第二話 シカさんとそら豆

 とある田舎にひっそりと立つ古民家を改装した小さなお店。今日も森山 小春は三つ編みに割烹着という姿で、お客さんが来るのを待っていた。


「こんにちはあ。お邪魔しますう」


 のんびりとした口調とともにお店に入ってきたのは、琥珀色の狩衣をまとったシカ。彼は生命の神の付き人だ。


「今日も気持ちがいい天気ですねえ。小春さん、花粉症など大丈夫ですか?」


「いらっしゃいませ、シカさん。幸いにも私はまだ花粉症になってないんですよー」


 他愛ない会話を続けながら、小春はシカとのんびりした時間を過ごす。そして思い出したかのようにシカは神様ごはんの相談を始めたのだった。


「そうそう、今日はですねえ、そら豆のお料理をお願いしたいんですう」


「そら豆ですか! 今の季節にぴったりですね!」


あるじ様はしっかり季節を感じたいそうで、そら豆の旨味が味わえるお食事を召し上がりたいそうですう」


「分かりました! 任せてください!」


 小春はカウンターの奥から、盆ざるに乗せたそら豆を持ってきた。


「そら豆は綺麗な緑色で、うぶ毛があるのが新鮮な証拠なんですよー」


 そら豆をサヤから出して、サッと塩茹でし、薄皮を剥いていく。


「私、そら豆の薄皮を剥くのは苦手ですう」


「膨らみの下に包丁で切れ目を入れると剝きやすいですよ」


 鍋にバターを溶かし、薄切りしたタマネギを飴色になるまでよく炒める。この季節は新タマネギが出ているので、より甘みのある一品が作れそうだ。そこに水とコンソメ、そら豆を入れて柔らかくなるまで煮る。


「それから牛乳と煮た野菜を汁ごと入れてミキサーにかけて、っと」


 ガーッとミキサーの大きな音に、シカがびっくりしたように目をぱちくりさせる。それを横目で見て頬笑みながら、撹拌した液体を鍋に戻し入れた。


 再び温め直して、そこに生クリームを入れて、塩コショウで味を調える。


「あとは器に盛れば、そら豆のスープの完成です!」


 そら豆と牛乳の優しい香りがふわりと広がる。差し出されたスープを前に、シカは大きく息を吸い込んだ。


「ああ、春の香りがしますう」


「旬の野菜で作ったスープです。甘くておいしいですよ。どうぞご賞味ください」


 スプーンを持って、シカはゆっくりとスープを口にする。少し熱かったのか、はふはふしながら一口飲み込んだ瞬間、シカの目が輝いた。


「甘さの中にもそら豆の味がしっかりしてて、おいしいですう」


 シカの目がとろんと溶けて、一筆書きをしたような線になる。その姿が可愛くて、小春は小さく微笑みを零した。


「神様のご要望に添えそうでしょうか?」


「もうばっちりですう! これなら主様もおいしいとおっしゃいますう!」


「良かったあ! じゃあレシピをご用意しますね」


 カウンターの奥に行って、紙とペンでレシピを書き留める。おいしいそら豆や新タマネギの見分け方も付け加えながら、小春はレシピを書き上げた。


「はあ。とてもおいしかったですう。ごちそうさまでしたあ」


「お粗末様でした。――はい、シカさん。こちら、そら豆のスープのレシピです」


「ありがとうございます。私も自分の分をこっそり作ってみようと思いますう」


 シカが懐の小さな巾着袋から、古い銀の小判を一枚取り出す。それをレシピと引き換えに、小春に手渡した。


「小春さんのお料理は、久一きゅういちさんと同じ優しいお味がしますう。こういうのを変わらない味っていうんですねえ」


「ふふっ。そう言ってもらえて嬉しいです。また何かあったらいつでもご来店くださいね」


「はい! また来ますう!」


 店をあとにするシカを、小春は手を振りながら見送った。


「今日も無事にお客様をお見送りできたよ、おじいちゃん」


 今日も『神様ごはん相談所』はひっそりと営業中なのだった。

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