第27話 言いがかり
麗らかな午後の京、その陽の光は柔らかい。
そんなあたたかな時間帯で、琴は大福をすべて頬張った。
と、そのとき。
「あ!」
「ど、どうしました?」
急に夕海が声を上げたため、びっくりして飛び上がる。
あまりに大きな声のせいで、心臓がバクバク言っている。そんな琴の隣で、夕海が店の近くを指差した。
「友達、発見した! ほら、通りの向こうにいる子たち!」
見れば、数人の女の子たちが集まっていた。
にぎやかにおしゃべりし、楽しそうに笑っている。
「ちょっと行って来ても良い?」
「はい」
「ありがとう」
夕海は立ち上がると、走って彼女たちに近づいていった。
「皆! 久しぶり!」
「わぁ、夕海だ!」
「久しぶりだねっ」
女の子たちの輪に溶け込み、楽しく話し始める。
(いいなぁ……)
琴にはそんな友達はいない。
ずっと家の中に押し込まれ、外に出ない生活だったのだ。許されていたのは、楽器の工房である『詩音工房』に出かけるときくらいだ。
でも今は、聖職者という仲間ができた。しかも、この国に君臨する帝を名前呼びできているのだ。
(私は家にいるときより、今の生活の方が楽しいし好きかもしれないな)
お茶を飲みながら、ぼんやりと考える。今のこの生活は、とても楽しくて宝物のような時間。誰かに奪われたくはない、琴の財産のような時間なのだ。
そんなことを考えていたからか、いつの間にか自分の前に影が立っていることに、すぐには気がつけなかった。
一つではなく、三つ。大きな影が、琴の小さな体を覆いつくした。
「え?」
顔を上げた瞬間、恐ろしい殺気に身震いした。
そこには琴よりはるかに高い背の男たちが立っていたのだ。こちらをじろっと睨みつけ、高圧的な態度で佇んでいる。
「お前、琴だな」
真ん中の男が問う。
低くて、物々しい声。そんな男から自分の名前が飛び出してきた。琴は、びくっと怯んで固まる。
「なぜ、私の名前を……」
「知ってるさ。何しろ、俺らは聖琴師候補だったんだからな」
「聖琴師候補……。もしかして、天弓座の?」
「よく知ってるじゃないか。お姫さまは知らないかと思っていたよ」
うひゃひゃと男たちが笑う。
笑い声にぞっとした。
逃げなければ、そう悟った。しかし、体は動かない。琴は、男たちを見上げたまま、恐怖を顔に張り付けた。
「俺らの座は、京で一番の箏の座だ。代々、聖琴師は我が天弓座から出ていた。しかし、この時代はおかしい。天弓座の誰も当てはまらないと言うのだ。やっと決まったと思えば、未所属の奏者だと。未所属の奏者で箏の才人となれば、お前しかいない」
「おかしいと思って帝に文を出してみた。本当に決まったのかってな。そうしたら、決まったと言う文が届いたのだ」
「おかげで、天弓座は負けたと噂が立ってしまった」
ひとりの男が琴の顎を掴んだ。
くいっと顎を上げる。
距離を詰めてきたその恐怖に、琴の口から小さな悲鳴が零れる。
「ひ……っ」
「お前のせいだ。お前のせいで、我が座は評判が落ちた。どうしてくれる」
「私は、知りません。聖職者を決めるのは巫女さまですから……」
「そうか。言っていることがわからないらしいな」
かちゃりと音がした。
目だけで音のした方を見ると、一人の男が刀の柄に手をかけている。
それが何を示しているのか理解した瞬間、押さえようがない恐怖が琴を襲った。逃げたいのに、逃げられない。琴は、悲鳴を上げた。
「いや……!」
「お前がいけないのだ。そうだろう?」
──お前がいけない。
何度も聞かされてきたその言葉に、琴は震え上がる。
通りには、人数が少ない。
夕海も友達との話に夢中で、こちらのことなど見ていない。琴に気付いてくれるような人は、誰もいなかった。
「あれ、泣かないのか。お姫さまはすぐに泣くと思っていたんだがなぁ」
するりと、刀が抜かれた。
自分の目の前に、銀色の刃が掲げられる。鈍い光を放つそれは、人を殺めることができる武器だった。
「私に、何をする気ですか……っ!」
「少し痛い思いをしてもらうだけさ」
男が刀を振り上げた。
恐怖が襲う。だが、琴の体は動かない。ただ呆然と、振り下ろされる刀を見上げる。
(殺される……!)
想像以上の痛みを覚悟して、力強く目を閉じた。
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