第15話 聖騎士の最期

第十五章 聖騎士の最期


## 第15章:聖騎士の最期(リライト版)Part 1


翌朝、セディック・クロウは、静かに白と金の装束へと袖を通した。


鏡の前に立ち、純白のローブを身に纏う。布が肌に触れた瞬間、じんわりと温もりが広がり、まるで光に抱かれているかのようだった。


朝日を受けた金の刺繍が、淡く輝く。胸元の十字架、袖口の幾何模様、裾に刻まれた精緻な文様──どれもが、神聖という言葉そのものだった。


セディックは鏡越しに自分を見つめた。


そこに映っていたのは、ただの聖職者ではない。戦士の威厳と、聖者の気品を併せ持った“神の戦士”そのものの姿だった。


「これが……神の戦士か」


思わず零れた呟き。その直後、異変が起こる。


服が、熱を帯び始めた。


セディックは驚いて布を掴んだが、服は体に吸い付いたまま離れない。


その瞬間──

何かが、彼の内側へと流れ込んできた。


記憶。

感情。

そして、罪。


セディックは膝をついた。意識に、無数の映像が洪水のように流れ込んでくる。


暗闇の中で泣いていた幼い自分。

組織で訓練を受け、命を奪う術を叩き込まれた自分。

ファーザー・トーマスに救いを与えられ、そして裏切った自分。


火刑にされた人々──老婆、若い娘、子ども。

その中の多くが、無実だった。


そして、緑の服を着た少年。

何も悪くなかった。

ただ、自分の“道具”として利用され、死んでいった。


「いや……これは神のためだった……正しいことだったはずだ」


必死に否定する声。しかし服は容赦なく、真実を突きつけた。


彼の“本当の願い”。


異端の殲滅でも、完璧な戦士になることでもない。


ただ──


「許されたい……この罪から解放されたいんだ……!」


絶叫した瞬間、服が白光を放つ。


精霊たちの声が、光の中から聞こえてきた。


「あなたの願いは、聞き届けられました」


「では……私は、救われるのか……?」


問いかけに、声は優しく答えた。


「それは、あなた自身が決めることです」


セディックは立ち上がる。体の痛みは消え、軽やかですらあった。しかし心だけは重かった。


ずっと目を背けてきた“罪の重さ”が、今ようやく本当の形を持って迫ってきていた。


「私は……これから何をすべきなのだ」


問いに対する答えは、内側から静かに響いた。


──償え。


セディックは目を閉じた。償いとは何か。どんな形で果たされるべきなのか。


そして悟る。


この服が彼に与える運命──殉教。

命を捧げることで、罪を清算し、神の前に潔白な魂として迎えられる。


だが、それは本当の“償い”なのか。


セディックは窓の外を見た。朝の光に照らされた街。

人々が歩き、日常が続いている。


かつて迫害した人々。

本来なら生きていたはずの命。


「私は……真実を語らねばならない」


セディックは決意し、隠れ家を後にした。

白と金の装束のまま、街の中心へ向かって。


その神々しい姿を見て、人々は道をあけた。


「あれは……セディック・クロウ?」


「美しい……」


「まるで天使だ……」


やがて、大聖堂の前。すでに多くの信者が集まっていた。


彼を見つけた信者たちが歓声を上げる。


「セディック様!」


「神の使徒が来られた!」


セディックは聖堂の階段を上り、群衆を見下ろした。

数百の瞳が、期待を込めて彼を仰ぎ見ている。


「兄弟たちよ──」


その一声で、場は静まり返った。


「今日、私は真実を語る」


## 第15章:聖騎士の最期(リライト版)Part 2


セディックは大きく息を吸い込み、静かな声で告げた。


「私は──嘘をついていた」


その瞬間、群衆がざわめいた。


「私は、神の御心を語っていると偽りながら……実際には、自分の恐怖と憎しみに従って行動していたのだ」


「何を言っているんだ!」

群衆の中から叫びが上がる。


だがセディックは揺らがない。


「魔女狩りで犠牲になった人々。その多くは、無実だった」


どよめきが広がった。


「マーサ・ブラックウッドは、病人を癒すためにハーブを使っただけだった。私は彼女を魔女と断じ、火刑にした」


「嘘だ!」「神の敵だったはずだ!」

怒号が飛ぶ。


それでもセディックは言葉を続けた。


「他にも、私は多くの罪なき者たちを殺した。それを“神の御心”とすり替え、自らを正当化していた」


怒りの声が、群衆のあちこちで膨れ上がっていく。


「裏切り者!」

「異端め!」


セディックは彼らを見つめた。

その目は、かつての自分と同じ──憎悪と狂信で濁っていた。


「私は──間違っていた! 神の名を騙り、無垢な者たちを殺していた!」


その叫びを遮るように、群衆の中から石が飛んだ。


ゴッ──

額に直撃し、血が流れ落ちる。


それでも、彼は倒れなかった。


「どうか……私を罰してほしい。私は、この罪を受け入れる」


さらに石が飛ぶ。次々と。


セディックは両手を広げた。

十字架に掛けられた殉教者のように、黙って立ち尽くす。


白と金の服が、赤く染まっていく。

それでも彼の顔には、どこか穏やかな微笑みがあった。


「これが……償いなのだな……」


石はなおも飛び続けた。憎悪が群衆を支配していた。


──そのとき。


人垣をかき分けるようにして、一人の老人が前へと歩み出た。


ファーザー・トーマスだった。


「やめなさい!!」


その声は、広場を震わせるほどの力だった。

怒号も石も、ぴたりと止む。


トーマスは、血まみれのセディックに駆け寄った。


「セディック……お前は、ようやく──」


「師よ……」

セディックは微笑んだ。「私は、ようやく分かりました」


「……何がだ」


「救済とは──死ぬことではなく、真実を語ることだと」


トーマスはセディックの体を抱きとめた。


「そうだ……そうだとも、セディック」


だが、人々の視線の中には、別の影があった。


かつての仲間たちだ。

セディックの告白は、彼らにとって“裏切り”だった。


一人の男が短剣を抜いた。


「裏切り者に、死を」


叫ぶなり、男は駆け出す。

トーマスが「やめろ!」と叫んだが、間に合わなかった。


短剣が、セディックの胸に深々と突き立った。


セディックの体が、ゆっくりと崩れ落ちる。


鮮血が白い服を広がりながら染めていく。

だが、その表情に苦痛はなかった。


「……これで、いい……ようやく……」


トーマスが必死に体を支える。


「セディック! しっかりしろ!」


「師よ……私は……救われますか……」


トーマスは泣きながら頷いた。


「ああ……救われる……必ずだ」


「ならば……私は……幸せです……」


その言葉を最後に、セディックは静かに目を閉じた。


トーマスの腕の中で、穏やかな顔のまま息を引き取った。


広場は、重い沈黙に包まれた。


血に染まった白と金の装束が、朝日を浴びて輝いていた。

その神聖さは、血に染まってなお失われていなかった。


──そのとき。


服から、淡い光が立ち上った。


柔らかく、あたたかく、優しい光が空へと昇っていき……やがて消えていった。


まるで、魂が天へ帰っていくかのように。


トーマスはセディックの亡骸を抱きしめたまま、祈りを捧げた。


「神よ……どうかこの若者を……お赦しください……」


やがて、群衆のあちこちからすすり泣きが漏れ始めた。

彼らは混乱していた。だが、今ここで何か重大なものを見たことだけは理解していた。


短剣を刺した男は、血に染まった自分の手を見つめたまま呟いた。


「私は……何を……」


そしてその場に泣き崩れた。


## 第15章:聖騎士の最期(リライト版)Part 3


セディック・クロウの死は、瞬く間に国中へ広がった。


王宮では、女王アウレリアが報告を受けていた。


「セディック・クロウが死亡しました」

宰相が静かに告げる。


「罪を告白し、群衆に石を投げられ……最後は仲間に刺されたとのことです」


女王は窓外へ視線を移した。

朝の光が差し込み、遠くの街並みを照らしていた。


「彼は……最期に何を見つけたのでしょうね」


宰相は続ける。


「報告によれば、穏やかな顔で息を引き取ったそうです」


女王は目を閉じ、短く息を吐いた。


「救済……ということかしら」


「はい」


女王はしばし沈黙し、やがて言った。


「彼を丁重に葬ってあげてください」


宰相は驚いたように眉を上げた。


「しかし陛下……彼は異端狩りの指導者。多くの罪を──」


「それでも」

女王は、はっきりとした声で遮った。


「彼は最期に真実を語りました。

それは、称賛されるべき勇気です」


宰相は深く頷いた。


「……承知いたしました」


---


一方その頃──


騎士団の訓練場では、ローザリンが剣を収めていた。


「セディック・クロウが……死んだそうです」


若い騎士が息を呑みながら報告する。


ローザリンは短く「そう」と答えた。


「団長は……何も感じないのですか?

彼は、陛下を暗殺しようとしたのですよ」


ローザリンは少し考え、剣の柄にそっと触れながら言った。


「彼も……苦しんでいたのでしょう」


若い騎士は首を傾げる。


「苦しんで?」


「自分の罪と向き合うということは、誰にとっても苦しいものよ」


青空を見上げるローザリンの横顔は、どこか寂しげだった。


若い騎士は、それ以上言えなかった。


---


その頃、仕立て屋の工房。


アーサー・グレイは窓のそばに立ち、精霊たちのさざめきを静かに聞いていた。


彼らはセディックの死を告げていた。


「安らかに」

アーサーは小さな声で呟いた。


そこに、エルドラが現れる。


「彼は……救われたのだろうか」


アーサーは頷いた。


「はい。彼の願いは“罪からの解放”でした。

そして、それは叶えられました」


「殉教によってか」


「いいえ」

アーサーは静かに首を振った。


「真実を語ることによって……です」


エルドラは弟子をじっと見つめた。


「お前は……最初からそうなると知っていたのか?」


「未来は見えません。ただ、願いだけが見えるのです」


「だが……結局、彼は死んだ」


アーサーは短く目を伏せた。


「それも……彼自身が選んだ道です」


エルドラは深い溜息を漏らした。


「お前の仕事は……いつもこうなのか。

願いを叶えるということは、いつも代償が伴う」


アーサーは返事をしない。


エルドラは、そんな弟子の横顔を見つめた。

穏やかな表情とは裏腹に、その瞳の奥には深い悲しみが宿っていた。


「アーサー」

エルドラは優しく言った。


「泣いてもいいのだぞ」


アーサーはわずかに驚いたように目を見開いた。


「泣く……?」


「ああ。

お前はいつも全てを内に秘めている。

だが、それではいつか壊れてしまう」


アーサーは窓の外を見つめる。


「僕は……泣き方を忘れてしまいました」


エルドラはそっと弟子の肩に手を置いた。


「いつか、思い出す日が来るさ」


アーサーは何も答えず、ただ静かに立ち尽くした。


曇りのない空を、一羽の鳥が横切っていく。


セディック・クロウの魂も、きっとどこか遠く──

安らぎの場所へ旅立っているのだろう。


---


そして街には、ささやかな変化が訪れ始めていた。


セディックの告白を耳にした人々の中から、少しずつ声が漏れ始める。


「……本当に彼らは魔女だったのだろうか」


「無実の者も混ざっていたのではないか」


その声はまだ小さい。

しかし、確実に広がりつつあった。


女王アウレリアの願い──

この国から“憎悪”を取り除くこと。


その小さな変化は、確かにその願いへと近づいていた。


だが、物語はまだ終わらない。


最後の結末を迎えるため、

すべての“糸”が一つに結びつく時が──

もう、すぐそこまで来ていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る