第7話 冒険者登録
俺とママは前世の記憶が戻って以降、畑の勉強と、剣と魔法の訓練と、充実した日々を過ごしていた。
畑は当初、俺とママがベッツに教えてもらいながらやっていたが、自然と他の庭師やメイドたちが手伝ってくれるようになった。
きっとベッツがみんなに話をしてくれたのだろう。
収穫した野菜を料理長に初めて渡したときはきょとんとしていたけど、最近ではコミュニケーションを取れるようになってきた。
仲良くなれば好物をリクエストできるかもしれない。
ポテチとか食べたいし。
今度じゃがいもを持って行ってみよう。
「やっぱり土いじりって心が洗われていいよな。日々の暮らしでくすんだ心を浄化してくれる」
俺は土に手を入れた状態で目を瞑っていた。
「十歳の子供の台詞とは思えへんわ」
ママの言葉に、俺はニヒルな顔をした。
「前世で母親に金を踏んだくられた怒りも綺麗さっぱりきえてしまいそうだ」
「私も心が浄化されて、借りた記憶がなくなったわ」
ママは慣れた手付きでトマトを収穫しながら言った。
「俺は忘れねーよ」
「浄化されてないやん」
さすがに土いじりをちょっとやった程度では、前世の恨みまでは消えないらしい。
**********
剣と魔法については、最初に比べると、かなり戦えるようになった自負している。
そこで俺とママは次のステップに進むことにした。
俺とママは王都冒険者ギルドに来ていた。
相談したらどうしてもついていくって言うから、ルミエルとワンダも連れて来た。
因みに俺とママはこの日のために冒険者っぽい恰好を新調した。
俺は皮の鎧と、騎士団で余っていた剣と護身用の小刀、ママは全身黒でまとめて、ロングスカートにはなぜかスリットが入っている。
いい歳こいても、似合ってるから腹が立つ。
ついでに言うと、ルミエルは薄手の鎧、ワンダはパンツスタイルの動ける魔法使いって感じだ。
なんか、この二人って冒険者スタイルがやけに様になっているよな。
板に付いているとでも言うか。
扉を押して中に入ると、大勢の人間がごった返していた。
「まずは冒険者登録だな。正面の受付に聞いてみよう」
俺を先頭に四人は進んでいく。
こちらを見てくる冒険者たちもいるが気にしない。
子供と美人とおじさん、おばさん。目立つよな。
「すまない、冒険者登録をしたいのだが」
おめめパッチリの受付嬢は笑顔で出迎えた。
「冒険者登録ですね、ではこちらにご記入をお願いします。四名様ですね?」
「いや、私たち二人は既に登録してある」
ルミエルとワンダは登録証をちらっと受付嬢に見せた。
ん?ルミエルとワンダは冒険者の経験があるのか?意外だな。若いころの青春ってやつか?
俺はルミエルとワンダに視線を移すが、ルミエルは眉を上げてとぼけ顔、ワンダはにこりと笑っただけ。
こいつら話す気ねえな。
とりあえず、必要事項を記入して、受付嬢に渡した。
「ありがとうございます」
受付嬢は俺とママが書いた書類を確認する。
「フェ、、、フェルナンド、、、、」
受付嬢が目を大きく開けて、俺とママの顔を交互に見た。
受付嬢は、目をキョロキョロさせてあわあわしている。
「あ、本名まずかった?」
俺はルミエルとワンダを見た。
「いえ、冒険者登録は本名が必要ですよ、坊ちゃま。活動名は仮名を使えますが」
ルミエルが涼しい顔で言った。
「ギ、ギルドマスターを呼んできます!」
受付嬢は奥に消えてしまった。
「もう、ルミエルもワンダもひどいわ。こうなるの、分かってたんやろ?」
ママが困り顔で言った。
「ほほほ、何を仰います奥様」
相変わらずとぼけるルミエル。
「サプライズです。奥様、坊ちゃま」
楽しそうなワンダ。
大人三人、余裕だな。
俺はさっきからじろじろ見られてるだけでも、恥ずかしいってのに。
受付嬢が戻ってくると、俺たち四人は、応接室へ通された。
「ベラ王妃殿下、デュストス王子殿下、ギルドマスターのマイッツアーです」
紹介された男マイッツアーは、名前を名乗ると、深々と頭を下げた。
マイッツアーは、頬に傷のあるガタイのいい中年男。
年齢はルミエルやワンダと同程度か、少し若い程度。
頬に傷と言えば、女房の昔の男に傷つけられたとかかね?
変なことを想像していたら、マイッツアーがやたらと鋭い目でこちらを睨んできている。
目つきの鋭い男が丁寧に挨拶してくるのは、どうにも違和感がある。
しかし、俺とママは王族。
普通はこんな対応になってしまうのだろう。
ママを見ると、少し苦笑いをしていた。
何気ない苦笑いも絵になる今のママ。
でも、中身はエセ関西弁のおばはんだと俺は言っておく。
すると、ワンダが耳打ちをしてきた。
「ギルドマスターはSランク冒険者ですよ」
マジで!?強そうだから只者ではないと思ったけど、まさかSランクとは。
耳打ちが聞こえたのか、マイッツアーがワンダを睨んでいた。ワンダは全く意に介した様子がない。
俺たちが王族とは言え、強面の男が敬語を言うのは違和感マシマシのため、俺が口を開いた。
「堅苦しい挨拶はここまでにしよう。俺とママのことは、名前で呼んでもらって構わない。というか、それでも頼む」
「私も堅苦しいの好きやないんです」
マイッツアーは渋い顔をして、ルミエルとワンダを見た。二人は静かに頷いた。
「分かりました。では、ベラ様、デュストス様」
「「はい」」
「お二人は王族ではありますが、冒険者登録に原則例外はないため、ランクは一般の者と同じFランクからとなりますが、よろしいですか?」
「構わない。俺は吸収できることは全てしていきたい。頼む」
「ふふふ、同じどす」
ママはニコニコ顔で言った。
“どす”ってなんだ?関西弁か?
「分かりました。では、こちらで手続きをします。因みにお二人は武術や魔法の経験はありますか?」
マイッツアーは緊張しながらも、こちらを鋭い目で見て来た。
「見てみればどうだ?」
言ったのはルミエルだ。
いつも丁寧な口調なのにどうした?
「おい!」
慌ててマイッツアーが反論した。
「ギャラリーは無しでお願いね」
今度はワンダが言った。
マイッツアーはため息をついてルミエルとワンダを見た。
「いいんだな、お前ら。何かあったら責任取れよ」
マイッツアーとルミエルとワンダって知り合い?さっきから妙に親しい感じの物言いだ。
マイッツアーが徐に立ち上がった。
「付いて来て下さい」
俺たち四人はマイッツアーの後に続いて、冒険者ギルド敷地内の訓練場に来たのであった。
ルミエルとワンダがマイッツアーに何か耳打ちしているが、手加減してあげてねって感じだろう。
マイッツアーはSランク冒険者。それなら、こちらはいくら本気を出しても問題なさそうだ。
マイッツアーは、俺とママに向き合った。
武器は俺が冒険者ギルドの訓練場にある刃が潰れた剣、ママが棒、マイッツアーは両腕にガントレットを装着している。
「二人纏めて掛かって来てください」
マイッツアーから殺気が放たれた。
殺気の大きさは銀級騎士と思われるルミエルやワンダと同じくらいか。
やはり、手加減してくれているらしい。
「ママ、どうやら本気でいいみたいだな」
「そうやな」
俺とママは同時にマイッツアーに向かって走った。
二人同時に武器で飛び掛かった。
それをマイッツアーは両腕のガントレッドで受け止める。すかさず、俺は脚を狙い、ママは顔面を突く。
マイッツアーは冷静に後ろに跳んだ。
俺たちを睨む目が鋭くなった気がする。
さすがSランク。手加減はしていても、雰囲気が恐ろしい。
「息子よ、わてが魔法で補助したる。あんたが攻めるんや」
「お、おう」
俺が走りこむと、マイッツアーの上空に黒い魔力の雲が発生した。
「ダークレイン」
黒い雨が降り注ぐ。
ママったら、いきなり高度な魔法を使ってくる。
俺に当たったらどうするんだって。
マイッツアーはすぐさま飛び退いて避けが、何滴かの雨に当たった。そこへ俺が正面から切りかかる。
腕をクロスさせて防ぐマイッツアー。
先ほどよりも攻撃が深く入った気がする。
マイッツアーの表情が険しくなった。
さらに俺はマイッツアーの脇腹目掛けて剣を振った。マイッツアーは、それをガントレットで受け止め、もう一方の手で俺の剣を掴んだ。
刃が無いからって、それいいのかよ!?
俺は動きが封じられ、体が引き寄せられる。
マイッツアーの拳が飛んでくる。
まずい!
俺は咄嗟に魔デッポウを放った。マイッツアーが後ろへ吹き飛んだ。
「息子よ、交代や。今度はわてが攻める」
ママが前に出て来たので、俺は後ろに下がった。
マイッツアーは立ち上がると、ギリギリでママの棒を避けた。
ママは休むものなく攻め続ける。それを避け続けるマイッツアー。
俺はマイッツアーの足元に目掛けて魔法を放った。
マイッツアーは一瞬動きが止まる。容赦なく迫るママの攻撃。闇魔法を纏った棒がマイッツアーを捉える。
しかし、ママの攻撃が当たる瞬間、ママとマイッツアーの間に突風が吹いた。
「とてもアグレッシブな戦い、グレイト。でも、この辺にしておきましょう、ギルドマスター」
突風はワンダの魔法であった。
マイッツアーは一つ大きく息を吐いていた。そして、何故かワンダとルミエルを睨んだ。
「ベラ様、デュストス様、手合わせありがとうございます」
マイッツアーは頭を下げた。俺とママも合わせて頭を下げる。
「冒険者ギルドはお二人を歓迎します。是非とも冒険者として、市民の平和に貢献してください」
「分かった、強くなるために頑張る」
「同じどす」
ずっと険しかったマイッツアーの顔が綻んだ。
王族相手ってことで緊張していたんだろう。
「ところでお二人の冒険者名はどうしますか?さすがに本名というわけにはいかないと思いますが」
「そうだな、、、」
俺とママは顔を見合わせた。
「俺はタケルで頼む」
「わてマサミでお願いするわ」
俺の前世の名前はタケル、ママはマサミ。お互いそのままだ。
「分かりました。私からのお願いですが、お二人の名を冒険者として呼ぶときは、他の冒険者と同等の扱いにさせてください。そうでなくては、周りが勘ぐりますので」
俺とママが快諾した。
「では、タケル、マサミ、宜しく頼む」
冒険者生活は今始まったばかりだが、マイッツアーには認めてもらえた気がする。
頑張ってCランクにはなりたいな。
まずは薬草採取から始めて、ゴブリン、オークくらいは倒せるようになりたい。
このときの俺は、冒険者生活をそんな風に考えていた。
そして、後に実を結ぶ、マイッツアーの数年がかりの計画が、このとき動き出したとは知る由も無かった。
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