第23話 思いつき
「ねぇ、琴」
優しい帝の心に触れた琴は、涙が止まらなくなっていた。
そんな琴の顔をのぞき込んで、夕海は優しく微笑む。
「私がいるから大丈夫だよ。ね?」
「お、お姉さま……」
琴は夕海に抱きつく。
夕海がその背をぽんぽんと叩いてくれた。
その手はあたたかくて、じんわりと心の緊張をほどいていく。琴は、そんな夕海を姉のようにすがり続けた。
「なぁ、凛太郎」
その横で、朝陽が口元を扇で隠しながら凛太朗に問いかけた。
「なぜ、琴は夕海のことを姉と呼ぶ?」
「そーなんですよ、陛下! ずるいですよね、俺たちも兄と呼ばれたいですよね⁉︎」
「いや、俺は朝陽で充分満足しているが。なぜかを知りたい」
「まぁ、女ふたりってことで意気投合したんですよ」
涼人が簡単にさらっと説明する。
「僕も名前にさま付けてもらってるから、兄と呼ばれなくても良いかな」
「でも俺は兄って呼ばれたいの!」
「諦めろ、凛太郎」
「涼人は良いのかよ!」
「別に、そんなにこだわりはない」
「俺だけ⁉︎」
「うん」
「では、凛太郎」
朝陽が真面目な顔をして口を開いた。
じっと凛太朗を見つめて、真顔で静かに頷く。
「兄と呼んでもらえるくらい、聖食師を全うしろ」
「わっかりました! がんばります!」
「……陛下、凛太郎使うの上手くなったな」
「朝陽の帝も凛太郎の性格分かって来たんじゃない?」
「こいつは扱いやすいからな」
「誰が扱いやすいって言った⁉︎」
「俺だけど?」
「涼人、お前っ!」
凛太郎と涼人が言い争いを始める。いつものことではあるため、将大と朝陽は呆れかえったような目で見守る。帝と聖職者とはいえ、傍から見ればただの友人の集まりである。
そんな中、琴を抱きしめていた夕海が突然立ち上がった。
「よしっ」
白熱した争いを繰り広げていた涼人と凛太朗は、ぴたりとその動きを止める。いきなりのことであったから、当然の反応だろう。あの帝さえも、目を丸くしていた。
琴も、びっくりして夕海を見上げる。
皆が驚いている前で、夕海は声高らかに宣言した。
「今から街に行こう!」
「はぁ!?」
「布を買いに行こ! 皆同じ模様のやつ!」
「さっきの本気だったのか……」
「当たり前。あ、帝さまも同じ模様の布にします?」
「良いのか」
「はい。だって帝さまの祝い衣は聖衣師が作るのでしょう? だったら、皆同じ方が良いです」
「ありがとう」
「俺、緋色な!」
凛太郎が手をぴんと伸ばす。
「頼んだぞ、聖衣師!」
「何言ってるの。一緒に行くのよ」
「え、そうなの?」
「あなたたちの意見も聞きたいし。それに来て貰えば……」
にやりと、いたずらっ子のような笑みを浮かべた。含みのある笑みに、何かをとっさに悟ったらしい涼人は顔をしかめる。
「護衛してもらえるしね」
「げっ」
男子陣は、ぎょっとしてあからさまに嫌そうな顔をした。
別に護衛をすることは良いのだ。ただ、夕海の買い物に付き合うとなると、こき使われることが目に見えている。
頬をひくつかせている彼らが見えていない朝陽は、賛同するようにうんうんとうなずいた。
「そうだな。聖職者が街に行くのは危ない。しかも女ふたりはなおさらだ。お前たちの技術があれば、充分安全だろう」
「陛下まで……」
「じゃあ決まりね。さぁ、行くわよ!」
男子陣に拒否権はない。
こうして、聖職者一行は街に向かうことになったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます