第2話 厄介客な貴族

「ようこそいらっしゃいました」


 私は嫌な気持ちを押し込めて、普通の応対をする。

 本当は追い払いたいところだけど、相手はこの街一体を治めている伯爵。

 下手なことは言えない。


「リベルテちゃんに会いたくてさ」

「……それで、今日もダンジョン案内をするということでよろしいでしょうか?」


 気持ち悪い口説き文句は無視だ。

 勿論文句を言いたいが、そんなことをしてしまえば私の立場が危うい。


「つれないな~、リベルテちゃんは」

「ではこれからダンジョンの第一層をご案内いたします。見学者の方は私から離れないでくださいね」


 それからダンジョンへと足を進めようとしたのだが、シュタインドルフ伯爵が金貨を持って他の見学者たちに声をかけている。

 私に迷惑がかかるのは千歩譲ってもしょうがない。

 だけど、他の見学者たちに何かするのはやめていただけなければ。


「あの、なにをやっているんですか?」

「いやいや、なにも……そうですよね! 皆さん」


 見学者はうんうんと頷いている。

 そして、その中の一人が声をあげた。


「すまない。ちょっと体調が悪くなったから帰らせて欲しいんだが……」

「かしこまりました。ただし見学料は返金されませんのでご注意ください」


 見学中の途中キャンセルはそこそこ珍しい。

 でも、彼は特別体調が悪そうには見えない……何か急な予定でも思い出したのたのかな。


 そんな風に思っていたんだけど


「わたしも」

「俺も俺も」

「僕もキャンセルしたいです」


 などなど、参加者の殆どが見学をキャンセルしてしまった。

 

「え、あ、はい。お、お気をつけて」


 キャンセルしたい人たちの声に答える。

 残ったのはシュタインドルフ伯爵だけだった。


「二人っきりだね。リベルテちゃん」

「……そ、そうですね」


 突然の大量キャンセルの対応に追われて考える暇が無かったが、シュタインドルフ伯爵だけが残ったことで、この事象におおよその見当がついた。


 先ほどチラッと見えた金貨。

 加えて伯爵がお客さんたちの間を走り回っていたこと。


 ――見学者たちはシュタインドルフ伯爵に買収されたんだ。


 私と二人っきりになるために。


 ああ、くそウザい!

 私はお前の愛人になる気はないっての!


 ……それより、これからどうするのかを考えないと。


 今回のダンジョン見学、中止にしようと思えば中止にできないことはない。

 見学を開催できる参加者の最低人数を大きく下回っているから。


 とはいえ、それは見学が始まる前の話。

 見学中の大量キャンセルに対応する規約は、厳密にはない。


 でも、一番厄介なのは規約じゃない。

 ここで断ればシュタインドルフ伯爵がまた、同じようなことをしでかすかもしれないからだ。


 そうなったら、ギルドは私をダンジョン見学の仕事から外してしまうだろう。

 トラブルメイカーを表で働かせておく意味はない。


「じゃあ、ダンジョン案内をお願いしてもいいかな?」


 考えている私にシュタインドルフ伯爵がウキウキで声をかけてくる。


 魔物を近くで見れる今の仕事を辞めたくない。

 こうなったらうまいこと、シュタインドルフ伯爵を拒絶するしかない。


 やるしかない。


「そ、そうですね。ではダンジョン見学へ行きましょうか!」

「うん。リベルテちゃんと二人っきりで解説を聞けるの楽しみ」


 ダンジョンに入り、それからいつものように説明をしていく。


「魔物の発生数は深層に行くにつれて減ると言われています。一説にはダンジョン階層内の魔素を元に魔物が発生するらしく、強い魔物ほどその発生のために空気中の魔素を大量に使ってしまうようです」


 うんうんと素直に頷くシュタインドルフ伯爵。

 そのまま私の説明をずっと聞いて黙っていて欲しいので、私は説明し続ける。


「そんなダンジョンの第一層に生息している主な魔物は――」


 と話を続けながら二層へ続く階段の前へと辿り着く。


「ここからは復路になります。これ以上先に進みたい方は、ギルドの方で手続きをお済ませください」

「いやあ、やっぱりリベルテちゃんは良い声をしてるね。耳が癒されるよ」

「ありがとうございます」


 声を褒められることに悪い気はしないけど、話を聞いていなさそうなのが頭にくる。


「それからリベルテちゃんに話があるんだけど、聞いてくれないかな?」

「聞くだけなら……」


 本当は聞きたくない。

 どうせ口説き文句なのは間違いないのだから。


「僕はリベルテちゃんに惚れているんだ。だから、僕の愛人になってくれないかな」


 告白だ。

 口説き文句よりももっとストレートだった。

 

 勿論断る、断るけどオブラートに包まないと。

 

「えっと、お気持ちは嬉しんですけど、今はそういうこと考えられないんです。もっと仕事を頑張りたいというか、楽しみたいというか」

「お金ならいっぱいあげるし、美味しいものもいっぱい食べさせてあげるから」


 シュタインドルフ伯爵はそれでも諦めようとしない。

 お金も美味しいものも、比較的どうでもいい。

 私にとって一番大切なのは動物や魔物たちと関われる環境があるかどうか。


 これまで一か月ほど私を口説こうとしてきたのに、そんなことも知らないのか。


「お金も美味しいものも興味ありません。申し訳ないですが、やはりシュタインドルフ伯爵の気持ちにはお答えできません」


 言ってやった!

 とてもスッキリする。

 私は恋愛ごとに興味はない、それを分かって欲しい。


「そっか、じゃあしょうがないね。ここで死んでもらおう」


 シュタインドルフ伯爵は腰につけていた剣を抜いて突きつけてきた。

 なんでそうなる!?

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