07
わたなは全ての説明を終えると、銃を机の上に置いた。
「そこにあったのがこれです。あなたが何のためにこんなものを保管してるのか知りませんけど、一人で使うには、ちょっと多すぎます。だったらなんのためか? なんとなく想像は付きます」
判場がわたなをじっと見つめていた。その相貌は、これまでのように活力にあふれた大きな丸い目ではなく、何の感情を込められていない、どんよりとした目だった。普通だったらあまりの不気味さに声も出せなくなりそうなそのまなざしは、わたなの脳髄の奥の熱に身を任せた意志を折ることはできなかった。
「結局あなたがここに良く来るのは、倉庫の状況を確認しに来るためですよね。あなたが子供の未来に対して本当はどれくらい興味があるのかは知りませんが、こんなものまで探し出して、犯人の目の前で怒鳴り散らしてる私に、もしできるなら、また同じことを言ってみてくれませんか。焦るな、ゆっくり考えろって。ほら!」
言い切ると、わたなは上下する肩を押さえるためにつばを飲み込んだ。
何かがこみ上げてきて、両目が一気に潤んだ。
そして、もう一度わたなは頭を下げた。
「……お願いします。私をあなたの下で働かせてください。私は今に何の不満もないけれど、あなたがいる場所が、なぜだか羨ましくて仕方がないんです。ここであなたが断っても、どうせ別の手段でそっちに行こうとすると思います。だから……」
判場が口を開いた。
「ひとつ聞かせろ」
わたなは顔を上げた。
「……なんですか」
「なぜ最初に、俺が怪しいと思った? お前の行動は狂気じみている。あの薄っぺらい説教の何が、お前にそこまでの確信を与えたんだ?」
――確かに、なんでだろう。
そういえば、私はあの会話の後、すぐに判場が怪しいと思って行動を始めた。それで調べはじめて、後から根拠を見つけていった。だけど、なぜ怪しいと思ったのだろうか。
わたなは思ったままのことを言った。
「……直感です」
「直感?」
「雰囲気……です。最初に会ったときから、この人、絶対なんか隠してるなって思ってました。たぶん……それだけです」
だが判場は更に質問した。
「なぜ隠してると思った?」
「いや、それは、だから直感で……」
わたなはうろたえながらそう言いかけたが、それが判場の求める答えじゃないことはわかっていた。
なんでそんな直感が来たのだろうか。
そう考えると、わたなは言い直した。
「親近感です。あなたは私とよく似てる、だから悪いことをしてる。そんな気がしたんです」
それを聞くと、判場は憎らしそうに舌打ちをして、ニヒルに笑った。
「わかった。着いてこい」
*
わたなが判場の車に乗せられ連れて行かれた先は、雨裏区の端、軍港と新港区の境界近くにある、海辺の大倉庫だった。
判場がそこに現れると、そこで働いていた人たちがさっとはけていく。倉庫の中から慌てた様子の若い男が現れて、判場にきっちり頭を下げた。
「お早いお着きで。迎えを寄こせず失礼しました」
「おう、蒲原」
蒲原と呼ばれた男はきっちり頭を上げると、わたなを見た。
「そのお嬢さんは?」
「こいつがさっき言った面白い奴だ」
すると蒲原は目を丸くする。
「このお嬢さんが?」
「ああ。蒲原、お前、こいつに仕事を見せてやれ」
「それは……」
蒲原は少し気が引けた様子で尋ねる。
「失礼、この子に見せて本当にいいんですか?」
判場は強く頷いた。
「ああ。こいつにそういう扱いはしなくていい」
「はあ、わかりました。見せるだけですか?」
「いや。すぐに仕事に関わらせろ。それで使えそうだと思ったらお前のチームで使え。だめそうだったらすぐに返せ」
「わかりました」
判場はわたなの肩を叩くと、そのまま車に戻っていった。
「じゃあ、俺はここまでだ。何もなければ一ヶ月後に様子を見に来る。お前はこいつの下できちんと勉強するんだな」
そして扉を閉め、走り去っていった。
判場の車を頭を下げて見送ると、蒲原は倉庫に向かって歩きながら、わたなに手招きをした。
連れて行かれた先は、一見何の変哲もない食料品の倉庫だった。品目ごとにエリアが分けられ、大小様々な袋が所狭しと積み上げられている。
蒲原はその中を大股でずんずんと進み、置いて行かれそうなわたなが早歩きをしていることなどお構いなしだった。
「お前、名前は?」
「春条わたなです」
「春条、俺の仕事を当てろ」
見た目おおよそ三十代くらいの蒲原は、判場よりも口調がきつく聞こえる。
わたなは周囲を見回した後、先をグイグイ進んでいく蒲原に答えた。
「二つあると思います」
「言え」
「一つは軍から売却された余剰食糧の卸売り、もう一つはそれを隠れ蓑にした武器の密売です」
「判場さんから聞かされたか?」
「いえ、ここの雰囲気と、商品の一つを見たことがあるからです」
「どれのことだ」
「グループホームで銃を見つけました」
すると蒲原はどういう誤解をしたのか、鼻で笑った。
「そりゃ不運だったな」
馬鹿にされるのは心外だった。わたなは言った。
「いや、自分から見つけに行ったんです。それで判場さんに、黙ってやるから仲間に入れて欲しいって言いました」
蒲原の声色が下がる。
「判場さんを脅したってことか?」
「そうです」
「いったい何のために?」
「私もああなりたかったから」
蒲原が歩きながらこちらを向くと、言った。
「そりゃ気に入られるわけだ」
*
両元会。
それがわたなが加わることになった、判場が治める組織の名前だった。
この国ができる前から存在していた秘密結社の系譜を継ぎ、碧浪港市の裏を牛耳る大組織・九杯社。その主要な傘下組織の一つである両元会は、新港区、雨裏区、藤間区を中心に、数多くの取引に関わってきた。
わたなが加わったのはそんな両元会の中の一チームで、特に軍関係の仕事を中心に、関係することならなんでもやっていた。いかにも犯罪結社然とした強盗や賭博、薬物取引のような仕事にはあまり縁のない、比較的安穏としたチームだった。
ちなみに初日にわたなが問われたクイズは、それぞれ惜しかったらしい。今はとにかく荒廃した霧島に食料を持っていく必要があったから、軍に余剰物資なんかなかった。
「俺たちが扱うのは余剰品じゃない。廃棄品を処分する業者だ」
蒲原は言っていた。
「見るからに腐りかけで、霧島のガキに食わせでもしたらメディアにぶったかれちまうような代物が、ここに集まってる。どうだ、ここの空気はそんな臭いがするだろ?」
蒲原はそんな腐りかけの食料品の数々を新鮮なものに紛れ込ませた上で、普通の食品よりちょっとだけ安くして食品加工業者に売る。業者は安ければ多少怪しくても目を瞑るし、消費者は原料の何パーセントが廃棄品だなんて気づきはしない。
そしてもう一つ、武器の密売にも関わっていないということだった。
蒲原たちがするのは分解された銃のパーツを食品の中に紛れ込ませて運び出すことで、組み立てと売り買いは別の人間がやるらしい。こうすることで自分が何に関わっていたのか知らなかったという言い訳が成り立ちやすいらしい。
わたなはそういう、いろんなこまごまとした知識を、蒲原に付き従い仕事を補佐する中で覚えていった。
気付けば判場を脅迫してここに入ってから、もう半年が経つ。
蒲原は当初、一週間後には泣いて帰るんだろうと踏んでいたらしい。だが半年経ってもわたなが平然としているのを見て、最後には仲間として受け入れることを許したようだった。その頃にはわたなはもう、それ以前の自分がどう生きていたのか思い出すのが難しいくらいになっていた。
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