第14話 対マルグ戦
14 対マルグ戦
あの時同様、マルグの姿が消える。
狩南とイスカダルは、それを止める事が出来ない。
反射的に、狩南はこう直感した。
「やっぱり――瞬間移動っ?
彼女は自由に自分の居場所を――変える事が出来るっ?」
だとしたら、非常に厄介だ。
マルグは好きなタイミングで、好きな様に攻撃が出来る事になる。
対してイスカダルの能力に、瞬間移動は含まれていない。
いや、ソレに近い事は出来るがその為には重要な条件があった。
(何にしても、ここまでは計算通りか――)
前述通り、ダンティス側が自分達の妨害工作に及ぶ事は既に読んでいた。
マルグが真っ先に紫塚狩南を殺そうとしている事も、分かっている。
恐らくマルグ側も、狩南と同じ結論に達したのだ。
狩南さえ殺せれば、今の何らかの不具合を起こしているクリスタの人格も消せると。
そうなれば、ダンティス側は圧倒的に有利になる。
それこそ、勝敗を分かつと言い切れてしまう程に。
(故に――私の任務は非常に重要。
まだ力が戻り切れていない殿下の代りに――私がクリスタの命脈を断つ)
転生者は蘇生してから数日たたなければ、完全に力は使えない。
ゲーテが先に目覚めたイスカダルに及ばないのも、その為。
何の能力も使えないゲーテでは、イスカダルの目を掻い潜り、狩南を暗殺するのは難しい。
いや、ゲーテ自身が言っていた通り、今の彼では率先して狩南を殺す事は出来ないだろう。
ゲーテはそう判断して、狩南の暗殺をマルグ・トリアに一任した。
彼女の能力なら、狩南を暗殺しきれると全幅の信頼をおいて。
(仮に連中が狩南の暗殺も視野に入れているなら――そう考えるのが妥当)
マルグの最初の一撃を受け止めたイスカダルは、これが単純な足止めではないと感じた。
マルグは狩南が目覚めきらない内に、彼女を暗殺しようとしている。
だとすれば、どうする?
(このままマルグを、迎え撃つべきか?
それとも――狩南の身の安全を最優先にする?)
狩南には、マルグを討つ事がダンティス側の戦力を削る事に繋がると説明した。
だがマルグの能力が暗殺に特化した物なら、イスカダルも方針を改めなければならない。
彼は狩南を守る事に、専心しなければならないだろう。
(そう。
狩南を失えばクリスタが消滅し、仲間集めも滞る)
いま仲間を見つけ出せるのは、狩南だけなのだ。
その狩南を殺されれば、コーファイン側は二重の意味で損害を受けるだろう。
これもマルグの計算通りかと感じながら、イスカダルは狩南の体を抱き抱えた。
「――へっ?
ちょっと、イスカダルさんっ?」
(厄介なのは――マルグの気配を私が全く感じ取れない事)
お蔭で狩南は間が抜けた声を上げ、イスカダルはソレを無視して疾走した。
彼は人ごみを縫う様に走り始め、絶えずその位置を変える。
マルグに狙いを定めさせない様に動き回り、狩南の身の安全を確保しようとする。
(だが、このままマルグを放置すれば、同じ事が続くだけ。
やはり彼女を倒す必要が、私達にはある)
それも、分かり切っていた事だ。
マルグが狩南を暗殺する気である事も、マルグを倒さない限り仲間集めが滞る事も分かっている。
ただ、この状況を打開する方法だけが、狩南には分からない。
(このままじゃ、防戦一方になる!
私が足手まといな限り、イスカダルは攻撃に専念できない!)
思った以上に、戦況は悪い。
イスカダルに狩南という枷がある限り、これはただの狩りだ。
マルグという優秀なハンターが、コーファイン側を一方的に蹂躙する、狩りに過ぎない。
事実、イスカダルは直ぐ横に居るマルグの姿を捉える。
彼女は蹴りを突き出し、狩南の頭部を破壊しようとする。
それを脇目もふらずに疾走する事で回避する、イスカダル。
マルグの姿は次の瞬間、消失して、彼はまたも標的を見失う。
後は――その繰り返しだった。
マルグは、今も街を走り抜けるイスカダルの死角に現れては、狩南を攻撃する。
マルグは、攻撃を躱されては、その姿を消失させ、行方を眩ます。
狩南が感じている通り、完全に劣勢。
ただ狩南は、マルグもまた決め手を欠いている様に思えた。
(ソレも全ては、イスカダルの回避能力のお蔭!
彼の身体能力が完全にマルグを上回っているから、私は今も無事でいられる!
でも――ソレは何時までもつっ?)
イスカダルの体力がマルグより先に尽きれば、いかな彼とて狩南を守り切れまい。
それとも能力を使っているマルグの方が、体力の消耗は大きい?
現時点では、狩南には判断がつかない。
彼女に分かっているのは、このままでは完全な消耗戦になるという事だ。
よって狩南は、彼の名を呼ぶ。
「……イスカダル!」
「ああ、奇遇だな。
多分――私と君の考えは同じだ」
イスカダルが、狩南を地面に下ろす。
彼はそのまま五メートル程、狩南から離れた。
ソレを見て――マルグ・トリアは一笑する。
(成る程。
狩南さんを囮にする気、ですか。
文句も言わずにイスカダルに従う辺り、なかなか肝が据わっていますね、彼女は――)
イスカダルは狩南を殺す為にマルグが姿を現した瞬間、超速で接近して彼女を倒すつもりだろう。
実に――単純な戦術。
だが、ここまで好条件を提示されて尚、狩南を殺せない様ではマルグも打つ手がない。
マルグは熟考した末に、自分の手の内を明かす事にした。
彼女は自身の能力をフル活用して――紫塚狩南を殺害する事にしたのだ。
「げ!」
「え?」
故にその光景を目撃した時、イスカダルは彼らしくない驚きの声を上げる。
それにつられて周囲を見渡せば、狩南もまたあり得ない物を目撃した。
(な――にっ?)
見れば自分の周囲に、マルグ・トリアが居る。
但し、彼女は一人では無かった。
あろう事か――マルグと同じ姿をした女性の数は五万人を超える!
その全てが狩南の命を摘み取る為に、拳や蹴りを突き出している。
この常軌を逸した光景を前にして、イスカダル・コーファインは咄嗟に反応した。
「くっ……!」
彼は予定通り超速で狩南へと接近し、彼女を再度抱き抱えて――力の限り跳躍したのだ。
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