ヒサメノマチの神戸家当主ー時代から切り離されたこの街で、今日も地縛霊候補と会話するー

戀森 泊

第1話 春の海とギリギリの朝

 僕は 神戸 沖嗣かみと おきつぐ。今年の春から大学の2年生として生活している。

 1回浪人しているから歳は21、趣味は特になし、好きなものは平穏。


 そしてここは海と共に時を重ねるヒサメノマチ。大きな港があり古くから様々な者が行き交って交流を重ねてきた小さくも歴史ある街だ。それにより文化財に指定されているらしく最先端技術をほぼ一切取り入れることを禁止とされた古の街。



「おい、沖嗣。もっと漕げよ遅刻すんぞ」

「…五月蝿い、耳元で叫ばないで。ただでさえ声大きいんだから」

「んだと!?今日誰が起こしてやったと思ってんだ」


 現在、大学への坂道を自転車で激走しているところ。この坂は有名で観光客がひっきりなしに訪れては写真を撮るから車の渋滞なんかが起こりやすい。時間に余裕がある日は後ろを振り返って坂とその下に広がる湾を眺めてはタイミングよく観光船が出航したらその日は良いことがある、なんて願掛けをする。


 …残念ながら今はそんなのんびりしている余裕がこれっぽっちもないが。


 上り坂を4本も漕ぎ続けるのは容易くないと随分前に思い知ったからなるべく余裕を持って家を出たいところだが、これがなかなか思い通りにいかないんだよ。


「おいオレの話聞いてんのかよ!」

「…聞いてる」

「嘘つけ!」


 この肩に巻きついてぎゃんぎゃん騒いでいるのは同居生物のながれ


 自称守り神らしいが真偽のほどは定かではない。

 一般の動物は喋らないなんて常識をぶち壊す、古くから金戸家に住み着く喋る。過去を聞いてもはぐらかしてくるからどんな経緯で家にいるのかさっぱりわからない。

 前当主の大じいちゃんに聞いてもいい奴だろ!としか答えてはくれず、僕が物心ついた頃には当たり前のように既にいた。


 白っぽい黄色の体に前足と後ろ足、それから尾が黒い見た目はまさにエゾテン。これで喋らなければもっと愛でることができたかもしれないのに小言を言う姿は口うるさい親戚のようで残念すぎる。


「お前今オレの悪口ほざいただろ」

「…別に」


 僕が流のことを考えているとすぐに察知して突っかかってくる。特に反発心には一等目敏い。多分心を読む特殊能力でも備わっているのだろうと思うほどに。



◇◇◇


 駐輪場に自転車を停めて早足で駆け込む。

 僕の通う冬雪とうせつ大学はとんでもなく緩い大学だ。

 寝ていてもその授業の場にさえいれば出席扱いになるしミニテストも毎回必ず一問は先生が口を滑らせて答えを言ってしまうのでまず留年することはない。


 外観はザ・大学といった感じで、この街の数少ない最新設備が揃った特例の建物。

 すぐ後ろにはこの街のシンボルの一つである大きな山がそびえ立っていて、夏になると虫がキャンパス内に入り放題でたまにキツネが迷い込む自然豊かさを誇る。


 そんな普通の大学だがこの辺りでは結構有名だったりする。素行不良とかそういった悪いことではなくて、昔の部活を取り入れている数少ない大学でしかもとんでもなく強いから。


 現代の部活といったら没入型オープンワールドで活動するのが主流らしい。らしい、というのは僕がこの街から出たことがなく実際に見たことがないからである。冬雪大学は古き良き文化を維持拡大することを掲げてかつてヒサメノマチの学校で有名だった部活を再現することに成功した大学の一つ。


 結果としては大成功を収めた。馬術の大学生限定インターハイに出れば賞を掻っ攫っていきアーチェリーサークルはこの間2連覇を果たした。


 偏差値の低い大学なのに人気で毎年たくさんの受検者が希望してくるのはこのため。僕は家に近いからとの単純な理由でここを志望したが、とんでもない倍率のせいで1回落ちてしまった。だから自己紹介の時に年齢を言わないといけない時は恥ずかしい。歳は?とか聞くなと毎回思う。


 大じいちゃんが生きていたら浪人したと伝えれば数日は口を聞いてもらえなかったことだろう。流には1週間顔を合わせるたびに怒鳴られ続けた。嫌な思い出だよ、ほんと。



 息を切らしながら構内の空間に映し出されたデジタル鳩時計を確認すると、まだ数分の余裕がある。


 家から出る際に全身鏡を見てこなかったから玄関から直ぐの広間に飾られた美術サークルの作品の鏡の前に立つくらいの余裕はありそうで安心。

 これでも身だしなみは気にしているんだよ。


 この鏡は「真実と嘘との狭間」という訝しげなちょっとイタい名をつけられた右が丸、左が四角形の左右非対称の鏡で磁場だかを利用して浮いている。


 幸いギリギリの時間であることには変わりなく人はいないので堂々と容姿をチェックすることができた。

 ストレートの黒髪短髪にフード付きのグレーのパーカーに黒のパンツ、肩からからずり下がったリュック姿が映り込む。この距離からでもわかる目元のホクロがうざい。


「相変わらず地味な格好してんな。もっとお洒落れとやらをしてみろよ」


 鏡には映ることのない流がこの服装を見飽きたと言いたげにケチをつけてくる。無難なコーディネートでいいだろ。


「…余計なお世話。大体流に人間のおしゃれを語れるの?」

「オレが何年生きてると思ってんだ?今度金さえくれたらお前に見合ったの買ってきてやんよ」

「…普通の人には流の姿見えてないから無理だよ」

「和風の顔してんだから着物着ればいい男なのによ」


 地味な顔立ちなのは気にしてるんだから気遣いしろよ。


「…古臭い顔立ちしてるって言いたいわけ?デリカシーない」


 反論した途端に校内に鳴り響くチャイム。それもご丁寧に急かす振動付きだ。


 僕と流は一度顔を見合わせて、それから一限目の教室まで走りだす。地面が小刻みに揺れて足がもつれそう。

 途中廊下を走るなと講師に注意されたが大学生なのだから小中高高生のような校則を守らなくてもいいだろうと悪態を吐きながらも口先だけで一応謝った。


 流と話しをするといつも長話になってしまう。ジャーキーでも与えて黙っててもらいたいくらいだ。


「足おっせえ」

「…五月蝿い、流」


 余計なことしか言わない流を睨みつけたが当人はどこ吹く風。嫌なくらい凛々しいその顔が憎たらしい。

 そう考えながら階段を駆け上がった。

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