思い出話を語り出したら止まらない

 悟朗さんとの思い出かあー。

 いろいろありすぎて全部語れないわね。

 老人の話は長いんだから、覚悟しておくことよ。


 *


 あれは、そう、名付けるとすれば「カヌレ・クライシス」ね。我ながらカッコイイタイトルを思いついたわ。才能が怖いっ!


「ねえねえ悟朗ごろうさんっ。約束、覚えているわよね?」


 わたしが神佑じんゆう高校の三年生の頃に、わたしと悟朗さんの一つ屋根の下の共同生活は始まった。わたしたちの実家のある夏芽かがの村から神佑高校まで、通うのにはちょーっと現実的な距離じゃあない。だから、神佑高校に進学したわたしは高校の近くのマンションから高校に通っていたわけで、神佑高校に入学した悟朗さんがわたしの家でいっしょに暮らして、いっしょに通学するのは、自然な流れだったのよ。


 ながーい同棲生活を経て、籍を入れたのは悟朗さんの就職先が決まってから。クライデ大陸では王族の端くれである悟朗さんことアザゼルさんだけど、こっち側では桐生きりゅう家の五男。わたしとの結婚は、わたしのパパがなかなか首を縦に振ってくれなかったのよ。付き合うところまではなーんも言わなかったくせにさーあ。悟朗さんのこと、自分の息子みたいに気に入っちゃっていて、花火大会で席を用意してくれていたり菊祭りに連れて行ったりしていたのに。


 やっぱり、わたしが夏芽家から抜けちゃうのがパパ的にはよくなかったのかもだ。わたしは悟朗さんと結婚して、夏芽早苗から桐生早苗になったんだけど、パパは「次の村長は早苗に」って言っていたものね。パパの希望はわかっちゃいたけど、わたしは夏芽の村の村長さんになるよりは、悟朗さんとおばあちゃんになるまでいっしょにいたかった。子どもは三人欲しかったし、悟朗さんとならどんな困難も乗り越えられると思っていたし……。


 悟朗さんが「クライデ大陸に帰る」のを目標にしていたのは、悟朗さんから教えてもらっていたから、知っているわ。そもそもこちらの世界へは、魔法のない世界での修行のために来ていたんでしょう? 王族とはいえ、十二歳に酷なことをさせるわよね。


 わたしは悟朗さんの本当の姿――黒くて大きくてカッコイイドラゴン! 目が赤くてキレイよね――を見せてもらって、見る前よりずっと好きになっちゃった。だって、ドラゴンだよ、ドラゴン! カッコイイじゃない! 普段の悟朗さんもキラッキラの銀髪でカッコイイんだけども。悟朗さんは、わたしに本当の姿を見せたら、わたしがドン引きしちゃって、バケモノ! こわーい! って、悟朗さんのことを嫌いになっちゃうと思っていたみたい。そんなわけないじゃないのさ。ねー?


 ……わたしがように悟朗さんを引き留めていたんでしょう、と言われたら、否定はできないなー。悟朗さんみたいな人はこれから先には現れない、って、出会ったその瞬間から確信していたし、悟朗さんは素敵な人だから他の女の子に盗られちゃうかも! と、危機感を抱いたよね。


 大事なのは日々の猛アタックよ。悟朗さんには、わたし以外の女の子のことなんて考えてほしくない。わたしだけを見ていてほしい。こういう言い方をするとお姉さま方に怒られちゃうかもだけど、クライデ大陸のことだって、忘れてほしかった。……うん、ちょっとワガママすぎたかな。


 わたしが自己中過ぎちゃったせいで、わたしだけが先にクライデ大陸に飛ばされちゃった可能性は、あると思う。


 まあまあ。

 それはそれ。

 これはこれよ。

 クレアさんだって言っていたじゃない。

 今は今!


 置かれた場所で咲くのよ、早苗。


「やくそく? 何のことだ?」

「もうっ悟朗さんっ。ボケるにはまだ早いわよ!」

「はて」


 おばあちゃんになると話が逸れまくっちゃってやーね。ついつい色んなことを話したくなっちゃうもの。よくないクセね。今は「カヌレ・クライシス」の話をしているのだったわ。


「ヒントその1! 今日は、何の日でしょう?」

「今日は……婚姻届を役所に提出した、翌日だが?」

「そう!」

「それが、何か」


 新婚生活、一日目。パジャマ姿の悟朗さんは、まだ寝ぼけ眼。寝起きだから、頭も働いていないのだわ。やーん、かわいいー。


「ヒントその2! ショッピングモールで買えるかも、買えないかも?」


 ほとんど答えを言っちゃっているようなものなのに、悟朗さんはまだ首を傾げている。かわいすぎるわたしの旦那様。年下の男の子。いくつ歳を重ねても、わたしがおばさんになっても、反則級のかわいさ。これでいて、カッコイイところもあってね。かわいいだけじゃないのが魅力なのよねー。


「すまない。思い出せない」

「ヒントその3! 外はカリカリ、中はもっちもち!」

「たこ焼き?」

「ちゃうねーん!」


 関西風のツッコミが出てきてしまうがな。もうっ。


「ショッピングモールに行けば、思い出すのでは」

「ぶー。悟朗さん、買ってきてよー」

「ぼくが?」

「悟朗さんが買って帰ってくるまでに、お掃除とかお洗濯とか、パパッと終わらせちゃうから」

「掃除や洗濯なら、ぼくもできる」


 同棲生活中は、週替わりでやっていたものね。実家ではお手伝いさんたちがやってくれていたことも、ふたりの暮らしならふたりでやるしかない。わたしが一人暮らしの頃はわたし一人で全部やっていたから、悟朗さんとふたりになってからの方が楽だったなー。


「買い物と料理は、ふたりでやっていただろう?」

「うん、まあ、そうだねー」

「ならば、ふたりでショッピングモールに行かないか? ……そうだ。前に早苗が『これ食べたい!』と言っていたお菓子を買おうじゃないか」

「それ!」


 それよそれ。それそれ。それよ!


「それ?」

「わたしが『これ食べたい!』って言ったのに、悟朗さんが『酒が入っているようだから、休みのときにしよう』って、やめさせたそのお菓子の名前は!」

「カタカナなのは覚えているのだが」

「大体のお菓子はカタカナで書いてあるわよ!」


 うー、もどかしいわねー。正解を言いたい。もうちょっとで答えにたどり着けそう。言っちゃいたいよう。


「怒っている?」

「怒ってなーい!」

「……そこまで食べたかったのに、過去のぼくときたら。君が『食べたい!』と希望を伝えているのに、もっともらしい理由をつけて諦めさせるなんて、ひどいものだ」


 あーん。悟朗さんが反省し始めちゃった。気にしなくていいのにー。


「行こ行こ、ショッピングモール!」


 出会ったときはわたしより背が低かった悟朗さんも、高校生の間でぐんと身長が伸びた。一見して細く見えるこの腕にも、しっかりと筋肉がついている。


「ああ。そうだな」

「せっかく行くんだから、新しい服も買っちゃおうかなー。悟朗さんも欲しいでしょ? おニューの服!」

「この前減らしたばかりなのに、新しい服を買うのか?」

「あれっ。気付いた? 悟朗さんが仕事の間に片付けたのに」

「いっしょに暮らしていればわかる」

「鋭い観察眼! 悟朗さん、探偵向いてるんじゃない?」


 わたしは脳内で悟朗さんにシャーロック・ホームズのコスプレをさせてみた。うんうん。似合ってる似合ってる。


「今の仕事を辞めたほうがいいか?」

「んー。辞めるまではいいかなー。将来的には、辞めた方がいいかもだけど。悟朗さんって会社に所属しているよりも個人でやっていった方が向いてそうだなって、わたしは思うんだよねー」

「ふむ」

「今のうちに、社会経験だったり社会のマナーだったりを身につけておこう。ただでさえも、悟朗さんは異世界人なんだから。わたしが教えてあげられることにも限界があるし、上司さんや先輩から教えてもらお?」

「ああ。そのつもりだ」


 悟朗さんのこういう前向きなところも好き。わたしもクライデ大陸に来たからには、悟朗さんが来るまで頑張らなきゃね。頑張るぞー!


「そうだ! 会社の人たちの分も買っておく?

「あっ」

「……ああっ!」


 答え、言っちゃった。わたしが「しまった」って顔をして、悟朗さんが苦笑いする。


「カヌレ、だったな」

「はい、そうでーす」

「会社の人たちのぶんまで買うことには賛成だが、はたして手をつけずに保管しておけるか」

「悟朗さんってば、食いしん坊だものねー」

「君もだろう」


 *


 悟朗さん、まさか早苗のことを忘れてないわよね?

 わたしは待ってるからね。



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ドラゴンのいる異世界で、あとから来るはずの夫を待っています。 秋乃光 @EM_Akino

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