第26話 休憩
薬草店でも大騒ぎし、涼人の怒りが爆発寸前のところで店を出ると、陽が一番高いところに昇っていた。
そのとき、きゅるるるるるる。
誰かのお腹が鳴った。
「琴、お腹空いた?」
「いえ、今のは私じゃないです」
「可愛い音だから琴かと思った」
「じゃあ誰なんだ?」
「俺だ」
凛太郎が高く手を上げた。
あの可愛らしいお腹の音の犯人は、どうやら凛太朗らしい。あまりにも意外すぎて、皆は目を丸くする。
「お前かっ!」
「なんでそんなに可愛いの?」
「俺は腹の中に可愛い虫を飼っているんだ」
「そんな訳ないだろ」
涼人が冷静に突っ込む。すると、凛太朗が「なんだと!?」と掴みかかった。いつもの光景になりつつあるこの二人を見て、琴はくすくすと笑う。本当におもしろい。
やがて、凛太朗を制した涼人が声を上げた。
「もう昼だ。軽く何か食べるか?」
「賛成ですっ!」
琴は大きくうなずいた。
凛太朗のお腹の音に笑っていたが、琴もお腹が空いていた。そのため、『何か食べる』という提案に、目をきらきらと輝かせる。
「お、琴、威勢が良いね。何が食べたい?」
「甘いものとか食べたいです!」
美味しいもの、特に甘いものが大好きな琴は、より目を輝かせて言った。
琴の意見を受け入れてくれたのか、涼人が凛太郎を見る。
「おい、聖食師。どこか良い店はあるか?」
「あるぞ」
凛太郎は胸を張った。
張りすぎて、買った布を落としそうになる。もちろん、「落とさないでよ!」という夕海の怒声が飛んでくる。凛太朗は、ひっと首をすくめた。
「すみません。じゃあ月猫堂でも行きますか!」
「あ、月猫堂、僕も知ってる!」
「あそこのお菓子は美味しいよね!」
「そこにしよう」
「早く食べたいです!」
行き場所が決まり、その場が盛り上がる。すると、凛太朗が「よしよし。ではこのお兄さんの後に付いてきたまえ」と大きく笑った。
「誰がお兄さんだっ!」
もちろん、涼人の突っ込みが入った。
*
月猫堂は、都で一番人気の和菓子屋だ。いつも子供から大人までたくさんの人が並び、おいしそうな和菓子をたくさん買っていく。
外には食べられる場所もあり、それがまた人気の秘訣だ。聖職者たちはそれぞれ大福を買い、並べられている長椅子に腰を下ろした。
しかし、その半分は布と薬草が占拠しているため、見事にぎゅうぎゅう詰めである。
「ねぇ、凛太郎。もうちょっと寄って」
「涼人さまに、肩が当たっちゃいますわ!」
「……禁止って言ったよな、それ」
揉めている男性陣の横で、琴と夕海は楽しそうに食べている。
狭いからと、夕海が琴を連れて別の椅子に移動したのだ。一緒に布も持っていけ、そんな声など聞こえないかのように、笑って移動した。おかげで、女子陣は平和である。
「美味しいですね!」
「やっぱりここの大福が一番美味しいよね」
「あっちはいいよな。俺たちなんか身動きできないぞ」
大福を頬張りながら、「俺は何も買ってないのに」と凛太郎はぼやく。
その隣で、涼人が上品な所作で大福を口に運んだ。
「仕方ないだろ。男ならつべこべ言わず食べろ」
「ちぇっ、涼人は冷たいなぁ。なぁ、将大」
「ね、僕、もう一個食べたい」
将大にはまったく聞こえていなかったらしい。凛太朗の問いかけには答えず、店の方を名残惜しそうに見ている。
どうやら彼は美味しいものが食べられれば、もう何も気にならないらしい。
「太るぞ」
「涼人は細かいねぇ」
涼人の指摘に、将大はのんびりと答える。
すると、あっという間に平らげていた凛太郎は、店の中を見た。
「侍女さんたちにも買って行こうぜ。いつもお世話になっているし」
「お、珍しく良い事言うね」
「珍しくは余計だ!」
「それなら買いに行くか」
待ってて、と告げて男性陣は店の中へ入っていった。
その後ろ姿を、琴はまだ半分残っている大福を頬張りながら見送る。
「皆さま、お優しいですね」
「今日だけよ、たぶん」
夕海は笑いながら、最後のひとかけらを口に入れた。
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