第25話 兄弟論争

「まったく」


 腰に手を当てた涼人が、ものすごい目で睨んでくる。

 彼の前に行儀よく一列に座った四人は、ひぃっと首を縮ませた。


「どう言うことだ、こんなに散らかして。お前らは子供か!?」

「良いじゃない、涼人。おかげで良い布が見つかったし」


 夕海が、反論するように手を挙げる。

 すると、涼人は余計に眉を吊り上げた。


「どんなおかげだ。夕海の布が飛んでくるし、将大は頭に布を巻きつけてくるし、凛太郎は女装するし。琴なんか、布に埋もれていたんだぞ」

「涼人はお父さんみたいだね」

「お父さん! 遊ぼ!」

「ええい、気持ち悪い。凛太郎は今から女装禁止だ」

「えぇっ! 楽しいのに」

「うるさい。お前ら、本当に巫女に認められた聖職者か?」


 涼人はため息を吐いた。額に手を当て、疲れて切っている様子である。

 琴がくすくすと笑うと、彼は少しだけ顔を緩ませた。そして、夕海の方を見る。


「それで、夕海。どんな布にしたんだ?」

「桜の刺繍が入ってるものにした。琴は桃花、わたしは菜の花、将大が萌黄で涼人が空色、凛太郎はうるさいから緋色、帝さまは朝の光だから金茶にしてみた」

「やっぱり緋色は最高だよな!」

「すごいですね。誰も色が被っていなくて」

「個性がすごすぎるってことだろ」

「朝陽の帝、金茶とか似合ってるね」

「すごいでしょ、私」


 夕海は胸を張った。あんなに散らかしたくせに、と言う涼人の言葉は、夕海のひと睨みで消え去る。

 布の代金を支払い、綺麗に包んでもらう。箱に入れられていく様子を、琴はじっと眺めた。衣になる前の布など、あまり見る機会がなかったのだ。珍しくて、思わず見入ってしまった。


 反物屋のご主人が、「どうぞ」と包み終えた布を差し出した。

 礼を言った夕海は、くるりと男子陣の方を向く。何かを察したのか、三人はすっと後ずさりした。

 しかし、夕海が逃がしてくれるはずがない。ギラリと目を光らせると、男子陣は大人しくなった。


「よし、それじゃ、これ全部持って」

「え、僕たちが持ってくの?」

「まだ披露目ノ儀が終わってないから、私たちが聖職者だってこと皆知らないでしょ。なのに宮殿に荷物送ったら大変なことになるよ」

「なるほど、そう言うことか」


 凛太郎は納得したようにうなずくと、布の包みを持ち上げた。

 軽々と持ち上げ、肩に抱える。


「よし、行くか」


 反物屋を後にする。

 ご主人が「また来てね」と見送ってくれた。

 皆で手を振り、通りを歩き出す。さすが、京で一番の城下町である。人通りが激しくて、琴は迷子になりそうになった。すると、隣から夕海が手を握ってくれた。


「次はどこ行く? 皆も宴の準備とかするでしょ」

「じゃあ僕、薬草売ってるところ行っても良いかな」

「あ、俺もそこ行きたい」

「わぁ、行ってみたいです!」


 薬草店なんて行ったこともない。

 なんだかうきうきする。買い物は侍女の仕事であったため、姫である琴は街に出ることの方が珍しかったのだ。


「やっぱり琴は笑ってた方が良いよな」


 ふと、凛太郎がにかっと笑って言った。琴の顔をのぞき込み、嬉しそうに笑う。

 そんな風に言われたことはない。琴は、少し恥ずかしくなって目を伏せた。


「そ、そうですか?」

「うん。琴、可愛いもん。僕たちの妹みたい」


 将大が、琴の頬をつんとつついてきた。


「わわ」


 触れられたところから、一気に顔がぶわっと熱くなる。


「あは、琴の頬、桃みたい」

「夕海は俺たちの姉みたいな立場だからな。お前は妹だ」


 涼人も同じだと言うように何度もうなずく。

 すると夕海は突然、琴をぎゅっと抱き寄せた。


「え!?」

「だめよ! 琴は私だけの妹なんだから!」

「良いじゃんか! 俺たち五人兄弟と言うことで」

「じゃあ僕はお兄ちゃん!」

「私は、涼人が一番上だと思う」

「そうだよな」


 長男は涼人、次男は将大らしい。

 それを聞いた凛太朗は、自分を指差した。


「おい、俺は!?」

「一番下かな?」

「おい、将大!」

「琴は、凛太郎はどこだと思う?」


 夕海が、琴の方を見た。遠慮しなくていいよ、そんなことを言っている気がする。

 琴は、ぱっと思いついた立ち位置を言った。

「私は将大さまと同じ意見です」

「ほら! やっぱり凛太郎は一番下だ!」

「そんなことはないぞ!」


 皆でわいわいと話し、ぎゃあぎゃあとじゃれ合う。

 おかげで、薬草店を通り過ぎるところだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る