何にもなれない凡人の嘆き

伝々録々

努力も才能も足りないないくせに


 こんなことを書けば、きっと嫌われるだろう。

 だから、誰にも読まないでほしい。


 そう思いながら、今この文章を綴っています。 


 矛盾です。

 たぶん後悔するでしょう。

 完全に深夜のおかしくなったテンションのまま、こんな文章を書くなんて。


 それでも、吐き出さなければ気が済まない気持ちがあります。


 端的に言えば。

 不相応に膨らんだ自分の欲望に、苦しめられているのです。

 もうどうしようもないほどに、苦しくて苦しくてたまらないのです。


 ……さて。

 何が苦しいかについて語るために、まずは少し私の話をしましょう。


 これまでの私の、執筆活動についての話です。


 最初に小説を書き始めた頃は、ただ書くだけで楽しかった。

 友達が読んでくれて、楽しんでくれたのが嬉しかった。

 とにかく物語を綴るのが楽しくて仕方がなかった。


 それで、作家を志しました。


 いくつかのライトノベルの新人賞に応募して、結果は惨敗。

 運よく一次選考を抜けたことはあっても、二次選考は通過できませんでした。


 当時の私の作品はあまりに凡庸でした。

 商品として売り出すための「掴み」が致命的に欠けていました。


 具体的には、評価シートで高得点をつけてもらえたのはストーリーの項目だけ。手に取ってくれた人は楽しんでくれても、手に取らせるための魅力が――そう思わせるためのアプローチが、まるで足りていませんでした。


 キャラクターは凡庸。

 設定も凡庸。

 唯一評価していただけた物語を楽しんでくれるのは、そんな凡庸な作品を手に取ってくれた人だけ。どこにそんな奇特な人がいるでしょうか。少なくとも、私なら手に取りません。


 その程度のものが、当時の私の精一杯でした。


 そしてその事実――自分の作品には「読む前から面白そうと思わせる要素」が致命的に足りないということ――に気づいた私は、公募への挑戦をやめました。

 

 だってどうしても、そんな作品は作れなかったのです。

 

 他の作品を研究してみたこともありました。でもうまくいきませんでした。当時注目を集めていた作品群――世間で求められていたキャッチーな作品の要素を、私は自作に取り入れることができませんでした。なぜなら、その作品群が人気を博した要素のことごとくが、私の嗜好からずれていたからです。


 いえ正確には、ズレていたのは私なのですが。

 でも、当時の私にはそうとしか思えませんでした。


 当時の私が好んでいたのは、心を抉るような残酷さと、その中でも折れることなく戦い続けるヒーロー、そして予想もつかない方向に展開していくストーリー……そんな要素を持ち合わせた作品でした。いくつか具体例を挙げるとすれば、『未踏召喚://ブラッドサイン』『虚ろの箱と零のマリア』などです。どんな逆境の中でも前を向く主人公の姿に心を打たれ、予測不可能な展開の連続に興奮しっぱなし。そんな物語を私も描きたいと思っていました。


 一方で、当時の私の目に映っていた研究対象は、「予定調和の展開」と「奇抜なヒロインたち」をウリにした作品群でした。事実とはいささか異なるでしょうが、あの頃の私の薄っぺらい研究においては、そういうことになっていました。きっと自分の嗜好に合わない作品群に対する偏見があったから、そんな風にしか見ることができなかったのです。


 そうして私は結論付けました。

 他人に手に取ってもらえる作品なんて自分には書けない。

 だってそれは、私の描きたい物語じゃない。

 だからあきらめるのは正しいことだ、と。


 そう結論付けて、私は作家を志すのをやめました。


 ただ、その後も頭の中には様々な物語のアイデアが湧き続けていました。

 公募に出すのはやめましたが、小説の執筆は続けていました。


 それらはいずれも、他人が読むことをまるで想定していない「自分のための作品」でした。だから私にとっては、私にとってだけは、世界一魅力的な作品たちでした。


 あるとき思い立って、そのうちの一つをネットに公開しました。

 カクヨムではありません。

 ただ、他人の評価を聞いてみたくなって投稿しました。


 公募はまるで駄目だったけど、世界のどこかには私の物語を好きになってくれる人がいるんじゃないか――そんな淡い期待を抱いていました。


 当然、その作品は誰に見られることもなくネットの海に沈んでいきました。手に取ってもらうための工夫がまるでされていない作品なんて、読んでもらえるはずがない。今にして思えばわかりきった結末でした。


 ネット上でも誰も評価してくれないのを思い知った私は、また自分のためだけの作品を書くようになりました。


 そんなある日のことです。

 自分の書いた小説のひとつに、私は突然の手ごたえを感じました。


 その作品は、やはり自分のためだけに描いた物語でした。世間の流行とは合わないし、広く大衆から受け入れられるようなものでもありません。ただ自分が面白いと思う要素だけを極限まで突き詰めて――それが表現できたと思えた作品でした。


 あのような手応えは初めてのことでした。


 この作品を誰かに読んでほしい。

 そんな思いが抑えきれなくなりました。


 そうして私は、今後こそ真剣に「掴み」の研究を開始しました。どうにか人に読んでもらえる要素を入れ込んで、その作品を改稿できないか。そんなことばかり考えていました。


 実際にいくつかの作品を自分で投稿もしてみました。

 カクヨムで私が最初のころに投稿していた作品たちがそれにあたります。


 流行ではない物語を、王道ではない物語を、どうしたら面白そうだと思ってもらえるか。

 そのような視点から試行錯誤した作品群は、幸いなことに、何人かに読んでいただくことができました。星の数はほぼゼロに等しい惨状でしたが、最後まで読んでもらえただけでも私にとっては大健闘でした。

 

 だって、以前の作品は誰にも見向きもされなかったのです。

 それなのに今度は読み始めてくれる方がいて、そして最後まで読んでくださる方もいたのです。


 特に自信があった作品は、最終的に20万字を超える長編になりました。それを最後まで読んでくださる方がいたのです。それは執筆しているうちに自分でも大好きになってしまった作品で、いつか続きを書きたいとも思っている作品です。私が自分の「好き」に正直になった物語を、最後まで追ってくれた人がいたのです。


 感無量でした。


 これならもしかしたら、あの作品も誰か一人くらいには届くかもしれない。

 届くように改稿することができるかもしれない。


 そんな思いで改稿を続けていたある日。

 突然、カクヨムから大量の通知が届きました。


 何かと思えば、過去作のひとつが運営レビューで取り上げてもらえたことで大勢の人に読んでもらえていたのでした。


 今しかない、と思いました。

 まだ改稿は終わっていませんでしたが、ひとりでも多くの人に自作を見てもらえる機会は、今をおいてほかにはない。こんな幸運はもう二度と訪れないと。


 そうして投稿を始めた渾身の一作。

 それが『咎人と飼い主の魔術事件簿』という、現在投稿中の作品です。


 誰でもいい。

 大勢じゃなくていい。

 一人でもいいから、誰かの心に刺さってほしい。

 そんな願いと共に送り出しました。


 で、その願いは叶いました。

 そう。叶ったのです。


 面白いと言ってくださる方がいて、運営レビューをいただいた作品以外で初めてのコメント付きレビューもいただけました。決して人気とは言えないけれど、それでも自分の信じた物語が刺さった人がいた。それが嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて、もうどうにかなってしまいそうなくらいに感動しました。


 それなのに。

 そう。それなのに、です。


 人気作にはならなくとも、誰か刺さる人はいるはずだ。

 そんな思いで執筆した作品にもかかわらず。


 私は、もっと大勢の人にこの作品を読んでほしいと思うようになりました。


 ひどい傲慢です。

 だって大勢に読んでもらう工夫なんて、まるで足りていませんでしたから。


 評価は良くて両極端。0点か120点かのどちらか。それもきっと0点の方が多い。そんな予想の上で投稿して、実際そうなった。そんな作品をさらに多くの人に読んでもらいたいなんて、あまりにバカげた空想です。


 世の中には私より頑張っている人が大勢いて、私より才能に恵まれた人が大勢いて、私より才能がなくとも努力で私なんかよりよほど立派になっている人も、きっと大勢いる。それなのにこんな願いを抱くなんて、分不相応にもほどがある。


 それなのに、そのような思いは止められませんでした。


 SNSで宣伝してみたり、漫画をかいてみたり、自分にできる程度の小さな努力をしてみました。今も続けています。でも、たいして効果は出ていません。たぶん昔の私がそうだったように、間違ったアプローチでから回っているのだと思います。

 

 それが、苦しいです。

 それが、今吐き出したかったことです。


 本当はひとつの作品にいつまでも執着するなんて、あってはいけないとわかっています。実際、新作の準備は進めています。今回の経験を活かして、今度はもっと多くの人に読んでもらえるように、それでいて自分の好きなものはちゃんと表現できるように。そんな思いで執筆を続けています。


 でもそれらの新作はきっと、私の「好き」があそこまで全力で反映された作品にはなりません。ただひたすら好き勝手に自分のために書いていたあの作品と違って、これから書くのは人に読んでもらうことを意識して構想した物語だからです。


 そこが、決定的に違うのです。


 私が私のためだけに書いた物語。

 伸びなくて当然の物語。

 誰かひとりに届けは万々歳で、それが叶った幸運な物語。


 それをどうしても捨てられない自分に気づいてしまったから、苦しいのです。


 それだけです。


 もしかしたらこの苦しさは発作のようなもので、明日には忘れているかもしれません。でも、どうしても今吐き出したくて文字に起こしました。だからオチも何もないけれど、この駄文はここでおわりです。


 そろそろ寝ます。

 努力も才能も足りないくせに、もうとっくに幸運には恵まれたくせに、何かの間違いであの作品がもっと読んでもらえたら嬉しい。そんなことを夢に見ながら、寝ようと思います。


 おやすみなさい。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

何にもなれない凡人の嘆き 伝々録々 @denden66

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る