08-2
「春条!」
急に意識が現実に戻った。
「春条、何やってる! 逃げるぞ!」
副リーダーの谷木が、わたなの肩を叩いていた。
「あ、ああ、はい」
わたなはすぐに立ち上がって、谷木のピックアップの後部座席に乗り込んだ。
運転席に座っていた谷木が、すぐに車を動かす。
「リーダーは?」
わたなが聞くと、谷木は首を振った。
「病院に運ばせてる。腹を撃たれてたからかなりマズい。だけどとにかく俺たちは、それを倉庫に運ぶしかない。それが今日の仕事だ」
「はい」
わたなは自分の抱えていた青いスーツケースを見下ろす。手には鍵が握られたままだった。
ふとわたなは言った。
「ディスクは回収できましたか?」
谷木は答える。
「芦原の車の中からはなんも出てこなかった。たぶんお前が今抱えてるのがディスクだ。開けてみろ」
言われたとおりにスーツケースを開ける。中身の大半はグレーのスポンジの緩衝剤で満たされていて、中心にくりぬかれた穴に、それは埋もれていた。
長方形の塊。携帯端末を縦に二つ繋げたようなサイズ感だが、これはもっと薄っぺらくて、角は鋭利で、そして黒くマットなコーティングがされていた。持ち上げてみると、見た目の印象よりもずっと軽い。
「これがディスクなんですか?」
わたながそう言うと、谷木が振り返った。わたなが手に持っているものを見て言った。
「そうは見えねえな」
「ですよね」
「だけど、特別なものだからかもしれねえ。細けえことは後で考えるぞ」
わたなはいろんな方向からその塊を見てみた。
最初は気付かなかったが、よく見ると側面に何かの刻印がされている。
「なんか書いてあります。アルファベットと数字です。何かの型番とか、シリアルナンバーっぽく見えるんですが……」
「なんて書いてある?」
「〝S99-A1-0055〟……」
「S99……?」
谷木は首を傾げた。
「わかりますか?」
「いや、思い当たるもんがない」
車を走らせながら、谷木はポケットから電話を取りだした。
「詳しい奴に聞いてみるか」
谷木は片手で電話を操作して、誰かに繋げる。
すると、向こうから何かこちらを批難するような甲高い男の声が聞こえてくる。谷木は面倒そうに声を聞き流しながら、尋ねた。
「……ああわかった、わかったよ。それの話はまた今度しよう。それより聞きたいことがあるんだが、良いか? ……いや、大した話じゃないんだよ。お前、〝S99-A1-0055〟って番号、聞いたことあるか?」
向こうから聞こえる声が収まった。やがて何かを確かめる声が聞こえてきて、谷木はそれに答えた。
「……ああそうだ、軍需物資の中に、そういうのがあるらしいんだよ。それを手に入れろって仕事があったんだけどよ、だが肝心要のそれが何なのかってところを何も教えちゃくれないんだよ。お前ならわかるんじゃないか?」
わたなはぼうっと谷木の方を見ていたが、やがて、会話が途切れていることに気がついた。いらだった様子の谷木が、電話口で問いかけている。
「……おい、聞いてるのか? なんで黙ってる?」
意外なほどトーンの落ちた男の声が、向こうから聞こえてくる。男の言葉を聞いて、谷木のこめかみがぴくりと動くのが見えた。
「受けない方が良い? なんでだ?」
だが、向こうから答えはない。
次の瞬間、谷木が怒りを滲ませながら言った。
「……お前、何か知ってるよな?」
谷木の声色が変わる。喉でライオンを飼っているのかと思うくらいにドスの利いた声で、谷木はまくし立てる。
「お前、俺たちのことを舐めてるのか? お前みたいなクズ野郎が誰にも何も知られずに今の立場を守ったままのうのうと真面目くさった顔で表を歩けるのは、いったい誰のおかげだと……」
しかし、向こうから甲高い声が再び聞こえてくる。谷木が意表を突かれたように言葉を止める。そして、向こうの言葉に応答した。
「……ああ? 本当だ、そういう依頼を受けたんだ。だからお前にこんな聞き方をしてるんだろうが。さっきからお前、何を隠してるんだよ。ああ? ブツがここにあるわけねえだろうが。だから俺は……」
そして谷木は口を閉じると、静かに携帯を耳から離す。そしてそれをポケットにしまうと、助手席を全力で殴りつけた。
「大丈夫ですか?」
わたなが問いかけると、谷木が憎々しげに吐き捨てる。
「……切りやがった。あいつ、それが何かを知ってるみたいだ。そしてどうも、何かに怯えている。なんなんだそれは? 見るからにディスクって感じじゃないが、ヤバいものなのか?」
わたなは言った。
「捨てましょうか? 知らんぷりすれば、まだ間に合うかもしれません」
「それはそいつの正体が何かを知ってからで良い。売れるものなら売る。ヤバいものなら安全に捨てる。そうじゃなきゃ意味ねえよ」
そして谷木は、仲間に一斉連絡をした。
「行き先変更だ。今日のブツは怪しい。これから無口な情報屋を締め上げに行く。来れる奴は付いてこい」
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