第29話 仲間

「大丈夫か。怪我はない?」


 涼人が身体を離し、見つめてくる。

 大丈夫だと言いたかったが、なぜだか言葉が出ない。琴は、俯いてうなずくことしかできなかった。


「買って来たよ……って、どうしたの!?」


 のんびりとした声とともに、将大が店から出てきた。手には、和菓子の土産。土産ですら食べたそうにしていた将大は、琴と涼人の様子を見た途端、すぐに駆け寄って来た。

 将大と並んで店から出てきた凛太郎も、布や薬草を抱えようとして止め、青ざめて近づいてくる。


「どうした! 何が起こったんだ!?」

「琴? 何かあったの!?」


 将大たちの声を聞いたのか、夕海も駆けてくる。

 彼女の後方では、心配そうな顔をしている友人たちの姿があった。

 一気に聖職者たちに囲まれた琴は怯えて、涼人にすがりつくように身を寄せる。

 すると、涼人が目を鋭い光で瞬かせながら言った。


「絡まれたんだ」

「誰だ、絡んで来たやつは!?」

「こんな陽の高いうちから襲うなんて、愚かだね」

「琴、あいつら誰だったんだ?」

「私を、恨んでる人です……」


 震える身体を自分で抱きしめる。

 男たちの言葉が頭の中を渦巻いて離れない。琴は、己の腕をぎゅっと掴んだ。


「聖琴師はなぜ私なのかって。なぜ、天弓座から聖琴師が出られなかったんだって」

「天弓座か。代々聖琴師を出してると言う」

「ただの逆恨みじゃないか!」

「何それ。許せない!」


 夕海が怒りをあらわにした。

 拳を作り、男たちが去った方向を見る。


「次現れたら、ぼこぼこにしてやる。凛太郎と涼人と将大が!」

「あ、僕たちなんだね」


 あきれたように将大は笑う。


「とりあえず」


 涼人は琴から体を離した。顔をのぞき込むようにしながら、ぽんと頭に手が置かれる。


「これからはあまりひとりで外出するな。わかったか?」


 涼人の注意に、琴はこくりとうなずく。

 もう、誰かに襲われるという体験はしたくないものだった。


「良い子だ」


 くしゃりと頭を撫でられた。

 今までこんなに心配されたことはなかった。明子と和之は心配してくれていたが、親族以外では始めてだ。

 少しくすぐったいような嬉しい気持ちになる。


「さ、帰ろう。そろそろ戻らないと陛下が心配してる」

「陛下に心配されるなんて光栄だなぁ」

「聖職者に見えなくても、凛太郎も一応は聖職者だからね」

「おい、何だそれ! 酷いぞっ!」

「この中で一番聖職者に見えないと思う」

「それ、同感」


 街で大騒ぎした一行は、ぞろぞろと帰路に着く。

 琴は、自分のことを心配してくれた彼らの背を見つめた。

 大切な大切な仲間ができた。以前の自分からは想像できなかった幸せを味わい、幸福感に満たされる。

 立ち止まって感慨深げに見ていると、自分の名前を呼ばれた。


「琴?」


 顔を上げると、夕海がこちらを見ていた。「大丈夫?」と首を傾げながら、琴に近づいてくる。そして、琴の手をそっと取った。


「怖かった? 大丈夫だよ、私たちがいるから」


 目を見開いて夕海を見た。たった一言、その一言だけで胸がほんわりと温かくなる。

 他の聖職者たちも、何かの雰囲気を察してかくるりと振り返った。顔を見合わせたあと、彼らは琴に近づいて来る。

 そして、小柄な琴に目線を合わせ、にっこりと微笑んだ。


「大丈夫だからね」

「安心してて良いんだぞ」

「俺らが絶対守るから」

「み、皆さま……」


 堰を切ったように涙があふれてきた。止まらなくて、止まらなくてどんどん流れてくる。

 これはいつも流している涙ではない。


「ど、どうしたんだ」


 わたわたと慌てる凛太郎に、わかってるよと目で言っている涼人と将大。優しく頭を撫でてくれる夕海。

 そんな彼らの姿に心を打たれた。


(嬉しいときにあふれる涙は、こんなにも温かいんだなぁ……)


 改めて知ることに感動しながら、琴はゆっくりと口を開く。


「すみません……。人に、こんなに優しく……してもらったことが、なかったんで……」


 あふれる涙を拭いながら言うと、皆はくすりと笑った。

 まるで幼子をあやすかの様な優しい笑みで。


「僕たちは琴を裏切らないよ」

「仲間だもんな」

「これからずっと一緒だから」

「ほら、琴」


 夕海が手を差し出した。

 見上げると、拭いきれなかった涙が頬を伝って落ちていく。


「お姉さま?」

「帰ろう? 私たちの家に」


 ──私たちの家。


 厳密には家ではないが、『家』と夕海は言った。

 それは琴がそこにいても良いと言うしるし。

 いても良い、帰っても良いと言われたことに嬉しさがこみ上げる。


「はい!」


 夕海の手をとった。

 その手は暖かくて、頼りになる手だった。

 ぎゅっと握ると、優しく握り返してくれる。


「さぁ、帰ろう」

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