09-1
三台の車列が、確信を持った動きで走る。それは藤間区の中心部にあるマンション群に向かっていき、やがてその中の、とあるマンションの前を通りがかったとき、地下駐車場から現れた車を見て急加速した。地下から現れた車も車列に気付いて加速を始めたが、間に合わずに体当たりをされ、停車した。
追われていた車から、坊主頭に丸眼鏡の痩せた男が現れた。必死に逃げようとするが、谷木に一瞬で追いつかれて地面に引き倒された。
「おい、てめえ!」
谷木が胸ぐらを掴んで男の顔に顔を近づける。丸眼鏡の男は鼻血を出していた。
「なんでさっきは意味わかんねえこと言った? なんで今逃げようとした?」
だが、男は声を震わせながらも、妙に勝ち誇ったような調子で言った。
「やっぱりそうだよな……お前ら、絶対そうだと思った! やっぱり〝あれ〟を持ってるんだろう!」
「〝あれ〟ってなんだよ」
谷木が男の顔面に頭突きをした。
「さっさと教えろ」
だが男は谷木の気迫を目の前にしつつ、恐怖なのか笑いなのかよくわからないニタニタとした表情を浮かべて、大声で叫んだ。
「俺は……俺は、俺は関係ないぞ」
「あ?」
谷木はもう一度頭突きをした。
「ぶっ」
男の唇が盛大に裂け、血がポタポタと垂れ落ちる。だが口の中に流れ込む血でガラガラとした声で、男はまた叫んだ。
「俺は聞かれただけだ。答えてもいない! 俺はなんにもしてないんだ! 俺はあんたたちに報告だってしたんだ。殺すなら俺じゃなくて、こいつらだ!」
「……」
谷木が男の胸ぐらから手を離した。男は地面に崩れ落ちる。
二人をじっと見ていたわたなは、それでようやく気がついた。
周囲を見渡すと、とても異様な雰囲気がした。
なんということのないマンション前の道路に、明らかに不自然に人がいる。そのほとんどは若い男で、服装は歳の割には奇妙に洗練されていて、そして明らかに堅気の人間ではない。
囲まれている。わたなはすぐにそう理解して、全身に鳥肌が立つのを感じた。
しかし。
「……なんだ、ビビったぜ」
逆に谷木からは殺気がが抜け、代わりに別の緊張が満たしたのがわかった。
周囲を囲む男たちの中から、目立って身なりの良い一人の男が、歩いてこちらにやってくる。
谷木が言った。
「お前ら、頭を下げろ」
そこにいたチームの全員が、揃って一礼した。わたなもそれに倣う。
谷木は頭を上げると、その男――判場に言った。
「すみません、ご迷惑をおかけしています。少しこいつに用事があったんですが……何かご用件でしょうか?」
判場は倒れて気を失っている男を見下ろしてから、谷木に問いかけた。
「お前、こいつに何か聞いたそうだな」
谷木ははっきりと答える。
「はい、軍事物資について尋ねました」
「その番号は?」
「〝S99-A1-0055〟です」
「その番号をどこで知った?」
「はい、とある筋から依頼を受けたのですが、その番号が……」
「見え透いた嘘をつくな」
谷木の表情が強ばるのがわかる。
一拍置いて、谷木は本当のことを言った。
「軍幹部からの情報で襲った車に、それがありました。研究データの入ったディスクだと聞いていたのですが……」
「それは黒いプレートだったんだな?」
「……はい」
判場は何かを知っているようだった。
「お前はそれが何なのか、知っているのか?」
「いえ。なのでそれを、こいつに聞こうとしました」
「そうか」
判場はそう言うと、紙巻を取り出した。谷木が火を点けると、判場はそれをしっかり吸い込んだ。
谷木は言った。
「……ボス、あれはいったい何なのでしょうか」
「黙ってろ」
「はい」
それから判場は、一歩一歩ゆっくりと、無作為に道路を歩き出した。歩きながらこちらのメンバーにひとりひとり視線を向ける。そして最後にわたなと目が合うと、ふっと息を吐いて、意味ありげに笑った。わたなは表情を変えずに判場を見ていた。
判場は谷木に言った。
「で、それは今どこにある?」
「はい。俺の車の中にあります」
周囲にいた男たちは、その言葉を聞いて迅速に動いた。ピックアップのドアを開けると、例のスーツケースからそのプレートを取り出し、判場に見せた。
「ありました」
「丁重に運べ」
男たちの数人が車に乗り込んで走り去る。
それを見送り、判場は言った。
「お前たち、一人殺したらしいな。その相手が誰だったか、お前知ってるか?」
「民間の警備業者だと聞いています」
「他はそうだろうけどな。でもお前らが殺したやつ、あいつだけは警察だ」
判場の言葉に、谷木は声を失った。
「……そんな話は……聞いていません」
判場が鼻で笑う。
「そりゃそうだろ。警察だって、あれを運んでいることは公表してない。公表したら、なんでそんなものを運んでるのか言わなきゃいけなくなっちまうからな」
判場はずっと、肝心のそれが一体何なのかを避けたまま話し続けていた。わたなはもどかしい気持ちを抱えたまま黙って判場を見ていたが、その視線に気付いた判場が、肩をすくめて言った。
「しょうがない。今すぐ言わなきゃ殺してやるってくらいの勢いでこっちを見てるやつがいるからな。あれが何か、教えてやるよ」
判場は言った。
「あれは〝セプター〟だ」
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