『俺達のグレートなキャンプ183 遭難者と思ったら二口女だった!よし、一緒にキャンプだ』

海山純平

第183話 遭難者と思ったら二口女だった!よし、一緒にキャンプだ

俺達のグレートなキャンプ183 遭難者と思ったら二口女だった!よし、一緒にキャンプだ


「いやぁ~!今回の『真夜中の森でキノコ鑑賞会』も大成功だったねぇ!」

石川が焚き火の前で満足げに伸びをする。彼の顔は達成感で紅潮しており、目尻には嬉し涙すら浮かんでいる。焚き火の炎が彼の興奮した表情を赤々と照らし出し、周囲の木々に踊るような影を落としている。

「ヤマブシタケとかムラサキシメジとか、夜に見ると全然違う雰囲気でしたね!ライトで照らすと幻想的で!」

千葉が目をキラキラさせながら、スマホの写真フォルダを嬉しそうにスクロールしている。画面には様々な角度から撮影されたキノコの写真が並んでおり、その数は優に100枚を超えている。

「...キノコを夜中に見に行くだけのために、わざわざ3時間も森の中を歩き回るなんて...」

富山がぐったりと折りたたみ椅子に座り込んでいる。彼女の髪は汗で額に張り付き、Tシャツには泥と枝の破片が付着している。表情は疲労困憊そのもので、目の焦点すら定まっていない。

時刻は午前1時を回ったところ。長野県の山間部にある「星降る森キャンプ場」は、周囲を深い森に囲まれた静寂な場所だ。標高1200メートルの高地にあり、夜になると満天の星空が広がる。三人のテントサイトは広葉樹の木々に囲まれた開けた場所にあり、中央の焚き火台では薪が心地よい音を立てて燃えている。

「さぁて!キノコ鑑賞も終わったし、夜食でも作るかな!」

石川がクーラーボックスから食材を取り出し始める。その動きは軽快で、疲れなど微塵も感じさせない。

「石川さんの体力、マジで化け物ですよね...」

千葉が感心したように呟く。彼も疲れているはずなのに、石川への尊敬の眼差しは失われていない。

「化け物って言うなよ~!ただキャンプへの情熱が人一倍強いだけさ!」

石川が笑いながらスキレットを焚き火にかける。ジュウジュウという音と共に、ベーコンの香ばしい匂いが立ち上る。

「あの...すみません...」

突然、闇の中から か細い女性の声が聞こえた。

三人が一斉に声のした方向を振り向く。焚き火の光が届かない暗闇の向こうから、ゆっくりとした足取りで人影が近づいてくる。

「誰...!?」

富山が警戒したように立ち上がる。彼女の手は無意識のうちに近くに置いてあったランタンに伸びている。

闇から現れたのは、20代後半ぐらいの女性だった。長い黒髪が腰まで伸びており、白いブラウスに紺色のロングスカートという服装。顔立ちは整っていて、まるで日本人形のような美しさだ。しかし、その服は泥だらけで破れており、髪も乱れている。何より、その表情には深い疲労と不安が刻まれていた。

「遭難...してしまって...助けて...いただけませんか...」

女性がふらふらと歩み寄り、焚き火の光の中に入ってくる。その瞬間、彼女の顔がはっきりと見えた。頬はこけ、唇は乾燥して割れている。目の下には深いクマがあり、まるで何日も眠っていないかのようだ。

「大丈夫ですか!?どうぞどうぞ、こちらへ!」

石川が即座に立ち上がり、自分の椅子を女性に勧める。彼の表情は一瞬で真剣なものに変わっており、先ほどまでの陽気さは影を潜めている。

「千葉!毛布持ってきて!富山は温かい飲み物を!」

石川の指示が飛ぶ。千葉と富山は一瞬顔を見合わせるが、すぐに動き出す。

「ありがとう...ございます...」

女性がゆっくりと椅子に座る。その動作はぎこちなく、まるで全身の筋肉が痛むかのようだ。

千葉が急いでテントから毛布を持ってきて、女性の肩に掛ける。富山は魔法瓶から温かい紅茶をカップに注ぎ、女性に手渡す。

「どうぞ、ゆっくり飲んでください」

富山が優しく声をかける。女性は震える手でカップを受け取り、一口飲む。その瞬間、彼女の表情がわずかに和らぐ。

「何日ぐらい遭難されてたんですか?」

石川が心配そうに尋ねる。

「2日...いえ、3日...でしょうか...登山道を外れてしまって...気づいたら、どこにいるのかも...」

女性の声は弱々しく、途切れ途切れだ。

「大丈夫、もう安全ですよ!明日の朝になったら、管理事務所に連絡して、警察か救助隊を呼びますから!」

千葉が励ますように言う。

「本当に...ありがとうございます...」

女性が涙ぐむ。その涙は本物の安堵から来ているように見える。

「とりあえず、何か食べますか?ちょうど夜食作ってたところなんですよ!」

石川が明るく言いながら、スキレットを振る。ベーコンと卵の良い香りが広がる。

「い、いえ...私は...」

女性が遠慮がちに首を横に振る。

「遠慮しないで!遭難してたんだから、お腹空いてるでしょう!」

石川がにこやかに言いながら、ベーコンエッグをお皿に盛り付ける。湯気が立ち上り、食欲をそそる香りが一層強くなる。

「あの...本当に...いいんですか...?」

女性の目がちらりと料理に向けられる。その視線には明らかな飢えが見える。

「もちろん!キャンプは助け合いですから!ねぇ、富山!」

「そ、そうね...」

富山が少し不安そうな表情で頷く。彼女の目は女性の様子を注意深く観察している。

「じゃあ...お言葉に甘えて...」

女性がゆっくりと立ち上がり、少し離れた場所にある大きな岩の陰へと歩いていく。

「あれ?どこ行くんですか?ここで食べればいいのに」

千葉が不思議そうに首を傾げる。

「人前で食べるの、恥ずかしいのかもね。山で遭難して、きっと身なりとか気にしてるんじゃない?」

富山が小声で説明する。

「なるほど~。じゃあそっとしておいてあげよう」

石川が頷き、新たにベーコンエッグを作り始める。

しばらくして、岩陰から奇妙な音が聞こえてきた。

「ムシャムシャ...ガツガツガツ...ズズズズズ...」

それはまるで、何かを激しく咀嚼している音だ。しかも、一つの口ではなく、複数の口で食べているような...そんな不自然な音。

「...ねぇ、あの音...」

富山が不安そうに石川と千葉を見る。彼女の顔は青ざめ、焚き火の明かりの中でも分かるほど表情が強張っている。

「お腹空いてたんだよ、きっと!がっつり食べてもらわないと!」

石川が全く気にした様子もなく、さらに料理を作る。今度はソーセージとパンだ。

「でも、あの音...なんか変じゃない...?」

千葉も少し首を傾げる。

その時、富山がふと岩の横を見て、固まった。

岩の影から、わずかに女性の後頭部が見えている。そして、その後頭部の髪の間から...もう一つの口が見える。大きく裂けた口が、髪の毛の間からぱっくりと開いて、何かを貪り食っている。その口の周りには鋭い歯が並んでおり、ベーコンの破片と卵の黄身が付着している。

「ひっ...!」

富山が小さく悲鳴を上げ、後ずさる。その動きで折りたたみ椅子が倒れ、ガシャンと大きな音を立てる。

「どうしたの、富山!?」

石川が驚いて振り向く。

「あ、あれ...あの人の...後頭部...!」

富山が震える指で岩の方を指差す。彼女の顔は恐怖で歪んでおり、声も上ずっている。

岩陰から女性がゆっくりと戻ってくる。その表情は穏やかで、先ほどまでの疲労の色は消えている。むしろ、どこか生き生きとしている。

「ごちそうさまでした...とても美味しかったです...」

女性が微笑む。しかし、その微笑みのどこかに、諦めたような、悲しいような影がある。

「あの...私...実は...」

女性が俯く。長い黒髪が顔を覆い隠す。

「言わなきゃいけないと思って...あなた方は、私を助けてくれた...だから...」

女性がゆっくりと髪をかき上げる。後頭部に、もう一つの口が見える。大きく裂けたその口は、今はぎゅっと閉じられている。

「私...二口女なんです...」

静寂。

焚き火のパチパチという音だけが、夜の森に響く。

千葉の目が点になる。富山は完全に固まっている。

そして、石川は...

「うおおおおおお!マジかぁぁぁ!?」

両手を天に掲げて叫ぶ。その表情は驚きというより、むしろ興奮に満ちている。目は少年のように輝き、口は耳まで裂けんばかりに開いている。

「すっげぇ!すっげぇよ!二口女!実在したんだ!」

石川がぴょんぴょんと飛び跳ねる。その様子はまるで、珍しいポケモンを見つけた子供のようだ。

「え...えぇ...?」

女性が困惑した表情で石川を見る。

「いや、怖がるとか、拒絶するとか...そういう反応を予想してたんですけど...」

「何言ってんの!こんな貴重な出会い、滅多にないよ!?」

石川が女性の手を握る。その手は熱く、興奮で震えている。

「ねぇねぇ!後頭部の口って、自分の意思で動かせるの!?味覚はあるの!?一緒に食べると美味しさ倍増するの!?」

矢継ぎ早に質問を浴びせかける石川。

「い、いしかわさん!落ち着いて!」

千葉が慌てて石川を引き離す。

「あ、ごめんごめん!興奮しちゃって!」

石川が頭を掻く。しかし、その表情は依然として興奮に満ちている。

「でもさ、これって超グレートな出会いじゃない!?妖怪と一緒にキャンプなんて、前代未聞だよ!」

「いやいやいや!」

富山が声を上げる。彼女の顔は蒼白で、額には大量の冷や汗が浮いている。

「妖怪だよ!?妖怪!人間じゃないんだよ!?何されるか分かんないじゃない!」

富山の声は恐怖で震えている。

「大丈夫だって!だって、この人、わざわざ正体明かしてくれたんだよ?悪い人...じゃなくて、悪い妖怪なら、黙って襲ってくるでしょ!」

石川が至って真面目な表情で言う。

「そ、それは...そうかもしれないけど...」

富山が言葉に詰まる。

女性...二口女は、三人のやり取りを呆然と見ている。その目には困惑と、わずかな希望の光が宿っている。

「あの...本当に...いいんですか...?私、妖怪ですよ...?」

二口女が恐る恐る尋ねる。その声は震えており、今にも泣き出しそうだ。

「いいに決まってるじゃん!むしろ大歓迎!」

石川がサムズアップする。

「ねぇ、名前は?名前教えてよ!」

「名前...私、佐藤...佐藤美咲と...名乗ってます...」

美咲が小さく答える。

「美咲さん!よろしくね!俺は石川!こっちが千葉で、そっちが富山!」

石川が全員を紹介する。千葉は戸惑いながらも笑顔で手を振り、富山は固まったまま微動だにしない。

「あの、石川さん...私...これまで、正体がバレるたびに...追い払われて...石を投げられたこともあって...」

美咲の目から涙が溢れ出す。それは後頭部の口からも同時に溢れており、髪の毛を濡らしている。

「どうして...どうしてあなた方は...こんなに優しく...」

美咲がしゃくり上げながら言う。

「だって、美咲さん、悪いことしてないじゃん。ただ、食べ方が人と違うだけで」

石川が当たり前のように言う。

「それに!」

石川が急に真剣な表情になる。

「俺ね、昔、キャンプ場で外国人のグループに会ったことがあるんだ。彼らの食べ方とか文化が俺の知ってるのと全然違って、最初はちょっと驚いた。でもね、一緒にキャンプして、一緒に焚き火を囲んで、一緒に笑って...そしたら分かったんだ。違いって、別に怖いことじゃないって」

石川の目は真っ直ぐに美咲を見ている。

「美咲さんが妖怪だろうが何だろうが、一緒にキャンプできる仲間だよ!」

その言葉に、美咲は完全に泣き崩れた。後頭部の口も大きく開いて、嗚咽を漏らしている。

「うぅ...うわぁぁぁん...!」

美咲が顔を両手で覆って泣く。その姿は痛々しく、長年の孤独と苦しみが溢れ出しているようだった。

「...まぁ、石川がそう言うなら...」

富山がため息をつく。彼女の表情はまだ警戒しているが、少しだけ柔らかくなっている。

「俺も賛成です!こんな経験、一生に一度ですよ!」

千葉が拳を握り締める。その目には冒険心が宿っている。

「じゃあ決まり!今夜は『異種族交流キャンプ』だ!」

石川が高らかに宣言する。

「よし!まずは美咲さんの身体を温めないと!富山、着替え貸してあげて!千葉は焚き火の薪を追加!俺はもっと料理作る!」

石川の指示で、全員が動き出す。

「あ、あの...本当に...いいんですか...」

美咲がまだ信じられないという表情で尋ねる。

「いいんだって!さ、富山のテントで着替えてきな!」

富山が渋々ながらも、美咲の手を引いてテントに向かう。

「サイズ合うかな...私より背が高いけど...」

「ありがとうございます...本当に...」

二人がテントに消えると、石川と千葉は焚き火の前に残される。

「石川さん、本当にいいんですか?」

千葉が小声で尋ねる。

「何が?」

「だって、妖怪ですよ?もしかしたら危ないかも...」

「大丈夫だって。あの涙、演技じゃないよ。本当に傷ついてきた人の涙だ」

石川が焚き火を見つめながら言う。その表情は珍しく真剣だ。

「それに...俺たちだって、『変なキャンパー』って言われることあるじゃん?夜中にキノコ見に行ったり、雨の中わざと濡れながらキャンプしたり」

「あはは...確かに」

千葉が苦笑する。

「違うってだけで排除されるのって、辛いんだよ。だから、俺は受け入れる。それだけ」

石川の言葉に、千葉は深く頷く。

しばらくして、美咲が着替えて戻ってくる。富山のジャージとTシャツを着た彼女は、先ほどまでの妖艶な雰囲気とは打って変わって、どこか親しみやすい印象だ。髪はタオルで拭いてあり、顔も洗ったようで、本来の美しさが際立っている。

「似合ってるよ、美咲さん!」

石川が笑顔で言う。

「あ、ありがとうございます...」

美咲が恥ずかしそうに俯く。

「さ!キャンプの続きと行こう!美咲さん、キャンプしたことある?」

「いえ...ずっと人目を避けて生きてきたので...」

「じゃあ初キャンプだね!教えることいっぱいあるよ!」

石川が張り切る。

「まずは焚き火の楽しみ方から!ね、この炎を見てると心が落ち着くでしょ?」

石川が焚き火を指差す。オレンジ色の炎が揺らめき、薪が爆ぜる音が心地よく響く。

「はい...綺麗ですね...」

美咲が炎に見入る。その横顔は穏やかで、後頭部の口も静かに閉じられている。

「次!焼きマシュマロ!キャンプの定番だよ!」

千葉がマシュマロの袋を取り出す。

「これを串に刺して...こうやって焚き火で炙るんです!」

千葉が実演する。マシュマロが徐々に膨らみ、表面がきつね色になっていく。

「わぁ...!」

美咲が目を輝かせる。その表情は純粋な子供のようだ。

「はい、どうぞ!」

千葉が焼けたマシュマロを美咲に渡す。

美咲が恐る恐るマシュマロを口に入れる。その瞬間、彼女の表情がパッと明るくなる。

「美味しい...!外はカリッとして、中はトロトロで...!」

「でしょ!?キャンプのマシュマロは最高なんですよ!」

千葉が得意げに言う。

「あの...後ろの口でも...食べていいですか...?」

美咲が遠慮がちに尋ねる。

「もちろん!むしろ、その方が美咲さんらしいじゃん!」

石川が即答する。

美咲が嬉しそうに微笑み、髪を少しかき上げる。後頭部の口が開き、そこにマシュマロを入れる。前の口と後ろの口、両方で同時に味わう美咲の表情は、この上なく幸せそうだ。

「二つの口で食べると...味が二倍濃く感じるんです...!こんなに美味しいもの、初めて...!」

美咲の目から再び涙が溢れる。しかし、今度は悲しみの涙ではなく、喜びの涙だ。

「良かった...!」

富山も思わず微笑む。最初の警戒心は完全に消え、彼女の表情は柔らかくなっている。

「じゃあ次は、俺の特製キャンプ飯を!」

石川が大きな鍋を取り出し、具材を次々と入れていく。ベーコン、ソーセージ、野菜、そしてチーズ。

「これは『石川スペシャル!超ボリュームキャンプ鍋』!栄養満点、ボリューム満点!」

グツグツと煮える鍋から、食欲をそそる香りが立ち上る。

「美咲さんは、普段どれくらい食べるんですか?」

千葉が興味津々で尋ねる。

「普通の人の...3倍ぐらい...でしょうか...二つの口があるので...」

美咲が少し申し訳なさそうに言う。

「3倍!?じゃあ鍋、もう一つ作らないと!」

石川が嬉しそうに追加の鍋を取り出す。

「い、いえ!そんなに用意していただかなくても...!」

「遠慮しないで!キャンプは食べる時が一番楽しいんだから!」

石川の言葉に、美咲は再び目を潤ませる。

「みなさん...本当に...優しいんですね...」

美咲が震える声で言う。

「私...ずっと一人で...人間に見つからないように、山の中を転々として...たまに里に降りても、正体がバレたら追い払われて...」

美咲が語り始める。その声は時折途切れ、感情がこみ上げてくるのが分かる。

「昔...江戸時代の頃は、まだ良かったんです...妖怪と人間が、もう少し近い距離にいて...でも、時代が進むにつれて、妖怪は『怖いもの』『いてはいけないもの』になって...」

焚き火の炎が揺らめき、美咲の顔に陰影を作る。

「明治になって...ある村で、私は正体を隠して人間として暮らしていました...優しい家族ができて、友達もできて...でも、ある日、食事をしているところを見られてしまって...」

美咲の声が震える。

「『化け物だ』って...石を投げられて...松明で追いかけられて...逃げるしかなくて...」

「それは...辛かったね...」

富山が美咲の肩に手を置く。その目には同情と怒りが混じっている。

「それからずっと...人間を避けて生きてきました...でも...寂しくて...誰かと話したくて...でも、正体を隠すのも辛くて...」

美咲が両手で顔を覆う。後頭部の口も悲しそうに歪んでいる。

「今日...もう限界だと思ったんです...だから、正体を明かして...追い払われる覚悟で...でも...」

美咲が顔を上げ、三人を見る。その目には感謝の涙が溢れている。

「あなた方は...受け入れてくれた...初めて...初めて、ありのままの私を...!」

美咲が声を上げて泣く。その泣き声は森に響き、夜の静寂を震わせる。

「美咲さん...」

石川が優しく美咲の背中を撫でる。

「もう大丈夫。少なくとも、今夜はここにいていいから。ゆっくり休んで」

「ありがとう...ございます...!」

美咲が何度も頭を下げる。

しばらくして、美咲が落ち着きを取り戻すと、石川が明るく言う。

「さ!泣くのはここまで!ここからは楽しいキャンプタイムだ!」

「は、はい!」

美咲が涙を拭い、笑顔を作る。

「じゃあ、キャンプの醍醐味!星空観察!」

石川がランタンを消す。すると、満天の星空が現れる。無数の星が瞬き、天の川がはっきりと見える。

「うわぁ...!」

美咲が息を呑む。

「綺麗...こんなに星が見えるなんて...」

「でしょ!?これがキャンプの最高の特典なんだよ!」

千葉が嬉しそうに言う。

四人は焚き火の周りに寝転がり、空を見上げる。星の光が彼らの顔を淡く照らし、焚き火の温かさが身体を包む。

「あれが北斗七星で...あっちがカシオペア座...」

石川が星座を指差しながら説明する。

「私...一人で夜空を見ることはあっても...誰かと一緒に見るのは初めてです...」

美咲が幸せそうに呟く。

「これから何度でも見られるよ!また一緒にキャンプしようね!」

石川の言葉に、美咲の目がまた潤む。

「本当に...?また...会えますか...?」

「もちろん!俺たち、毎月キャンプしてるから!次は美咲さんも誘うよ!」

「やった...!嬉しい...!」

美咲が子供のように喜ぶ。

その後、四人は夜が更けるまで語り合った。石川はこれまでの「グレートなキャンプ」の数々を面白おかしく語り、千葉は初めてのキャンプでの失敗談を披露し、富山は呆れながらも二人のエピソードにツッコミを入れる。

「それでね、この前なんて『真冬の雪中キャンプで流しそうめん』とかやったんだよ!」

「寒すぎて麺が凍るっていうね!」

千葉が笑いながら言う。

「バカじゃないの...本当に...」

富山がため息をつくが、その表情は笑っている。

「あははは!楽しそう...!」

美咲が心から笑う。その笑顔は屈託なく、まるで長年の重荷が取れたかのようだ。後頭部の口も、まるで笑っているかのように優しく開いている。

「美咲さんは、どんなキャンプがしてみたいですか?」

千葉が尋ねる。

「えっと...普通の...普通のキャンプでいいんです...こうやって、みんなで焚き火を囲んで、お話しして...それだけで、私は...」

美咲の声が詰まる。

「でも!せっかくだから、美咲さんならではのキャンプもしたいよね!」

石川が目を輝かせる。

「二つの口を活かした...『同時食べ比べキャンプ』とか!右の口で甘いもの、左の口で辛いもの!味覚の冒険だ!」

「それ、面白いかも!」

千葉が身を乗り出す。

「でも、後頭部の口だから、左右じゃなくて前後じゃない?」

富山が冷静にツッコむ。

「あ、そっか!じゃあ『前後食べ比べキャンプ』!」

「それ、名前変えただけじゃない...」

四人の笑い声が、静かな森に響く。焚き火の炎が優しく揺れ、その光が四人の幸せな表情を照らし出す。

「あの...もう一つ、聞いてもいいですか?」

美咲が恥ずかしそうに言う。

「何でも聞いて!」

「歌...歌ってもいいですか?昔、人間だった頃に覚えた歌があって...でも、ずっと一人だったから、誰かに聞いてもらったことがなくて...」

「いいね!キャンプファイヤーソングだ!」

石川が嬉しそうに拍手する。

美咲が立ち上がり、焚き火の前に立つ。深呼吸をして、そして歌い始める。

それは古い日本の童謡だった。「ふるさと」。

美咲の声は透き通っていて、夜の森によく響く。そして驚くべきことに、後頭部の口も同時に歌っており、美しいハーモニーを奏でている。前の口が主旋律を歌い、後ろの口が和音を重ねる。まるで二人で歌っているかのような、神秘的な音色だ。

「うさぎ追いし かの山 こぶな釣りし かの川...」

三人は息を呑んで聞き入る。その歌声は哀愁を帯びており、長年の孤独と、それでも失われなかった人間への憧れが込められている。

歌が終わると、しばらく静寂が訪れる。

そして。

「すごい...!」

千葉が立ち上がって拍手する。石川と富山もそれに続く。

「美咲さん、めちゃくちゃ上手いじゃないですか!」

「ハーモニーが...本当に綺麗でした...」

富山が感動で目を潤ませている。

「ありがとう...ございます...聞いてもらえて...本当に嬉しい...」

美咲が涙を流しながら微笑む。

「よし!じゃあ今度は、みんなで歌おう!」

石川が提案する。

「『線路は続くよどこまでも』!せーの!」

四人の歌声が森に響く。音程が外れようが、リズムがずれようが、そんなことはどうでもいい。ただ、一緒に歌うことが楽しい。一緒に笑うことが幸せだ。

歌が終わると、四人は焚き火の前に座り込む。

「あぁ...楽しかった...」

千葉が満足げに伸びをする。

「今、何時ですか?」

美咲が尋ねる。

「えーっと...もう午前4時!?」

富山が驚いて時計を見る。

「マジか!時間が経つのが早すぎる!」

石川も驚く。

「でも...まだ話していたいな...」

美咲が寂しそうに呟く。

「大丈夫、明日...じゃなくて今日もいるんでしょ?朝ごはんも一緒に食べようよ!」

石川が言う。

「本当に...?」

「当たり前じゃん!」

美咲の表情がパッと明るくなる。

「じゃあ、少し仮眠しますか。日の出を見て、それから朝ごはん!」

富山が提案する。

「それいいね!美咲さん、テント使う?」

「いえ...私、外で寝るのに慣れてるので...」

「じゃあ、寝袋貸すよ!」

石川が予備の寝袋を取り出す。

四人は焚き火の周りで寝袋に入る。炎は小さくなり、熾火だけが赤く光っている。

「おやすみなさい...」

「おやすみ~」

静寂が訪れる。虫の声と、遠くで鳴くフクロウの声だけが聞こえる。

しばらくして、美咲の小さな声が聞こえた。

「あの...石川さん...」

「ん?どうした?」

「私...今日が...今日が人生で一番幸せな日です...」

美咲の声は涙で震えている。

「何百年も生きてきて...初めて...本当の友達が...できました...」

「美咲さん...」

「ありがとう...本当に...ありがとうございます...!」

美咲がすすり泣く声が聞こえる。

「こちらこそ、ありがとう。素敵な出会いをくれて」

石川が優しく言う。

「また会おうね。絶対に」

「はい...!絶対に...!」

やがて、四人の寝息が聞こえ始める。焚き火の熾火が、彼らを優しく照らし続けている。

――――

「ん...」

石川が目を覚ます。空が白み始めており、鳥のさえずりが聞こえる。

「もう朝か...」

石川が身体を起こすと、隣の寝袋が空になっていることに気づく。

「美咲さん?」

辺りを見回すが、美咲の姿はない。

「千葉、富山、起きろ」

二人を揺り起こす。

「んー...あと5分...」

「美咲さんがいない」

その言葉に、二人がパッと目を覚ます。

「え!?どこ行ったの!?」

富山が慌てて周りを見る。

「トイレとか...?」

千葉が言うが、しばらく待っても美咲は戻ってこない。

「まさか...帰っちゃったのかな...」

石川が寂しそうに呟く。

「でも、何も言わずに...」

その時、千葉が何かに気づく。

「あ、これ...」

焚き火台の横に、小さな包みが置いてある。綺麗に折りたたまれた布の包みだ。

石川がそれを開けると、中から手紙と、小さな木彫りの人形が三つ出てくる。人形はそれぞれ、石川、千葉、富山に似せて作られている。細かい部分まで丁寧に彫られており、一つ一つに個性がある。

手紙には、達筆な字で文章が綴られていた。

『石川様、千葉様、富山様

昨晩は本当にありがとうございました。

何百年も生きてきて、初めて心から笑い、心から泣きました。

あなた方と過ごした時間は、私の長い人生の中で、最も輝いている時間です。

でも、私はもう行かなければなりません。

妖怪と人間が一緒にいると、いつか必ず問題が起きます。

あなた方に迷惑をかけたくないのです。

でも、約束します。

また必ず会いに来ます。

次のキャンプの時、きっと。

この人形は、私からのお礼です。

木を削って作りました。

どうか、私のことを忘れないでください。

本当に、本当にありがとうございました。

あなた方は、私に人間の優しさを教えてくれました。

世界は、まだ捨てたものじゃないと思わせてくれました。

また会いましょう。

必ず。

佐藤美咲』

三人は黙って手紙を読む。

「...行っちゃったんだね」

石川が空を見上げる。朝日が昇り始め、森全体がオレンジ色に染まっている。

「でも、『また会いに来る』って書いてあるよ」

千葉が人形を大事そうに握る。

「約束だもんね。信じよう」

富山が微笑む。

「そうだな。じゃあ、次のキャンプまでに、もっと面白い企画を考えないと!」

石川が元気に言う。

「美咲さんも楽しめる、スペシャルなキャンプを!」

「賛成です!」

千葉が拳を上げる。

三人は焚き火台を囲み、人形を見つめる。

その時、焚き火台の灰の中に、何かが埋まっているのに気づく。

「あれ、これ...」

石川が灰をどけると、そこには美しい模様が描かれていた。

灰で描かれた絵。四人が焚き火を囲んで笑っている絵だ。細かいタッチで、それぞれの表情が生き生きと描かれている。

「美咲さんが...描いてくれたんだ...」

富山が感動で声を震わせる。

「写真じゃないけど...これ、最高の記念だよ」

千葉がスマホでその絵を撮影する。

「よし!この灰の絵も記録して...っと。次のキャンプは『183+1 美咲さんお帰りキャンプ』だな!」

石川が力強く宣言する。

朝日が完全に昇り、森全体が明るくなる。新しい一日の始まりだ。

三人は片付けを始める。テントを畳み、焚き火の後始末をし、ゴミを集める。

その作業の合間、富山がふと森の奥を見る。

木々の間から、一瞬、長い黒髪の女性の後ろ姿が見えた気がした。

彼女は振り返り、手を振っている。

富山が目を凝らすと、その姿は霧のように消えていく。

「...さよなら。また来てね」

富山が小さく手を振り返す。

「富山、何見てるの?」

「ううん、何でもない」

富山が微笑む。

三人は荷物をまとめ、キャンプ場を後にする。

車に乗り込む前、石川が振り返って森を見る。

「美咲さん、次はもっとグレートなキャンプにするからな!楽しみに待っててくれよ!」

石川の声が森に響く。

まるで答えるかのように、森の木々がざわざわと揺れる。

優しい風が三人を包み、どこからともなく、美咲の笑い声が聞こえたような気がした。

車が走り出す。バックミラーに映るキャンプ場が、だんだん小さくなっていく。

「さぁて、次はどんなキャンプにしようかな!」

石川が運転しながら、楽しそうに呟く。

「今度は『妖怪ウェルカムキャンプ』とか?」

千葉が提案する。

「いいね!『異種族交流フェスティバル』!看板立てて、妖怪大歓迎って!」

「絶対変な目で見られるからやめて...」

富山がため息をつくが、その表情は柔らかい。

車は山道を降りていく。空は晴れ渡り、雲一つない青空が広がっている。

ダッシュボードには、美咲が作ってくれた三つの人形が並んでいる。

その人形は、まるで三人の新しい冒険を見守っているかのように、優しく微笑んでいる。

そして、どこか遠くの森で。

一人の女性が、木の幹に背中を預けて座っている。

長い黒髪、白いブラウス。佐藤美咲だ。

彼女の膝の上には、小さな木彫りの人形が一つ。自分自身を模した人形だ。

「また...会えるよね...」

美咲が人形に語りかける。

後頭部の口が、まるで笑っているかのように優しく開く。

「きっと会える。約束したもの」

美咲が立ち上がり、森の奥へと歩いていく。

その足取りは、昨日までとは違う。

もう、孤独に押しつぶされそうな、重い足取りではない。

希望に満ちた、軽やかな足取りだ。

「次は...どんなグレートなキャンプかな...」

美咲が楽しそうに呟く。

その声は森に溶けていき、木々のざわめきと混ざり合う。

新しい葉が芽吹き、鳥が歌い、風が吹く。

世界は、今日も回り続ける。

そして、どこかで、新しい出会いが待っている。

―――俺達のグレートなキャンプ183 完―――

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『俺達のグレートなキャンプ183 遭難者と思ったら二口女だった!よし、一緒にキャンプだ』 海山純平 @umiyama117

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