奈落へ落とされた元ダンジョン案内人の激弱テイマー、深層にいる災厄級の魔物たちに懐かれたのでモフモフして暮らしたい

綿紙チル

第1話 ダンジョン案内人

 ダンジョン。

 それはこの世界に点在する地下へと続く広大な迷宮のこと。

 いつから存在するのかもわかっていない。 


 内部には数多くの魔物たちが生息している。

 構造も入り組んでおり、階層によって生態系や地形、天候が変わる。

 とても危険な場所だ。

 

 だけど、ダンジョンには人々を虜にするだけの魅力があった。

 いくら狩っても自然発生する魔物から取れる素材。稀に出現する財宝の類。

 それに、名誉。深い階層に潜り、生きて帰ってくることで多くの者に称えられる。


 危険と夢に溢れた場所―—それがダンジョン。


 ……まあ、私はそういう理由でダンジョンに惹かれてるわけじゃないけど。


◆ ◆ ◆


 ダンジョンの入り口に建てられたゲートには人が集まっている。

 集まっているのは冒険者になったばかりの若者と、観光客たちだ。


 私、リベルテは皆にそこにいる人々全員に届くように声を張る。


「皆さん。今日はお集りいただき、ありがとうございます。本日はこの私、リベルテがダンジョン第一層を案内させていただきます。よろしくお願いいたします」


 パチパチパチと拍手の音が聞こえる。

 しかし集まっている中の一人が不満げに声を荒げた。


「なあ、ダンジョン見学なんて本当に必要なのか? 俺は冒険者になって早く金を稼ぎたいんだよ。だからとっとダンジョンに潜らせてくれないか? ダンジョン案内人さんよ」


 ダンジョン案内人……それが私、リベルテの仕事。

 ダンジョン経済を中心として回っている都市、ラクステル特有の職業だ。


 安全が確保されているダンジョン第一層を初心者の冒険者や観光客に説明する。

 それが私の仕事。

 

「規則ですので、ご理解ください。講習を受けないとダンジョンに潜るための許可証は発行されませんよ」

「ちっ……そうなのかよ」


 このやり取りで集団の空気が悪くなったのを感じる。

 ダンジョン見学を楽しみにしている観光客の皆さんに申し訳ない。

 ちょっといつもよりもテンションを上げて、私は言う。


「さあ、行きますよ! ダンジョン見学へ!」


 私たちはダンジョン第一層へと足を踏み出す。

 まず目に入るのは、整備された階段。


 階段を下り切ると目の前には広大な空間が広がっている。

 多数の石柱が規則的に並んでいて、そのいくつかは発光している。


 見学者たちが「おお~」と歓声を上げる。


「ここがダンジョンの第一層になります。光って見えるのは光の魔石で、近くに魔物がいれば観察することもできるんですけど……今はいないようですね」


 そんな私の説明に、金持ちそうな初老のおじいさんが手をあげた。


「どうぞ!」

「ということは、これはダンジョンを管理している方が設置したもの……ということでしょうか?」

「そうです。我々ギルドの職員だったり、冒険者の皆さんが設置しました」

「なるほど……ありがとうございます」


 もしかしたらこのおじいさんは、あるがままのダンジョンを見たかったのかもしれない。気持ちは分からなくもないけど、一層は何も無ければ真っ暗な空間だし、それは中々に難しい。


「それでは進みますので、私から離れないようにしてついて来てください」


 私は足元の石畳から決して足を外さないように歩いていく。

 後ろから人々がちゃんとついて来てるのを確認しながら。

 

 少し歩いたところで私は立ち止まった。

 見学者の方々に見せたいものがあるのだ。


「皆さま。今から魔物を呼び出してみるので、見学の準備をお願いします」


 私は石畳から踏み出して、少しだけ整備されていない場所に出る。

 そこに落ちていた石を遠くに投げると、石と岩がぶつかる音が聞こえた。


 私はすぐさま、石畳の上に戻る。

 魔石の光が刺激につられてやってきた魔物を照らし出す。


 ウサギのような外見だが、角が生えている。

 そんな魔物が一匹。私たちを見つけて、こちらに向かって突進してくる。


 だが、石畳に足を踏み入れる前に見えない障壁に弾き飛ばされてしまう。


 魔物の様子を見ていた見学者たちは声を上げる。

「これが魔物!」「初めて見たわ」「俺たちはこういうのと戦うんだ」など、反応は人によって様々だった。


 私も顔には出さないがテンションが上がっていた。

 このウサギに角が生えた魔物は、ホーンラビットと言うのだが、顔が可愛い!!

 顔の中心にパーツが集まったような感じと、かっこいい角のバランスが好き。 

 フワフワとした毛皮にも触ってなでなでしたい! 手からエサとかあげたい!


 だけど今の私はダンジョン案内人。

 冷静に解説をしなくてはならない。


「この魔物はホーンラビットと言ってラクステルのダンジョン第一層に生息している低級の魔物になります。人を見るとその角で刺突してくるのが特徴です」


 因みに、私は刺されたことがある。

 見学者の皆さんは「なるほど」と頷いていた。

 だけども、どこからか質問が……女性の声だ。


「でも、どうしてこの魔物はこちらには入ってこれないの?」

「それはですね。この石畳の周りを防御結界が囲っているからなんです。これは街道と言って、ある程度の階層まで整備してあります」


 ホーンラビットはその防御結界に阻まれて入って来れなかったというわけ。

 

「へー。じゃあ、もっと下の階層も見学に行けるのかしら?」

「色々と申請が必要になりますね――」


 と、こうやってダンジョンの説明をするのがダンジョン案内人の仕事だ。


 まあ、私は魔物が見たいからやってるんだけど!

 私は生き物が――魔物が好きだから!


◆ ◆ ◆


 そんな楽しい仕事ではあるんだけど、嫌なこともある。

 それが、一人の常連客。


「やあやあ、また来たよ。リベルテちゃん!」


 マティアス・シュタインドルフ伯爵。

 最近私を口説こうとしてくる貴族の存在だった。

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