第21話 決意
「朝陽さま。私、考えてきたことがあるんです」
「何だ」
「箏を弾くのは、貴族の皆さまなら嗜みのひとつとされているものです。聖琴師と言えど、箏の奏者と言うことに変わりはありません」
「何を言いたいんだ?」
凛太郎が首を傾げた。
「私は筝に長けている自覚はありません。ただ単に、筝を好きになってくれる人が増えて欲しいだけです。ですから、聴いてくださる皆さまがご一緒に楽しめる技術をお見せしたいと思っています」
「そんな技術があるの?」
将大は身を乗り出して琴を見る。
涼人も興味深そうに耳を傾けていた。
「はい。箏の短い曲をその場で作り、演奏しようかなと」
「そんなことが可能なのか?」
朝陽は、琴をじっと見つめた。
美しい顔立ちに、綺麗な瞳。それに魅入られそうになりながらも、琴は「はい」と頷く。
「できます。もしよろしければ、宴の際に貴族の皆さまからお題をいただき、そのお題に合った曲を作って演奏するのはどうかと」
「すごいすごい!」
夕海は琴の手を上下にぶんぶん振る。
頬を染めて、まるで自分事のように喜んでいる。そんな姿に、琴も思わず笑顔になった。
「がんばります!」
「これで決まりですね」
「あぁ。以外と早く片付いた」
「たぶん、凛太郎が早く決めたからだと」
涼人が真面目な顔をして言った。
「何だと!」
凛太郎は涼人に迫ろうとする。
その額を、朝陽は片手だけで押さえた。
「はいはい。静かにしろ。では次に披露目ノ儀に移る」
「披露目ノ儀って何ですか?」
琴は、首を傾げて朝陽に問う。
朝陽はにっこりして教えてくれた。
「披露目ノ儀は、聖職者が初めて国民の前に姿を現す儀だ。真珠を掲げ、巫女より命を受けたことをあらわにする。新しい時代の幕開けと言っても良いくらい、重要な儀だ」
「へぇ、知らなかったです」
「そりゃ知ってたらびっくりだな」
涼人は横目で、じたばたとしている凛太郎を見ながら笑った。
凛太朗は、未だ朝陽に額を押さえられたままだ。まるで、掴み上げられた猫のよう。
年上の聖職者がおもしろくてたまらず、琴は袖で笑いをこらえた。
「そうか。見てたら僕たち、おじいさんってことだもんね」
「あぁ。俺たちはまだ、時代の幕開けを一度しか体験していないからな」
前帝は朝陽の祖父だ。
朝陽の父は、帝になる前に不運な事故で命を落としてしまった。
もし彼の父が生きていたら、まだ朝陽の時代は来なかったかもしれない。そして琴たちも、聖職者となっていなかったかもしれない。そう考えると、今の状況が運命としか思えない。
「今回の披露目ノ儀は、国民ほぼ全員が初めての経験だと考えられる。貴族の爺さまたちだって、前帝の披露目ノ儀に頃は、まだ子供だったらしいからな。覚えていないと胸を張っていた」
「そこ、胸張るところじゃない気が……」
ようやく解放された凛太郎が、珍しくまともなことを言った。
「だからこそ、今回は歴史に名を残すことを期待されている。なんせ、こんなに若い帝と聖職者は初らしいからな」
「そうなんですか?」
「あぁ。なんでも、前帝はきちんと考えずに聖職者を決めたらしい。おかげで、聖職者のみが代替わりをすると言う異例なことがあった」
「だから、前の時代は犯罪が多かったのですね」
「巫女がお怒りになっていると言う噂が流れ、ある農村では反乱が起こったとか」
「俺は、そんな愚帝にはなりたくない」
朝陽の瞳に凛とした光が宿った。
その光は、きらりと瞬いてその場を張りつめさせる。
「かと言って、歴史に名を残す大帝にもなりたくない。ただ、国民が平和に暮らせる、そんな世を作りたい」
空気が変わった。
帝たる威厳が、心の奥底まで伝わってきたのだ。
ぴんと、自然に背が伸びる。
「お手伝いします」
凛太郎が朝陽を見て微笑んだ。
ふざけていたときとは一変、頼もしい聖職者の顔になって告げる。
「父から聞きました。前帝の時代は、盗人に色々盗まれたと。そんな想いを、父に再び味合わせたくない」
「俺もです。誰もが皆平等に治療でき、薬を与えられる世を願っています」
「前帝の時代、この都は嫌な香りでいっぱいだった。この世を良い香りでいっぱいにしてみたいです」
「人は皆平等です。服を着ることができない人たちを、私はひとりでも多く救いたい」
凛太郎、涼人、将大、夕海が力強く言う。
皆、己の持つ技から出る固い想いだ。それは言葉となって、朝陽へと伝わっていく。
(私も、私ができることをやりたい)
聖職者として、聖琴師として。筝でできることを。
だから、琴も朝陽に自分ができることを伝えようとした。
「私は……」
しかし。
──お前に何ができる。
ふいに父の言葉が蘇った。
どくんっと胸が波打つ。
──たかが箏の才能があるからと言って自惚れるな。お前は箏しかできない人だ。箏なんて誰だってできる。お前にそんな価値はない。
冷たい父の言葉。無機質で、人の心など考えたこともないだろう口調。
それが、悪夢のように蘇ってきたのだ。
自分が否定されるように。自分を内側から壊していくように。
「私、は……」
言葉が出てこなくなった。
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