第9話 王国と貴族

 九百年という歳月のほとんどを棒切れを振り回すことに費やしてきた俺にはとんと縁のない世界だが、それでも異世界転移してきたばかりの元クラスメイト達よりは、貴族に関する知識はある。


 たとえば一人の王がいるとする。

 規模にもよるだろうが、王一人だけで王国の土地を支配することは不可能だ。

 そこで、王の親戚や部下に領地の一部を与えて統治を代行させたのが、貴族の始まりだ。

 当然、貴族一人で領地に住む平民を支配できるはずもないので家臣に、あるいは家臣の家臣に実務を担わせる。

 そうして王国というシステムが形成されていったわけだが、同時に弊害もある。

 王侯貴族が何か行動しようとすればまず家臣が動くことになり、相手が同じ貴族だったりすると家臣同士の話し合いが必要になる。貴族同士が会うのはその後というわけだ。

 ものすごく簡単に言えば、偉くなればなるほどにその言動は重みを増して、影響を無視すれば痛いしっぺ返しを食らう恐れが出てくる。

 そうならないために、貴き身分の者には厳しい教育が課せられるし、家臣達も主人が暴走しないように上手に立ち回る能力が求められる。

 まあ、実際には領邦制や中央集権制などの違いがあり、これはあくまで一例なんだが。

 特に大国の王族ともなると軽挙妄動は厳に慎むことが求められるのは間違いない。

 間違いないんだが、


「第二王子ともあろう者が、軍を動かして公爵の屋敷を包囲してしまうなんてな。大丈夫か、この国」


 あまりの暴挙に怒りや焦りよりも呆れが勝ってしまうような、だがしかし人族の歴史において何度も繰り返されてきた愚かな光景を、本館二階のバルコニーから遠目に観察して部屋に戻ると、ちょうどお茶と軽食の準備が整ったところだった。


「だいたい一万くらいか、壮観だな。こんな大軍を半日も経たずに招集して公爵の屋敷に差し向けるなんて、さすがは大国オルネシアの王都、第二王子の権力といったところか。だが、他の国から見たら立派な内戦だぞ」

「あの、カシマ様。ここから屋敷の敷地外までは建物や植栽で何重にも視界が遮られているのですが、どうやってご覧に――なに、確かに一万なのだな? ……こほん、カシマ様のお見立てに誤りなどあるはずがございません」


 向かいの席からとても言いにくそうに俺の言葉を否定しようとしたエリアだったが、背後に立つ護衛騎士から耳打ちされると180度態度を変えてあからさまな追従を始めた。

 なんというか、忙しい奴だ。そして社交が滅茶苦茶下手そうだ。

 そんなエリアを補佐するためだろうか、その隣に座っている、確か道場で師範代と呼ばれていた壮年の男が口を開いた。


「あらためまして、ロムフェール騎士団長を務めるこのゾアルデが、状況を説明させていただきます。よろしいですか、エリア様」

「ああ頼む、師範代」

「現在、御館様が自ら陣頭指揮を執ることで小康状態を保っておりますが、事態は予断を許したわけではございません」


 という切り出しから、ゾアルデはロムフェール公爵家と外の王国軍との睨み合いの経緯を語ってくれたが、結局のところさっきの第一報がおおよその概要を物語っていたといっても過言ではなかった。


 この日、王宮で行われていたのは召喚の儀式の成功の祝いと、オルネシア王国に招かれた勇者と聖女のお披露目を兼ねた盛大な宴を一日をかけて開かれていて、その主催にして召喚の儀式の立役者とされているのが、第二王子とその派閥だ。

 さらに、劣勢に陥っている魔族との戦いで指揮を執っている第一王子が芳しい成果を挙げられていないこともあって、第二王子派の勢いは誰にも止められないと、まことしやかに噂されている。

 ところが急転直下、第二王子の面子が丸潰れになる事件が起きた。


「それが、俺が藤倉さんを連れ出したことか」


 そう誰とは無しに問いかけながら、隣に座る藤倉さんを見る。

 思えば、移動中の馬車の中でもロムフェール公爵邸に着いてからも、藤倉さんは自分が置かれた境遇について一度も話そうとしていない。

 思慮深くて何事も一歩引いて人に譲る、大和撫子のような性格の藤倉さんなら、滅多なことでは自分から打ち明けたりはしないだろう。

 これが単なる俺の杞憂ならいいんだが、王宮での一幕を考える限りはとても楽観的にはなれない。

 藤倉さんが時々見せる、悲しみとも苦しみともつかない表情が、何よりの証拠だ。


 そんな俺の推測に遠慮がちに答えたのは、ゾアルデだった。


「剣聖カシマ様に対して、このような問いを為すをするのは非常に心苦しいのですが……」

「気にしなくてもいい。所詮しょせんは浮世を離れて、棒振りばかりの暮らししか知らない身からな、何でも聞いてくれ」

「カシマ様は、聖女についてどこまでご存じですか?」

「そうだな、魔の領域から人族を守護する、勇者に並ぶ英雄の中の英雄、ってところだな」

「おおむねその理解でよろしいかと存じます。では、数ある聖女の加護の中で最大最後の権能、その命を神に捧げることで魔の浸食を阻止する神聖結界術を行使できることは、ご存じでしたか?」

「風の噂程度には。……つまり、そういうことなんだな?」

「あくまで私が知る限りですが、召喚の儀式によって聖女の宿命を負って降臨なされたのが、そこにおわすフジクラ殿だとされているのです」

「ありがとう。そこまで聞けば十分だ」


 そう礼を言って立ち上がった俺を見て、ゾアルデとエリア、藤倉さんが呆気にとられた顔をした。


「カシマ様、いったいどちらへ!?」

「父からはここでお待ちいただいて、くれぐれも王国の問題に関わらせぬようにと命じられております!」

「ロムフェール公爵に迷惑をかけるようで悪いが、俺も立派な当事者だ。好きにやらせてもらう」

「鹿島くん、何をするつもりなの……?」


 そう聞いてくる藤倉さんの心の内は、あの時と同じように分からない。

 長い時を経て無事に再会し、もう一度想いを伝えることもできたが、告白の返事をもらうにはあまりにも状況が悪すぎる。


「まさか、危ないことをするつもりじゃないよね?」

「危ないことなんて何もないさ。死人は出ない。一週間ほど、地獄の痛みで夜も眠れなくなるかもしれないけど」

「……え?」


 ソファに立てかけていた二本の得物。

 タマモから送られた刀を腰に戻し、木刀は右手で握って、藤倉さんに笑いかける。


「ちょっと第二王子の性根を叩き直してくる」

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