第2話 数少ない友人
「…セーフ」
「おー。沖嗣またギリギリだったな」
滑り込みで入った騒がしい教室にかき消されそうな僕の小さな呟きを聞き逃さず返事を返したのは友人の
入学早々孤立していた僕に林はフレンドリーさを発揮して話しかけてくれてからこうして仲良くさせてもらっている数少ない友人だ。
「…今日なんかあるの?人多くない?」
「お前またちゃんと話聞いてなかったのか。前回、もがっちゃんがレポート提出とテストやるって言ってたぞ」
もがっちゃんとは歴史学担当の茂上先生のこと。心配になるくらいの高齢で、最近は腰の痛みよりも残りわずかとなった髪の毛をいかに保持するかに必死らしい。
「…そうだったっけ」
前回は殆ど寝てたから適当に返事をした僕に林はブハッと吹き出した。
「そんな感じでもレポートは抜かりなくこなしてくるからすごいよな。テストはヤバいけど」
「…一言余計」
ははっと笑う隣の席の林はまさに好青年。裏表もなく、加えてアーチェリーの才があるのだから人気にもなるわけだ。
「ん?どうした。俺の顔になんかついてる?」
「…いや、天は二物を与えないって嘘なのかもなぁって思って」
「お前たまに面白いこと言うよな」
テストが始まるまで寝ていようと考えてケラケラ笑っている友人を横目に机に突っ伏した。
「それでは今から25分間のテスト勉強時間をとるぞー。えーと、確か重要でテストにも出そうな超重要なページは236あたりだったような気がするなぁ」
小型拡声器を口元に招いて、もがっちゃんが重要と2回言う時は絶対にテストに出る問題が複数ある場合。そこさえ抑えておけば赤点は回避できるとも囁かれている。
なんて、眠くてモヤのかかり始めた頭でぼんやり考えていると。
「おい沖嗣お前教師の話聞いてたか!?試験あるんだから起きろこの!」
変なところで真面目な性格を発揮させてくる流の声により夢の世界に入りかけて、そしてまた現実に引き戻された。…もう少しだったのに。
何も言わずにただ睨みつけて黙るように圧をかけた。が、
「沖嗣、遅刻ばっかでテストも悪いとなったら本気で単位落としちまうぞ!そうしたら留年だ。オレは神戸家の奴が留年するなんて許さねえぞ!」
頭の上に乗っかって前足で引っ掻いてきた。エゾテンの穴を掘るのに適したかぎ爪はかなり痛い。
今日は遅刻しなかっただろ。一体何目線なのだろうか。ここまでくると過保護にさえ思えてくる。あと、細身の体型に反して声が大きい。僕の鼓膜が破れるのも時間の問題かもしれない。
「…なんとかなるよ。心配しすぎ、小姑みたいだよ」
つい我慢できずに返すと同時に2人の声がこちらに向いた。
「え?俺なんも喋ってないけど?」
「んだと!?誰が小姑だよ!」
しまった。林には流が視えていないんだった。林から見れば僕が悪態をついただけになる。
「…喋る動物に説教される夢見た」
「なんだ。びっくりした」
なんとか誤魔化したら信じてくれたようで、内心ほっと息を吐く。
いっそ話したら楽になるだろうかと考えた事もあるが、今時信じてくれる人なんていないとの結論に至った。UFOだって信じない人ばかりの、機械技術が進歩しリアリストが普通の人となった世の中で幽霊となんかよくわからん天然記念物の容姿の動物が視えてます、神戸の勤めというのがあります、なんて言ってしまったら良くて変人扱い、悪くて縁が切れるだろう。
そんな結末は望んでいないし、何よりそうなると構内で顔を合わせた時に気まずくなる。それは面倒くさい。
考えるのも疲れて欠伸をすると、タイミングよく眠気が僕を夢の中へと誘ってくれた。
「まさかとは思うが喋る動物ってオレのことじゃねえよな」
ああ、せっかく全て忘れて寝れそうだったのに。
「沖嗣!起きやがれ!」
絶対に寝かせないという流の強い意志に負けて真っ白な机をノート仕様に変更し、タッチペンで
「五月蝿いエゾテンに睡眠妨害された、そのせいでテストの点数悪くなるかもしれない」
と書き殴った。
「テスト勉強すらしねぇお前の成績の悪さを他人のせいにすんじゃねぇ!」
するとギャっと小さい口をあけて威嚇してくる。
こういうふとした行動に野生を感じるんだよね。自分は動物じゃないと否定してくるけど見た目も行動もほぼ動物だと思うよ。
「オレの悪口ばっか考えて、お前もよく飽きねぇなぁ」
なんでここまで内心を見透かされているのか不思議だが追求するのも面倒だからしない。
渋々のそりと体を起こしたら今度は林におお、と謎に感激されてしまう。
「…そのおお、にはなんの意味が含まれてんの?」
「寝ると決めたら99%の確率で寝るあの沖嗣が起きてテス勉に取り組もうとしている!っていう驚き」
「…僕のことなんだと思ってるんだよ」
「よっ居眠り大臣!」
片手を添えて発しされた言葉はめちゃくちゃ響いた。心にダメージの方ではなく教室に物理的に。
林もここまで響くとは思っていなかったようでバタバタと横で顔を真っ青にして慌てている。
仕方ない。いつも笑顔を崩さない林の珍しい一面が見れたから居眠りなんとかについては不問にしてやろう。
「今の誰だぁ。大声出すなよー」
幸いにも歳により目も耳も大分悪いもがっちゃんには僕たちだと特定されなかったことに2人でホッと息を吐く。
「危なかったな」
「…林のせいだろ」
軽口を言い合って僕たちはやっと真面目にテスト勉強に取り組み始めた。
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