神様ごはん相談所 ~一膳で、神様の悩みをほどく店~

秋乃 よなが

第一部 神様に届く味へ

第一話 ウサギさんと春キャベツ

 桜の花びらがほとんど散った頃、とある田舎にある古民家を改装した小さなお店。まるでお客さんが入りそうにないほどひっそりとした場所に立つその店で、一人の女性が開店準備をしていた。


 柔らかい茶色のセミロングの髪を、ゆるく三つ編みにする。服の上から割烹着を纏い、お店の入口に暖簾をかけた。


「ふぅ。今日から私一人だ。がんばらなくっちゃ」


 彼女は森山もりやま 小春こはる。調理学校を卒業し、祖父から受け継いだ料理屋を、今日から一人で営業する。料理屋に名前はない。なぜならこの店には、普通の人はまず訪れないからだ。


「おはようございます、小春さん。ついに今日からこのお店の店主ですね」


 風呂敷を背負って、淡い桃色の狩衣をまとった真っ白のウサギが、暖簾の下から顔を出した。


「おはようございます、ウサギさん! おじいちゃんが隣にいないのは変な感じですが、精一杯がんばりますね!」


「ふふ。その調子です。でも小春さんなら大丈夫ですよ。久一さんも太鼓判を押していましたからね」


 久一とは小春の祖父である。そしてこの喋るウサギは、とある国づくりの神様の付き人だ。


「今日はどんなお料理にしましょうか? 神様のご希望はありますか?」


「今朝、春キャベツが神界の畑で採れたんです。これを使って、何か一品をお願いできますか? できればお酒に合うお料理で」


 ウサギがカウンター席の椅子によじ登る。高さがあって少し座りにくそうにしているところが可愛らしい。


 そしてカウンターの上で風呂敷を広げれば、そこから立派な春キャベツが顔を出した。


「わあ! つやつやの春キャベツですね! おいしそう!」


「そうでしょう! そうでしょう! 我ながらよくできたと思うんです!」


 小春はウサギから春キャベツを受け取り、それを掲げるようにして下から覗き込んだ。


「まんまるで、葉がふんわりしてて、葉先も瑞々しくて…これは絶対おいしいやつです!」


 そうして葉を一枚千切って、軽く水で洗ってからそのままかじる。


「んー! 甘い! この春キャベツ、すっごく甘いです!」


 そしてしばらく春キャベツを噛みしめていたあと、ついに小春にレシピが浮かんだらしい。フライパンを取り出し、コンロの上に置いた。


「お酒に合う春キャベツの一品、作りますよー!」


 春キャベツ一玉を六分の一に切り分けておく。そしてみじん切りにしたニンニクとアンチョビを、オリーブオイルと一緒に火にかける。


「良い香りがしてきたら、取り出す合図ですよー」


 炒めたニンニクとアンチョビを取り出し、再びオリーブオイルを敷いたフライパンに春キャベツを入れる。ジュウッと全体に焼き色がつくようじっくり焼いたところに、ニンニクとアンチョビを戻した。


「あとは、塩コショウで味を調えたら――完成! 春キャベツのステーキです!」


 両面にこんがりとついた焼き色とは反対に、春キャベツは瑞々しいまま。ニンニクとアンチョビの香りが食欲をそそる一皿を、小春はウサギに差し出した。


「春キャベツのおいしさをそのままに、お酒が進む塩気を足してみました。どうぞご賞味ください」


「うわあ! 良い香り!」


 ナイフとフォークを受け取り、春キャベツのステーキを一口頬張るウサギ。口に入れた瞬間にぴょこんと耳が動いて、言葉にせずともおいしいと思ってくれたことが伝わった。


(良かった。気に入ってくれたみたい)


「これなら間違いなくあるじも気に入ります! いつも通り、レシピをいただいてもいいですか?」


「もちろんです! 書き留めてくるので、食事を楽しんでお待ちくださいね」


 小春はカウンターの奥に消えて、ウサギのためにレシピを記す。そうしてステーキを完食したところで渡せば、ウサギは嬉しそうに笑って一礼をした。


「ありがとうございます、小春さん! また主のごはんで相談があったらお店に寄りますね」


「はい、いつでもお待ちしております」


 レシピを大事そうに懐にしまったウサギは、ゆっくりと歩きながら店を出て行った。カウンターには、古い銀の小判が一枚置かれていた。


「――ようこそ、『神様ごはん相談所』へ、ってね。おじいちゃん。初めてのお客様、うまくいったよ」


 ここは神様の食事に困った付き人たちが、小春に食事の相談をしに来る不思議なお店なのだった。

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