第28話 守護

「誰だ、お前!」


 突然、耳元で怒声が上がった。しかし、刺激があったのはそれだけで、痛みが全然来ない。

 おそるおそる目を開けると、そこには涼人がいた。

 刀を持つ男の手首を握りしめている。


「涼人さま……?」

「悪いな。こいつは俺の連れだ」


 涼人は、琴の顎を掴む手を叩き落とした。

 かくんと顔が自由になる。それと同時に、目に涙が滲んだ。

 しかし、涙は頬を伝って落ちることはなかった。


「連れ……。まさかお前も聖職者か!?」


 涼人は、男たちの質問には答えなかった。

 ただ涼しげな笑みを浮かべて、三人の男を見ている。一人ずつ順番に眺めていくと、握っていた手に力を込めた。

 握られた男は、ぐあっと顔を歪ませて叫ぶ。

 そんな男を見た涼人は、静かに口角に笑みをたたえた。


「俺は古武道を修めているが。受けてみたいか?」

「俺だって、それくらい……!」

「何を言っているんだ。そんな細い腕で何ができる」


 言いながら涼人は、握りしめる手を振り払った。

 勢いよく振り払われ、男はふらつく。涼人に握られていた手首は、手形に沿って真っ赤になっていた。


「さぁ、とっとと消えるんだな。もう少しすると、刀と俺以上の武道の達人が現れるぞ。まぁ、受けてみたいと言うなら話は別だがな」


 ぐっと男たちが怯む。

 涼人は、鋭い光を目に宿して言った。


「消えろ」


 冷たい声だった。何もかも凍らせそうな声で、酷く冷え切っている。

 男たちは怯み、じりじりと後ずさる。そして、「覚えてろよ!」と駆けて去っていった。


「もう現れるな」


 涼人は言い捨てると、琴の方を向いた。

 先ほどの冷たい雰囲気は消え、妹を心配する兄のような顔になる。


「大丈夫か!?」


 肩を抱き寄せてくれた。ふわりと香る、将大が焚く香の匂い。

 硬直した身体を癒すように、ゆっくりと背を撫でてくれる。それがなんとも安心でいて、すがりつくように涼人の衣を握った。


「ごめんな。離れるんじゃなかった」


 涼人の優しさに胸を突かれる。いつもは冷静沈着である彼だが、仲間想いな優しさが感じられた。

 琴は泣きじゃくりたかったが、やはり涙は出なかった。その代わり、男たちの言葉が頭から離れない。それが、涙が流れない理由かもしれなかった。

 男たちの叫び声で気づいたのか、通り過ぎる人々がこちらに視線を向けてくる。気付けば、通りは人が少しずつ現れ始めていた。おそらく、男たちは人々が少ない時間を見計らって、琴に接触してきたのだろう。それがわかると、余計に恐ろしかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る