第10話 謝罪。公開順番間違えました。
※2025年12月16日この10話と間違えて先の話を公開してしまいました。
これが本当の10話です。失礼しました。
私の人生は、一言で言えば下の下だ。
「よろしくお願いします」
雑居ビルの一室で、絞り出すような挨拶と一緒に頭を下げる。
「待ったよ真緒ちゃん。じゃ、契約通りよろしくね」
社長兼監督さんは上機嫌に笑いながら、私の胸を見下ろしてきた。
粘着質の視線が体をなぞっていくのがわかる。
全身の皮膚が粟立つのを止められない。
おかしいよね。
弟ちゃんにはむしろ見て欲しいくらいなのに。
理由は単純。
この人たちは、自分のことしか考えていないんだ。
海パン姿の男の人が挨拶をしてくる。
それに、中身のない上辺の誉め言葉。
あたし、この人に初めてを奪われるのか……。
まるで現実味がない。遠い世界の話のようだ。だけど数分後には確実に訪れる運命に心臓が冷たくなっていく。
別室で着替えるために下着を脱ぐと、視界に一杯に自分の乳房が映った。
思えばずっとこれに振り回される人生だった。
就職活動の面接で目を見て話してくれた人はいなかった。
愛人になれば内定をやると言ってくる人までいた。
どうせまっとうな仕事に就けないなら、コレしか見てくれないならって、開き直って社長の誘い乗った。
デビューした時のことは今でも胸の奥に残っている。
凄く恥ずかしくて、取り返しのつかないことをしてしまったのではないかという恐怖に震えた夜。
一睡もできなかったけど、グラビアが公開されると私のSNSには一万人のフォロワーが付いた。3万以上のイイネが付いた。
日本中の男性が私を肯定している。
その事実に全身の血が熱くなった。
世界がひっくり返ったのは、その四か月後だった。
私がサインした専門用語だらけの契約書。
社長の要約を信じて捺印を押したそれには、どうやらセクシービデオの出演を許諾するものだったらしい。
破れば違約金は1000万円。
弟ちゃんなら、きっと払ってくれる。
でも、こんなことで頼りたくなかった。
何よりも、知られたくなかった。
可愛い弟に、お姉ちゃんのこんな情けない姿を。
けど、
「全部、見られちゃうんだ……」
私の動画は有料サイトで、一本税込み1650円で売られるらしい。
世界中の人が、たった1650円払うだけで私のスベテを見れてしまう。
中学生の頃から私に汚い欲望を浴びせてきた男子たちの顔が浮かんで積み重なっていく。
体育の着替えの度、周囲を警戒しながら守って来たけど、結局全部公開されちゃうんだ。
まるで無数の蛆虫で満たされたプールの上に釣るされているような嫌悪感で吐きそうだった。
弟ちゃんが会いに来てくれた時は嬉しかった。
綺麗な私を覚えて欲しくて、私という存在を刷り込むように抱き着いてしまった。
最後に弟ちゃんに会えたおかげで、あたしは勇気を貰えた。
はずだった。
カメラの前に立つと、涙腺が冷たくなるのを感じる。
あれだけ覚悟を決めたはずなのに、撮影が始まると寒気が背筋をなでていく。
そして思ってしまう。
「待ってください社長! やっぱり私!」
――弟ちゃん、助けて……。
「テメェら、誰の何に手ぇ出してんだ?」
いつの間にか全身を包む温もりに身を委ねる。
視界の男性に、まぶたを開けたまま閉じたくなかった。
まばたきをした瞬間、大好きな人が消えてしまう気がしたから。
でも、その人は確かな現実感を以ってあたしを抱きしめてくれた。
「弟ちゃん!」
姉のプライドも何もかも放り出して、あたしは弟ちゃんに抱き着いた。
幼い頃から親しんだ温もりに悪寒が消え去り、まぶたを閉じた。
◆
「そのスリーピーススーツ、まさか黒瀬蓮司!? え!? は!? まさか黒瀬真緒って、親戚!?」
「今更気づいたかよ、ドアホウが」
限界まで押さえても溢れる殺意が声に乗ってしまう。
スタッフは全員腰を抜かして、天井から剥がれ落ちた男優は元から気を失っていた。
監督も膝を震わせて青ざめている。
冷や汗で青いポロシャツの脇と首筋がみるみる黒くなっていく。
「情けないな。お前、若い女にしか強気になれないのか?」
俺が相手ならヤクザでも同じ反応だろう。
だからこれはただのイジメ。
ただし、こいつはそれ以上のことを真緒姉にしたんだ。同情の余地はない。
「クロエ、どう見る?」
「は、状況から察するに、無体な契約をさせられたものかと」
無機質な青い瞳が、極北のように寒烈なる声と眼差しで社長を見据えた。
「たとえば、口ではセクシービデオに出さないと言っておきながら、専門用語で巧妙に出演許諾の意志が書いており、破れば法外な違約金を払わせるなど」
「そうなのか?」
俺に身を寄せながら、真緒姉はうんうんと頷いた。
「そういうことか。おい社長、違約金はいくらだ?」
「い、一千万だ……」
窒息しそうな顔からどうにか押し出した言葉を、俺は鼻で笑った。
「大学出たばかりの女の子にさせる契約じゃねぇな」
ストレージの青いポリゴンから札束を出すと、手のひらで受け止める。
「2000万ある。これだけあれば足りるだろ?」
「にせん! いや、ッッ」
一瞬目の色を変えてから、社長の表情に小物臭い歪み笑いが浮かんだ。
30兆円長者の俺を揺すれるチャンスだとでも思っているんだろう。
だから、俺は最後の慈悲を捨てた。
「つうわけこれは違約金、カメラの弁償代、それから不法侵入の和解金と……」
札束タワーを落とさないよう、曲芸のようにバランスを取りながら振りかぶると、
「治療費に使え」
投げた。
四角柱の槍と化した札束が、社長の腹を直撃した。
「■■■■■■■■■■■■ッ!?」
吐しゃ物や血と一緒に、五十音では表現できない汚物のような悲鳴を上げながら社長は倒れた。
真っ赤に染まった万札が部屋中に舞い散り、社長に降り注いだ。
ガクガクと痙攣する汚い男に吐き捨てる。
「これ以上俺らに手を出してみろ。地獄以下に落とすからな」
押さえていた殺気をわずかに開放した。
刹那、男は全身を硬直させて白目を剝きながら気絶した。
ズボンの中を排泄物でいっぱいにしながら、動かなくなった姿は、まさに汚物そのものだった。
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