第4話 鈴の音、勤めの始まり

 大騒ぎした活動が終わり、自転車で坂を降りていく。風を切って走るのは気持ちが良く、海の匂いが心を落ち着かせてくれるから嫌いじゃない。夕日に照らされた海は煌めいて坂に一定の間隔で植えられた満開の桜の木と相まって雅だ。


 この景色で生まれ育った僕は大学の便利で画期的な技術に時々ついていけなくなりそうになる。

 …実際は大学の中のような景色が全国の人にとっては当たり前の世界で、僕の知るこの街が時代に取り残されているのにね。


 そう考えると虚しさが込み上げてきそうで、肩に乗るエゾテンになんとなく話しかけることにした。


「…桜、ずっと咲いたままなら綺麗なのに」

「花が散るサマは儚げで良いだろうが」

「…流って意外とそう言うこと言うよね」

「喧嘩売ってるんなら買うぜ?」

「…なんでそう血の気が多いのさ」


 そんなやりとりをしている時だった。

 心地よさも感じる澄んだ音が耳の中に鳴り響く。



リーン…リーン


「!」


 音が耳に入って反射的に自転車のブレーキを両手で握った。スピードを出していた訳ではないから少し前につんのめる程度だったのだが、肩に乗っている流は落ちかけた。


「ちったぁこっちのことも考えて止まれよ!」

「…ハーネス、いる?」

「ペット扱いすんじゃねぇ!」


 どう見たって動物なのにペットにはなりたくないらしい。…気難しすぎる。

 さて、背負っているリュックの中を手でまさぐればすぐに目当ての物の形を指先で捉え引っ張り出した。


「もうちっと丁寧に扱えよ。その土鈴は金戸の守り神であるオレと同じくらい必要不可欠の家宝なんだからよ」

「…これは必要だけど流は必須じゃないと思う」

「お前なぁ!オレにありがたみ感じねぇなんて失礼な奴だぜ!」

「…はいはい」


 そんなやりとりをしながら取り出すと、丸い玉を細長い体で囲んだエゾテンの形をした土鈴が再び鳴った。


 この土鈴は普段は壊れており鈴の中の玉が入っていないから鳴ることはない。しかしある時にのみ鈴が鳴り神戸家当主に告げるのだ。

 お知らせと案内を兼ねた家宝である。



「お呼びだぜ、神戸の当主サマ」

「…その呼び方やめて」


 土鈴が一方を指し示すのを頼りに自転車を走らせた。



 神戸家当主である僕にはやらなければいけないことがある。これは定められた勤めであり当主のみにしかできないらしいもの。


 それは「この世に居座ってしまいそうなあちらの人の懸念点をなくす」ことである。


 昔は一般の人たちは僕たちが生きる世を現世、僕たちを生者、天国、死者や幽霊と言っていたそうだ。対して金戸の人間は僕たちの生きる世をこの世、僕たちをこちらの人、世間でよく言われる天国はあの世、幽霊と呼ばれる人はあちらの人と言う。

 まあ、要は呼び方が違うってだけ。


 ちなみに現在の大衆の考え方は機械の進歩により幽霊は存在しない、そして死んだらそこでお終いとの考え方で神戸の役目とは正反対に近い思想。


 仕事内容はぼんやりしているのだが、これが結構難しいのだ。相手となるあちらの人は例外なくもう少しでその土地に縛られてしまう「地縛霊候補」で「強い未練」があり、そのままにしておくと大変なことになるから未練を解消して地縛霊となるのを回避させる。

 要するにコミュ力が必要な僕には向かない役目。


「ボケっとしてないで集中しろよ。事故ったらどうすんだ」

「…ちゃんと安全運転してるでしょ」

「心ここに在らずって感じだったろ!またさっきみてぇな急ブレーキで今度こそオレが吹っ飛んでいったらどうすんだ!」


 怖がられるような危険運転はしたことがないのに流は自転車を苦手としている。僕が自転車に乗り始めた頃からぎこちない顔をするので多分過去にトラウマになる出来事でもあったのだろう。


「…そんなに怖いなら家で留守番してればいいのに」


 つい、ポロッと思ったことが口から出た。これを言ったらなんて返されるか予想に容易いから言わないようにしてたのに。


「お前を1人で大学に行かせたらどうなる!?ぜってぇ授業真面目に受けないだろ。寝てばっかで更にテストの点が下がって留年だ!」


 案の定ぐちぐちとお説教が始まった。こうなると長いんだよね。


「…そこまで酷い成績じゃない」

「お前この前のレポートになんで書かれたのか忘れたのか!?」


 思い返そうとしたがコメント欄に色々書かれすぎてどのレポートのことを言っているのかわからない。


「それと!お前だけで仕事ができるわけねぇだろ。霊感もそこそこしかない気の弱え奴があっちの奴らの前に現れたら格好の餌食だ」


 僕が気にしている痛いところを突いてきた。生まれた時から一緒だからなのか元の性格からか流は容赦ない。


「…大じいちゃんは1人で仕事してた」

「アイツは気迫があったからな。弱みを見せねぇ奴にわざわざいらない心配するだけ無駄だ」

「…僕だって弱みは見せてない」


 言いたい放題の流にムッとして言い返すとすかさず反論された。


「いいや、ガバガバのゆるゆるだ!すぐ相手の情に流されやがる。そんなだからオレが世話してやってるんだろ」


 なんだその言い方。食事は毎回僕が作ってるし掃除だって僕だし生活費の管理だって全て僕がしてるのに。


「…」

「納得できねぇって顔してたって、オレがいなくなって困るのはお前だろ」

「…別に」


 終わりがない言い合いに疲れて適当に返すことにした。流が勝ち誇ったような顔でいるのが腹立つ。



 昔の神戸家当主が流と会った瞬間からこんなことをしなければいけなくなったらしいが、全く余計な生物を拾ってくれたものだと二十代前の当主を恨みたい。



 …この街も神戸の勤めも時代に取り残されている。そう感じて時々嫌になる。

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