第7話 逃避行?
剣筋っていうのはブレず乱れず、綺麗に通るのが理想なんだが、全ての斬撃がそれで正解なわけじゃない。
時には傍目から理解できない神技よりも、わかりやすく派手なパフォーマンスの方が、色々な意味で効果的だったりする。
そんなわけで、前の世界の知識を思い出してそれっぽく名付けた『兜割り』は、所期の破壊をもたらしながら見事に正門をこじ開けた。
「……鹿島くん、すごく強くなったんだね」
「いや、いくら据え物を斬ったところで、強さなんか測れないよ」
「あ、うん、そうなんだ、……据え物ってなに?」
なんてことを、なぜか一歩後ずさった藤倉さんと言い合っていると、一台の馬車が器用に瓦礫を避けながら正門前に停まり、おもむろに開いたドアから見知った顔が無言で頷いた。
誘われるままに藤倉さんと並んで座った向かいから言葉をかけてきたのは、騎士エリアだった。
「予定とは違う合流ですが、無事の御帰還、なによりです」
「ありがとう、助かったよ」
小さな瓦礫でも踏んでいるのか、小刻みに揺れながらゆっくりと馬車が動き出す。
特に妨害も追手もなく、やがて王宮から十分に離れた頃、寡黙で誠実な印象の女性騎士が口を開いた。
「それで、そこの下賤な売女は何者ですか?」
「え、私のこと……?」
「あのだな、騎士エリア」
「ただのエリアとお呼びください」
「エリア、彼女は藤倉さん。俺の古い知り合いだから、失礼な呼び名はやめてくれ」
「古い知り合い、ですか。私の知る限りでは、貴方がこの地を訪れたのは三百年前。少なくとも、ただの人族が知己を得る機会などないはずですが」
「じゃあ古い知り合いの子孫、ってことにしておいてくれ。あと、余計な詮索もなしで頼む」
「……承知しました。フジクラ殿、オルネシア王国騎士、エリアと申します。先ほどは失礼致しました」
「え、あ、藤倉愛里奈って言います。よろしくお願いします」
そんな女子二人(おそらく同年代)のぎこちない挨拶を聞きながら、何気なく高価そうな透明ガラスの向こうに目をやると、流れゆく風景に違和感を覚えた。
「なあエリア、ちょっと聞いていいか?」
「なんでしょうか」
「予定では、王宮から出たらこの馬車で、一気に王都の外に逃げるはずだったよな?」
「はい、そのように聞いております」
「でも、この方向は王都門じゃないよな?」
「おっしゃる通りです」
「……一応、理由を聞いてもいいか?」
「王宮内で騒ぎが起きたと私が判断した場合、問答無用でカシマ様を屋敷までお連れするようにとの、お館様からのご指示です」
「それって、俺に拒否権は?」
「有るには有りますが、強いて難点を挙げれば、恩知らずの無礼者の話が一つ、我が一族に未来永劫語り継がれる程度でしょう。せめて王宮の門と壁に何事もなければさほど問題もなかったのですが。もちろんカシマ様がどうしてもと仰るのならばお館様の意向に背いてでも王都の外へとお逃しいたします」
「……わかった、どこへでも連れて行ってくれ」
「かしこまりました」
~~~
「藤倉さん、ちょっと覚悟しておいてほしいんだけど、これからちょっと面倒なことになると思う」
「面倒なことって、心当たりがあるの、鹿島くん?」
停止した馬車のカーテンが閉め切られ、外の様子が一切見えない中、先触れのために馬車から出て行ったエリアがしばらく戻ってこないと見切りをつけた後、御者に聞こえないように藤倉さんに
「心当たりってほどじゃないんだけど、似たような展開になったことが何度かあったんだ」
「エリアさんみたいな騎士の人に案内されて、ってことだよね。でもこんな特殊な状況――あ」
「うん、これでも九百年、曲りなりにも生きてきたからね」
「それってつまり、エリアさんが私達を罠に掛けているって言いたいの?」
「それはないと思う。エリアのことは、知り合いの知り合いの知り合い、くらいの伝手で紹介されて、今日初めて会った関係だけど、一応信用はできる」
「じゃあ、何があるの?」
「歓迎は歓迎なんだよ。ただ、一部の人種にしか通用しない、見る人によってはとても野蛮というか……」
「お待たせいたしました、カシマ様、フジクラ殿」
そんな俺の躊躇いを遮るように、ノックの後に馬車の扉を開けたエリアの頬は、逆光のせいか若干赤くなっているように見えた。
「カシマ様、お手を」
「いや、俺はいいから、藤倉さんのエスコートを頼むよ」
「かしこまりました。フジクラ殿、足元にお気を付けください」
「あ、ありがとうございます。――え、こ、これって……!?」
藤倉さんが驚くのも無理はない。
俺の案内役を務めてくれたのは近衛騎士のエリアであることは間違いないが、そこまでの役職に就くにはそれなりの資格が必要になる。要は貴族の家柄だ。
もちろん、一口に貴族と言ってもピンキリで、農民と変わらない貧乏暮らしの小領主もいれば、毎日のように夜会の主役となって浮名を流す金持ちもいる。
そんな貴族社会におけるエリアの実家はというと、某東京のドーム球場くらいはすっぽり入りそうな敷地の中に、見事なまでの西洋風の屋敷が、広すぎる庭園の調和を乱さないように建っていた。
「ようこそロムフェール公爵邸へ、一族を代表して歓迎致します」
そんな、門前におけるエリアの丁重な挨拶を受けた藤倉さんはというと、王宮の門を俺が破壊した時と同じようにポカーンとした表情を、俺の目の前で晒していた。
~~~
「こちらです」
「え、あっちの御屋敷じゃないんですか……?」
遠目にも贅を凝らしたとわかる中央の本館ではなく、すこし手前にある長方体の建物へと案内されて戸惑う藤倉さんには悪いけど、俺にはちょっとした予感というか、確信があった。
一見すると倉庫のような高い屋根に、中に入る前から聞こえて来ていた無数の気合の声。
間違いなくロムフェール公爵邸の道場だろう。
「稽古やめ!!」
決して大きくはないが鋭く響き渡ったエリアの声に道場の喧騒がぴたりと止み、木剣を持った数十人の男達が一斉に左右の壁際に下がった。
下は十代後半から、上は六十近くまで。
年齢層は幅広いが、全員が鍛え上げられた肉体の持ち主だと服越しにもわかり、稽古熱の高さが
「父上、カシマ様とその御友人をお連れいたしました」
見所と思える道場の奥に立っているのは、五十過ぎの偉丈夫。
その堂々たる風格といい、今のエリアの言葉といい、おそらくはこの人物がオルネシア王国の大貴族、当代のロムフェール公爵その人だろう。
と思ったその時、ロムフェール公爵の体が震え出した。
「お、おおお……」
「か、鹿島くん、なんでこの人は泣いているの……?」
「ち、父上!?」
ちょっと俺の背に隠れるように後ずさる藤倉さんが可愛いが、これ以上怯えさせたくないので、厄介ごとの予感というか、この先起きる事態を確信しながら彼女を庇う。
「申し訳ないが、それ以上無言で近づくようなら敵意ありと見なすぞ」
「おおお、これはご無礼仕った。まさか、私の代にお迎えする栄誉に預かるとは……」
そんなうわ言を呟いて片膝をついたロムフェール公爵に倣って、左右の壁で待機していた男たちが一斉に同じ動きを取った。
その崇敬の念が向けられた先は、まあ俺だ。
「剣の龍、カシマ心刀流宗主の御来訪、このゲオルグ=ロムフェール、歓喜に打ち震えております。よくぞ御出で下さりました!! いざ、一手御指南を!!」
ほらな、こうなった。
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