09-2


「!!」


 そこにいた全員の顔に驚きの色が呈される。それはわたなも例外ではなかった。

 セプター。霧島での戦争で、その破壊力の絶大さが知れ渡った兵器だ。

 〝魔法少女〟と呼ばれる特定の存在の手にそれが握られたなら、兵士たちは焼き払われるしかない。同じ魔法少女でしか魔法少女には対抗できず、故に霧島の戦いでは魔力とかいう力を持った少女たちが、国中から血眼で探され、根こそぎ動員され、その結果として双方に多大な被害をもたらした。


「なんで、セプターを警察が……? 魔法少女の杖ですよね? なんでそんなブツを、警察が運んでたんですか?」

「さあな、細かいことは俺は知らん。だがまあ、なんとなく想像は付くだろ」


 判場は吸い殻を放り捨てると、こちらに言った。


「さて、お前らも状況は理解できたか? ここからお前らは、どうやって落とし前をつける?」


 その問いは谷木に向けられているように見えて、わたなに向けられたものであることは明らかだった。

 警察は、セプターを確保して何かをしようとしている。それはおそらく、警察組織での魔法少女の活用だ。

 だが、そのための物資をわたなたちは襲撃し、奪ったあげく、そこにいた警官まで殺してしまった。

 両元会と、そのさらに上にいる九杯社は、警察と共存関係を結ぶことで生き残りを図ってきた。偶然の事故とは言え、その警察を標的にしたのなら……。

 わたなは絶望的な状況を前に、必死に頭を働かせようとした。ここからできるだけダメージを負わずに切り抜ける方法を。そしてそれを期待しているのは、おそらく判場もだ。わたながこれからどう返してくるのかを、判場は試すような目で見ていた。

 だが、何も出てきそうにない。

 急に事態が悪化しすぎて、状況を整えるには何もかもが足りない。

 わたなはそれでも何かないかと思い、周囲に目を回していたが、そこで恐怖に耐えかねた谷木が、いらないことを口走った。


「なんで……」

「あん?」


 判場が谷木の方を見る。


「なんで……そんなことを俺たちに喋るんですか? こんなことまで喋っちまったなら……」


 その疑問を言ってしまったら、もう終わりだ。

 判場は時間切れとばかりに残念そうな顔をして、言った。


「お前らもどうせ死ぬなら、理由くらい知ってから死にたいだろ?」

「えっ」

「とりあえず、セプターは回収した。これはもとあるはずの場所に返却しよう。だがそれ以上に、この規模で向こうの顔に泥塗っちまったんなら、『そんなつもりはなかった』なんて言葉でぐちぐち言うんじゃ何の意味もない。自分の身を切って、行動で証明しないとな」

「それは……つまり……」


 谷木がかたかたと震え出す。わたなは自ら墓穴に飛び込んでいく谷木を、黙って見ているしかなかった。


「蒲原は死んだ。次はお前らの首を、セプターと一緒に並べて警察に差し出す。そうしないと、俺や社の方にまで火の手が及ぶんでな」

「ああ……」


 谷木が崩れ落ちる。

 わたなは周囲に目を回した。どこかに逃げる場所はないか。だが判場が連れてきた連中は、一分の隙もなく周辺を囲んでいる。わたなの背後から、ひたりひたりと絶望が歩いてくるのを感じる。


「悲しいよ。お前らのことは、俺も実の子供かってくらい手塩に掛けてきたつもりだったんだが……こんなことになっちまうなんてな」


 判場は懐に手を入れ、わたなの目を見た。

 わたなの肩に、絶望が手を置こうとした。


 そのときだった。


「邪魔だ、どけ!」


 そう上から声がしたかと思うと、サッカーユニフォームを着た男の子が、空から降ってきた。

 いったいどこから降りてきたのか。衝撃を吸収するために全身を使って転がってから、その子はわたなたちの目の前を突っ切ろうとする。

 驚いて反応が送れた判場。男の子は道のど真ん中を塞ぐ判場を突き飛ばして走っていく。体格に大きな差があるというのに、判場はなぜか面白いくらい、簡単に転がされてしまっていた。


「なんだあいつ!?」


 誰かがそう叫ぶ。銃口が一斉にその子の方を向いた。男の子の目がはっと見開かれたかと思うと、彼は瞬時に遮蔽物に隠れると、そのままさらに奥の方へと走って行く。その先は行き止まりだったが、いったいどういう身体能力をしているのだろうか、男の子は一回のジャンプでその子の二倍はあろうかという壁をよじのぼり、さらに向こうへ飛び越えていった。

 そして、その激しい動きの中で、脱げかけていた彼のキャップが地面に落ちた。キャップの中に隠されていたボブカットが露わになる。

 わたなはその顔を見て、一瞬見とれてしまった。そして気付く。


――この子、男の子じゃない!


 すぐに目の前の出来事に意識を戻すと、その子が去って行った直後に、どういうわけか、後ろから警察が数人現れる。


「待てぇ!」


 そう叫んで走る警官たちは壁の下に落ちたキャップを確認すると、すぐに後ろに回りこむために、道を引き返そうとした。

 だが、そこで谷木が叫んだ。


「たっ、助けてくれ! 殺される!」


 助けを求めて走り出す谷木に、振り返る警官たち。その顔に、一様に困惑の色が広がる。

 そういえば、ここにいるこの堅気じゃなさそうな男たちはなんなんだ。

 この血を吐いて倒れてる男は。

 そういえば今転んだところから立ち上がったこの男、どこかで見たことある顔の気がする。

 警官はこの一瞬で生まれた意味不明な状況への理解をなんとか形作ろうとしていたが、そうして発生した状況の混乱を千載一遇のチャンスと見て、一気にチームの全員が散っていった。

 もちろん、わたなも逃げ出した。

 両元会の男たちも瞬時に反応し、チームを追いかけ始める。

 わたなは全力で谷木の車に向かって走り出すと、差しっぱなしの鍵を回して一気にアクセルを踏んだ。振り返ると、背後から組員たちが全力で追いかけてくるのが見えた。拳銃で狙いを定めようとする者もいたが、流石に警官の前で発砲はマズいと思ったのか、それともすぐに追いつくと判断したのか、それ以上追いかけてくることはなかった。

 背後に遠ざかっていく彼らをルームミラー越しに見ながら、わたなはぼんやりと呟いた。


「あの子、女の子だった……」

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