クレイ

@mia9503

クレイ

1.

ミアは粘土で出来ている。でもこのことは絶対にバレてはいけない。もし知られたらリクのようになるはず。

リクも粘土で出来ている。そしてサッカーをする時転んで正体がバレてしまった。地面にぶつかった膝が潰れてしまったのだ。クラスのみんなはそれからリクをいじめ始めた。

腕をつねって変な形にしたり、鼻を口に貼っておいたり、耳を押しつぶしたりした。言葉通りリクは玩具になってしまった。粘土は柔らかくて弱いから。

特にジンという子が酷いいたずらをしていて、この子は休みの時間ごとにリクの足をちぎってロッカーに隠した。たまには目まで塞いだりもした。リクはそのたび足を引きずりながら足を探し回った。


「こいつに足を返したらぶっ殺してやる。」


ミアは目が見えなくて手探りで歩き回っているリクを助けてあげたかったけど、ジンの連中が怖くてできなかった。自分までいじめの対象になるとどうする?その上ミアも粘土でできているもの。

ジンはリクに足を引っ掛けて転ばせた。リクはうわっと悲鳴を上げた。ミアは教室の後ろで起こっていることに気づいていないふりをするのに必死だった。リクがあんな目に遭ったのは全部自分が気をつけなかったからだ。サッカーなんかするからだよ。粘土で出来ているくせに。とミアは自分に言い聞かせた。

授業の時間が近づいたらリクをいじめていた子たちはリクを元の形に戻しておいた。腕を揉んで綺麗にし、耳を伸ばし、鼻は元の位置に戻し、目を開けた。それでも足は戻してくれなかった。授業のベルが鳴るまでパス遊びをするつもりだったのだ。

リクの足は教室の端から端へと飛び回った。リクは頭の上を過ぎる足を掴むために腕を伸ばしたが、届かなかった。

ところで先生がベルの鳴る前に教室に入って来た。ジンが投げた靴が教卓の前にぽとんと落ちた。


「これ、誰の靴だ?」


先生がクラスのみんなに聞いた。ジンが素早く前に出てリクの足を取り、持ち主に戻してあげた。


「靴を脱ぎ散らかしちゃダメだぞ。」


先生はそう言って授業を始めた。


2.

ミアの母は家に訪れた客とお茶会をしていた。クレイ母委員会の会員たちだ。その中の一人はリクのママだけど、もう一人は知らないおばさんだった。一つ確実なのはクレイ母委員会の会員たちはみんな粘土で出来ている子供を育てているという事だった。

ミアは客たちにぺこりと頭を下げて部屋に入った。


「ミアちゃんは礼儀正しいですね。」

「ほんとそう。かわいいし、勉強も上手だし。」


客たちがミアを口々に褒めた。閉まったドアに耳を澄ませていたミアはにっこりと笑った。ミアは褒められるのが好きだった。だから大人が嫌がるようなことは絶対しなかった。いつも明るく笑い、きれいに話した。あんまり遊びもせず走ったりもしなかった。一日中勉強ばかりしていた。

少しつまらなくて辛い時もあったけれど、そうすれば大人たちにも友達にも愛されることができた。そして自分が粘土で出来ているという事も無事に隠せた。


「まあ、今はあんなにおとなしいですけど。昔には足を揉んで水かきにしたり、唇伸ばしてクチバシにしたりしましたから。いたずらっ子だったんです。」

「ミアちゃん、ママのしつけがいいから。」

「小さいころにはみんなそうですもの。大事なのは今です。ところでうちの息子は…」


リクのママがため息をついた。


「リクちゃんがどうしたんですか?」

「最近成績も悪いしいう事も聞きませんよ。心配で心配で。」


ミアは学校で粘土でできているという理由だけでいじめられているリクの姿を思い浮かべた。リクのママに言うべきなのかな?ミアは悩んだ。余計なおせっかいなのかな?いや、リクのママは彼が学校でどう過ごしているのか全然知らないようだ。ミアは意を決したようにドアを開け、部屋から出た。


「ジンちゃんはどうですか?」


客たちの前に立ち止った所に、母がミアの知らないおばさんに尋ねた。


「相変わらずですよ。遊んでばかりいて。でも友達とは仲良くできているみたいです。」


ジン?リクをいじめているあのジン?


「ミアちゃんとも同じクラスですね?」

「ですね。3人とも同じクラスです。」

「ミアちゃん?何?なんか言うことでもある?」


ミアは首を振った。何も話せなかった。ジンのママの前で彼が友達をいじめる悪い子だと告げるなんてできる訳ない。

ミアは水を一杯飲んでから部屋に戻った。ところで、ジンのママがクレイ委員会に属しているってことはジンも粘土でできているってこと?自分も粘土なのに同じ立場の子をいじめるなんて。


3.

学校はいつもと同じだった。ジンはリクの体のあっちこっちを切ったり貼ったりしながら遊んだ。ミアは頭の中でジンも粘土だという事実を繰り返し思いだしていた。リクを助けてあげられるかも知れないと彼女は思った。ところが、学校が終わるまで思うだけだった。

ミアは塾に行く道にジンの連中と出くわした。その子たちは小道から駆け出しキャーキャー笑いながらミアを過ぎて行った。ミアは小道の中を覗いた。ぐしゃぐしゃになったリクがカバンを拾おうとしていた。でもジンの連中が腕と脚を抜いて反対側につけておいたせいで取れなかった。

ミアはリクに近づいた。リクはミアを見つけて滑稽に手足をばたつかせることを止めた。


「助けてあげようか?」

「要らない。」


ミアはリクに手を伸ばした。カバンを拾えるように腕と脚を元に戻してあげようとしたのだ。ミアが腕を掴んだらリクは強く振り払った。


「要らないって!」


ミアはきまり悪そうにもじもじしながら立っていた。


「両親に告げてみたら?」

「ママは僕なんかの心配はしない。パパは何もかも僕のせいだという。ちゃんと作ってあげたのに無様だって。」


ミアはリクのカバンを持ち上げた。


「助けたいなら僕を猫にしてくれ。」

「猫?」

「そう、猫。逃げることでもできるように。みんな僕が勝手にできるからいじめるんだろう。」


ミアはリクの頼み通り彼を猫にしてやった。ミアは粘土をいじって何か作るのが楽しかった。リクは猫一匹より三倍大きかったので、猫三匹になった。リクはニャーニャー嬉しそうに鳴いて壁の向こうに消えた。ミアの塾にはもう間に合わない時間だった。

仕方なく、ミアは家に帰った。母に叱られてしまった。ミアはリクを助けて塾には行けなかったと言ってみたが、母は口答えは聞きたくないと言ってミアの口を撫でつけて塞いだ。粘土だから。

ミアは母が自分を褒めたのは勝手にできたからかも知れないと思った。


4.

「ちくしょう、リクの野郎、どこに行きやがった。」


ジンはいじめる対象がなくなっていらっとしていた。文句を言いながら隣の子を拳で打った。一緒にジンをいじめていた子だった。どうしてかその子の腕がぐしゃっと潰れた。


「なんだ。お前も粘土だったのか?」


ジンはその子をボロボロにしてやった。


「じろじろ見やがって。お前も打たれたいのか?」


ジンは目が合った子も殴った。その子の胸も潰れた。


「なんだ。みんな粘土だったのか?」


それからジンは前の席から始め、順番に拳を振り回した。一人も残らずぶたれたところに凹みができた。子供たちは抗おうともできず怪我した所を揉みながらじっと座っていた。

ミアの番になった。ぶたれたミアはぐしゃっとなった。でも反撃した。ぱっと起き上がってジンの顔を引っ搔いた。ジンの顔には大きな傷ができたけど、血は出なかった。

ジンも粘土だという事に気づいたクラスのみんなが彼に飛び掛かった。ジンが自分たちにしたのと同じく打ち、踏みにじった。ジンは巨大な粘土の塊になった。ミアはその粘土を少しちぎり取って休みの時間中小鳥を作った。他の子供たちも自分なりに蛙、犬、魚などを作った。

子供たちが作った動物たちが所狭しと飛んだり走ったりして、教室の中はめちゃくちゃになった。先生が入って来て怒鳴った。


「今何してるんだ!」


すると粘土で作られた動物たちが先生に襲い掛かった。先生は手を振り回し抵抗しながら教室の外に逃げた。

子供たちは笑った。そしてお互い揉んで作品を作り始めた。

授業が終わるベルが鳴り、ミアの教室からはシカやリス、猪みたいな獣と梟、烏、鳩みたいな鳥たちが飛び出た。ミアも動物の中に混ざって誰も自分を好き勝手にできない所へと消えてしまった。

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