつりの計算ができたら勉強になんて来なくなるぞ」
「それは僕に教えるのが面倒なだけじゃないですか?ドイツ語の次はフランス語を教えてくれるっていったじゃないですか。計算も分数とグラフを覚えました。もっと教えてください。・・・家にいても仕方ないんで・・・だったら牧師様といた方が楽しいです」
「・・・とってつけたように褒めなくても相談には乗ってやるよ。お前の仕事の内容を細かく書き出しなさい」トビアスは水汲み。粉倉庫の清掃、整理。粉袋をパン工場へ運搬すること。風車小屋へ往復して麦を製粉する作業。その他の雑用などを書き出した。
「12才の子供に力仕事を押し付けて兄は遊び回っているんだな。トビアス。自分の仕事をもっと分解して書いてみろ。その中で同じ作業をまとめられないか考えてみろ」言われてみると、AからBまで入れ物を運んでBで作業をしてAに戻すという作業が多い。
水がめを持って水を汲んで家に帰る。麦の袋を製粉して戻ってくる。倉庫から小麦粉をパン工場へ持っていって空袋を倉庫に持って帰る。
「荷物を持ちあげて往復する仕事が多いです。重いので体力を使ってヘトヘトです」
「荷車があれば往復する仕事は楽になるんじゃないか」ヤコブ牧師は簡単に言うが父のルークが僕にお金をかけてくれるとは思えない。
「でも、父は荷車を買ってくれるとは思えないです」溺愛しているピーターになら買ってやるかもしれないけど、と考えると気持ちが暗くなる。
「自分で作れないか。中古を直せないか。もっと小さくしたらどうか。小さくしたら簡単に作れないか。荷車の形は変えられないか。車輪も小さくできないか。考えれば何とかなるだろう。それは俺よりも木工工房のダーンに相談した方がいい。トビアス。ダーンへの相談の仕方も考えろ。お前はもっと考えることができるはずだ」トビアスの瞳に光が戻った。その視点で物事を考えたことがなかった。
「ありがとうございます。考えてみます」
「トビアス。『戦うまえから勝負が決まっている状態にするのが一番いい戦略』だと東洋の賢者が言ったそうだ。勝負は最初が肝心だぞ。よく考えろ」トビアスは時折、稲妻のようにすごい言葉を教えてくれるヤコブ牧師を生涯尊敬することになった。
木工工房のダーンさん
「ダーンさん。新しい荷車の相談があるのでお話を聞いてもらえますか」ヤコブ牧師に相談をしてから5日後、村で唯一の木工工房のダーン親方を訪ねた。
「おう。パン屋の三男坊か。なんだ。この間お前の兄貴が風車のおもちゃを買っていったぞ。何か欲しいなら親父と来い」予想通り、ピーターには気前よくお金を使うようだ。
「ダーンさん。僕は新しい荷車の相談に来ました。今までより小型で軽く押せて村の女性でも使えるものを考えたんです。積める荷物は小さくて粉袋や水がめくらいですが、運搬の往復が楽になると思うんです。お話を聞いてくれませんか」今までの荷車は両側に大きな車輪があり、車軸を通してその間に台がある大型なものが主流で陸路の流通で活躍をしていたが、村内の荷物の移動用の荷車という発想はなかった。個人用の荷車を作るのは一からの仕事になる。試作を繰り返すし時間もかかる、売れて金になるにはもっと時間がかかるな。と考えたダーンは断ろうと考えた。
「あー、面白いと思うが、今は忙しいからな。落ち着いてからでいいか」いいアイデア、いい商品が出来ると言っても断られることもある。小僧の僕がダーンさんにJa(はい)って言わせるのって難しいんだなと思った。そのうえで、トビアスはヤコブ牧師のすごさを感じた。準備していた次の手を切ることにした。
「ちなみに村長の奥様や村の女性たちに話したところ、大変お喜びになってすぐにでも欲しいと言っていました。すぐにでも製品化してほしいとご希望です。ダーンさん。」ついでなので最後の手でダメ押しをしておこう。
「さきほど、奥様と洗濯場でお会いしまして洗濯物の運搬が楽になるとご説明したところ、ダーンさんなら喜んで作ってくれると太鼓判を押してくれました。作らなかったら夕飯はなくなるし、離婚も考えるわと笑い話をしてくれましたよ」トビアスが考えに考えて、ヤコブ牧師に答え合わせをして、修正はあったものの合格をもらった作戦は成功したようだ。
「・・・そうか。もう決まっていた話だったんだな。詳しく聞こうか」戦う前に勝負が決まっていると教えてくれたヤコブ牧師と東洋の賢者にトビアスは感謝した。
「ダーンさん。だまし討ちみたいになりましたが、村中の女性が期待しているので必ず買ってくれます。正直、僕も本当にできるか不安もあるのでプロの職人に協力していただかないと絶対にできない自信があります。あまり時間が取れない身ですが真剣です。お願いします」トビアスは胸の前に手を組んで祈るように話した。自分の誠意を現すにはこれしかないと思ったからだ。お金を出さないで自分用の荷車を手に入れたいという、よこしまな願望からの出発ではあるが、ダーンさんへのありがとうは本当の感謝だった。
「まあ、工房に入れ。これから一緒に新しい作品を作るんだ。よろしくな」それからトビアスは必死で時間を作ってはダーンの工房に通い、村中で使われるほど人気の荷車を開発した。評判を聞いた近くの町からも注文がくるほど、ダーンの木工工房は評判となった。
トビアスは使わなくなった試作機をもらった。ダーンの許可を得て、分解し再構築して自分用の荷車を作った。この荷車のおかげで教会へ行けるようになった。ヤコブ牧師に相談を始めてから半年かかったが、お金をだして買うよりも大切な事をトビアスは学んだ気がした。アンナには何度もせっつかれてしまったが。
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