第20話 打ち合わせ
振り返ると、扇で口元を隠している朝陽の姿。
口を隠して見られないようにしているが、目は完全に笑っている。
「うお! 陛下、おはようございます!」
「うお、とはなんだ」
朝陽は凛太郎の頭をこつんと小突く。
そして、ゆったりと部屋を見回した。
「にしても、男と女で趣味は分かれるものだな」
改めて見ると、男子の周りは、国民に愛される遊び道具。
女子の周りは、布の海だ。
「見ていておもしろい」
「帝さま。すぐに片付けますので!」
夕海があわてて片付け始めたので、琴も手伝う。
涼人は黒と白の碁石を綺麗に分け、将大がそれぞれをしまっていく。
その間、凛太郎は全員分の円座を出してきた。
「ありがとう」
朝陽は礼を言い、上座へ座る。
片付け終わった聖職者たちは、一斉に集まる。
そして、音を立てずにゆっくりと円座に座った。
「さて、まずは二日後の宴から行こうか」
打ち合わせが始まった。帝の言葉に、琴はしゃんっと背を伸ばす。
朝陽は、ぱちりと扇を閉じて言った。
「その宴は、具体的に何をするんですの?」
「それぞれの才を貴族に見せ、認めてもらうと言うものだ」
どの時代も、聖職者の披露目はまず貴族たちにする。
聖花国の中枢を担う貴族たちから、先に認めてもらうことが大切なのだ。
「じゃあ俺の場合、食に関するものですか?」
「そうなるな」
「では、俺は何か美味しいものを饗します」
「よし、凛太郎はそれで良い。美味しいものと聞けばあの爺さまたちは喜ぶだろう」
「爺さまって」
将大が笑いをこらえている。
涼人は納得しているような顔だ。
「本当のことだ。宴があると必ず大騒ぎし、悠々自適に酒を飲み、酔って従者たちに運ばれていく始末だ」
「俺は、その爺さまたちに酔い止め薬でも作ります」
「おお。それは喜ぶだろうな」
朝陽は涼人の意見に顔をほころばせた。
「いつも従者が大変そうだからな」
「朝陽の帝はお優しいですねぇ」
将大がのんびりと言う。
朝陽は、そんな将大に目を向けた。
「将大はどうする」
「僕は良い香りの香を調合して、場を和ませようかなと」
「将大らしくて良い。では香りは頼んだ。夕海と琴は何か決めているか?」
「私は──」
「ふたりでお酌して回ったら?」
夕海が口を開いたのと同時に、凛太郎があっけらかんと言った。
にこにこ笑いながら、夕海と琴を順番に見る。
「爺さまたちは喜びそうだぞ」
「何言ってるの!」
夕海が凛太郎を怒鳴りつけた。
目が本気で怒っている。
「そんなにやって欲しかったらね、まず凛太郎が女装してすれば良いじゃないの!」
琴は、凛太郎が可愛らしい衣を着て簪をさし、化粧をして酌をする姿を想像した。
なぜか、妙に似合う。
思わずぷっと吹き出した。
「おい、琴! 笑うな!」
「すみません。でも、すごくおもしろくて」
笑いすぎて涙が出てくる。
涙で曇った視界のせいで、隣で琴を見て微笑む朝陽の姿に気がつかなかった。
「夕海、落ち着け。お前はどうするのだ」
朝陽が、笑う口元を扇で隠しながら問う。
「やっぱり、認めてもらうには団結力が必要だと思うんです。なので、皆同じ模様の布で衣を作ろうかなと」
「え、俺も桃色とか着るのか?」
明らかに似合いそうもない涼人が顔をしかめた。
その姿を想像して、再び笑いそうになる。
「あのね、衣とかに興味のない殿方は知らないでしょうけど、模様だけ同じで色が違う布ってたくさんあるのよ」
ねぇ琴、と夕海が同意を求めてくる。
確かにそうだ。同じ色でなくても、柄が同じ布はたくさんある。それが、布のおもしろいところだ。
「でもお姉さま、全員分は大変じゃありませんか?」
「大丈夫よ。聖衣師の腕の見せ所よ!」
「もし大変でしたらお手伝いします!」
「琴、本当に優しい!」
「そのことだが」
二人の様子を微笑ましく眺めていた朝陽が、ふと険しい顔になった。
扇を閉じながら、じっと琴を見つめる。
「琴、お前は大変だと思うぞ」
「え?」
「聖琴師はどの『聖職者』よりも就くのが難しく、狭き門とされている神職だ。それが決まり、なおかつ歴代聖琴師の中で最も優秀、最年少となれば、爺さまたちはすごい期待をしてくる」
「ひぇっ。私、優秀なんですか……?」
「あぁ。今回の宴で琴が何を披露するかで、今後が決まってくると考えても良いだろう」
「ちょっと、帝さま。琴を怯えさせないで」
夕海の手が琴の手に重なる。
「琴がかわいそうですわ」
「お姉さま、ありがとうございます」
こうなることは覚悟していた。何せ、筝は『巫女の楽器』として崇められているものなのだから。そんな筝を弾く職は、簡単なものではないと自覚はしていたのだ。
でも、自分は巫女から認められた聖琴師。
ここで折れたくはない。
だから、自分にできることを精一杯やるつもりだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます