第8話 歓迎と茶会

 明かり取りと換気を兼ねた屋根近くに張り巡らされた道場の窓は、驚くことに全て摺りガラスが嵌め込まれている。

 一見すると質実剛健の造りに思えるがさすがは大貴族、かけるべきところに金をかけていると見る者が見ればお世辞の一つでも述べるだろうが、突然の客人を迎えたこの日は様相を異にしていた。


「キエエエエエエエエエ!!」


 たっぷり三十分、不動の構えで対峙し続けていた中年の偉丈夫が動き出し、雪崩のような渾身の振り下ろしで迫ったところを、マントを脱いだ旅装で待ち構えていたエルフの検査が、がら空きになった脇腹に打ち身程度で済むように手加減した横一文字の木刀を見舞い、右手に吹き飛ばした。


「バカな、御当主様が敗れた……!?」

「今も王国十剣に数えられる腕前だぞ」

「なんだあの剣筋は、御当主様の方が明らかに速かったはずだ」


 道場の両端で観戦していた、ロムフェール家の騎士達から次々と悲鳴混じりのため息が漏れる。

 それらが怒りや恨みに転じないのは、師匠の薫陶の賜物なのだろう。


 オルネシア建国戦争にて第一の武功を挙げたとされる柱石の臣、ロムフェール公爵家。

 代々の当主は嫡流に限らず、一族の中から人格能力剣技に優れた者を選ぶことが、初代以来のしきたりとなっている。

 中でも当代のゲオルグ=ロムフェールは、初代の再来と称えられるほどの傑物で、先祖伝来の大剣を軽々と振るい、その剛剣を受けられる剣士は存在しないと噂されている。

 またロムフェール公爵家は、武門の家系の例に漏れず優れた武芸者を指導役として迎えているが、天才と称された幼少期から不断の努力を続けているゲオルグよりも上位の実力者は一人もいない。

 いわば、オルネシア王国の武の象徴と言えるロムフェール公爵の敗北に誰もが衝撃を受けている中で、ゲオルグの娘にして近衛騎士のエリアだけが何かに耐えるようにキュッと口を結んでいた。


「皆の者、さきほど宣言した通り、これは試合ではなく稽古である。皆にカシマ様を賓客として遇することを納得してもらうため、そして我が技量をさらなる高みに至らせるため、御指南を願った。もはや異存はあるまいな!!」

「異存ありませぬ。我ら一同、カシマ様のご来訪を心より歓迎いたします!!」


 ようやく立ち上がりながらそう宣言するロムフェール公爵に対して、師範代を務める筆頭騎士の返答に唱和する騎士達。

 その視線が異邦の剣士に向くと、


「カシマ様、ひとまずご逗留いただく部屋にご案内した後に、我が領地自慢の茶などはいかがでしょう」

「ああ、ご馳走になるよ」

「エリア、お前がお連れした客人だ、同席せよ」

「かしこまりました」


 もちろんお茶は口実であって、本命は今後に向けての話し合いになることは明白。

 だが、事と次第によっては、ロムフェール公爵家だけでなく王国の行く末まで左右しかねない事態に、その中心に桁外れの実力を持つ剣士がいる事実に、エリアは緊張を覚えずにはいられなかった。


 ~~~


 オルネシア王国に限らず、貴族のもてなしはとにかく時間がかかる。

 まず、ロムフェール公爵の指示を受けた従者に先導された俺と藤倉さんは、それぞれ別の客間に案内された。

 そして部屋付きの召使いによって浴室で体を磨かれ、服を着替えさせられ、たっぷり小一時間ほど待たされた後で、ようやく茶会が催される庭園の東屋に通された。

 ちなみに、ここまで俺につきっきりだった召使いによると、藤倉さんの支度はさらに時間がかかるそうだ。

 どうやら女子の準備に身分は関係ないらしい。


「あらためて、よくぞ当家にお越し下されました、カシマ様。カシマ流の修行者の一人として、宗主の再びの来訪を心より歓迎いたします」


 勧められた純白の椅子に座ると、真向いのロムフェール公爵が口上を述べて、右手の席のエリアと共に目線を切らさない程度に頭を下げた。

 深く頭を下げなかったのは、貴族ではなく一介の剣士として会うことで、俺に余計な気を使わせない配慮の証だろう。

 と思ったところで、燕尾服が似合う初老の執事が両手で持っているポットから漂う、さわやかな香りに気が付いた。


「ロムフェール公爵、それはひょっとして……」

「さすが、お目が高い。我が家では建国戦争時の記録が数多く残っておりましてな、その中にカシマ様が初めて我が屋敷に来訪された折のもてなしの様子が記録されていたのです」

「我が領地で栽培され、王都で好評を受けているリョクチャを、急ぎ御用商人から取り寄せました。お召し上がりください」


 なるほど、やたら待たされた理由はこれか。この短時間で準備するとは、さすが公爵家。

 と感心したところで、執事に促されるままに鮮やかな緑の液体が注がれたカップを口元に持って行って、一口。


 ――うん、タマモが栽培している茶葉には及ばないが、これはこれで。


 そんな感想は口に出さず、そろそろ本題を切り出すタイミングかと思ったところで、東屋に近づく気配があった。


「ほう、これはこれは」


 感嘆の溜息を漏らしたロムフェール公爵とエリアの視線の先にいたのは、貴族令嬢の衣装に身を包み、見事に髪をセットされた藤倉さん。

 淡い青を基調としたドレスは藤倉さんの清楚さを表現する一方で、乱れなく結い上げた髪にある金細工の髪飾りがあでやかな魅力を引き出している。

 さっきまでの白のドレスは、いかにも金がかかっていますよと言わんばかりの自己主張が強すぎて、着る人間の個性を無視したような印象だった。

 あのドレスひとつとっても、王宮が藤倉さんの意思を尊重していなかったことがよくわかる。


「どうかな、鹿島くん。私には派手すぎる気がするんだけど」

「うん、うん」

「鹿島くん?」

「うん……、あ、似合っているよ。すごくきれいだ」

「そ、そう、よかった」


 付き添っていたメイドにお礼を言って空いていた席に座るなり、耳を真っ赤にしながら聞いてきた藤倉さんにやっとの思いで答えると、ロムフェール公爵の弾けるような笑い声が聞こえてきた。


「いやはや、言い伝えと違い、カシマ様は実に純なご気性だったのですな。代々の先祖が知れば、さぞ驚いたことでしょう」

「あの、その話って、本当に鹿島くんのことなんですか?」

「左様。この方こそが、辺境の領主から戦乱の時代を制しオルネシア王国を打ち立てた初代国王に味方し、立ちはだかった英雄豪傑のことごとくを打ち払った『剣聖カシマ』に間違いないのだよ」

「それって何年前のことなんですか?」

「オルネシア王国史と同じ、500年ほど前だ」


 誇らしげに語るロムフェール公爵に、呆気にとられる藤倉さん。

 そして当の俺はというと、耳を塞ぎたいほど気恥ずかしいのが正直なところだった。

 例えるなら子供のころの悪戯を、齢を取ってから暴露されているようなものかもしれない。

 しかも相手は藤倉さんだ。なんの罰ゲームかと恥も外聞もなくキレ散らかす権利はあると思う。

 藤倉さんに嫌われたくないから、やらないが。


「だったら、その、なんていうか……」

「突如現れた剣聖を名乗る者を、なぜ偽者だと疑わなかったのか、そう申されたいのであろう?」

「そこまでじゃないんですけど、……いえ、そうです」

「それを確かめるために、私自らカシマ様と立ち会ったのだ。残念なことに、我が家臣の中にもカシマ流創始者の存命を疑うものはいるのでな、カシマ様が連れてきたそなたに家中一丸となって味方するためには、生ける伝説の神技を見せることが最善だったのだよ、エリナ嬢」


 ――やっぱりか。


 そう確信してエリアを見ると、事情は呑み込んでいるといわんばかりに頷いてきた。

 事前の話し合いでは、ロムフェール公爵家にはあくまで王宮の出入りと、アクシデントが起きた時の後始末だけをお願いしていた。

 だがさすがは大貴族、俺が気にかける藤倉さんをめぐる問題について、ある程度は把握していたらしい。


「カシマ様がすぐに王都を脱出なされるのであれば、数日の間ご指導を願うだけに留めるつもりであったが、我が家の力を必要とされるのならば是非もない。たとえ王家と一戦交えようとも、カシマ流宗主を再び屋敷に迎える栄誉を得たロムフェール公爵家の力を尽くし、全力でお匿い申し上げる所存である」


 途中から席を立つ勢いで演説を始めたロムフェール公爵に対して、何を言っているのこの人? という目で俺の方を見てくる藤倉さん。

 気持ちはわかるけど、もう少し視野を広げてほしい。

 同席しているエリアが「さすがです父上」と言っているのを始めとして、東屋の周囲で警護をしている騎士たちも、一人残らず尊敬のまなざしを主人に向けている。

 つまり、とっくの昔に手遅れ。

 頭のおかしい集団だと思って諦めてほしい。

 大丈夫、悪い奴らじゃないから。

 ちなみに俺は、もう慣れた。

 というより、九百年もの年月があれば大抵のことに慣れるものだ。


 なんて思って、気を抜いたつもりはなかったんだが。

 事件は何の前触れもなく訪れるから、世界は面白くもあり、鬱陶しくもある。


「ともかく、しばらくはここを我が家だと思って、滞在いただきたい。何かあればエリアに申し付けていただければ――」


 和やかな雰囲気の東屋を囲む、護衛騎士の結界。

 そこに息を切らせた兵士らしき男が駆け込んできて、小さく折りたたまれた紙切れをそのうちの一人に差し出す。

 受け取った護衛騎士は紙切れを開かずにロムフェール公爵に歩み寄ると、耳打ちしながらそれを渡した。

 そして、ようやく開かれた紙切れを目にした公爵が、聞き取れないほど小さく罵り声を上げた後、こう言った。


「申し訳ありませぬ。どうやら我が屋敷の門前に、愚かにも第二王子の手の者が押し寄せてきたようです」

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