第13話 この連中は……
13 この連中は……
「というか、何か退屈ー。
ねえ、イスカダル――何か面白いこと言ってよ」
「………」
街を歩き続ける私が普通に告げると、イスカダルはお化けでも見た様な目で私を見た。
「はぁ。
私に面白い事を言えと?
それはある意味、芸人につまらない事を言えと言うような物だぞ」
「そうなんだ?
じゃあ――イスカダルって童貞?
それとも、もう経験はあるの?」
「……やはり、君は恐るべき女だな。
出会ってから二時間も経っていない男に、真顔でそんな事を訊くとは。
私としては宣戦布告だと思えるのだが、これは間違い?」
「んん?
つまりイスカダルは、童貞って事?」
私がそう解釈すると、彼は此方を振り返って首を傾げた。
「なあ――正直に答えたら殺してもいいか?」
「いえ、それはちょっと困るかな?
で――童貞なの?」
殺せる物なら殺してみろという意気込みのもと、三度問う。
果たして、先に折れたのは私を殺せない彼の方だった。
「残念ながら、経験はある。
私が私として目覚める前に、この体の主が済ませてしまった。
何せ私も、今年で二十七だからな。
普通に社会人をやっていれば、その程度の事は普通にあるだろうよ」
「そうなんだ?
ねえ、セックスってやっぱり気持ち良いの?
男性的にはどうなのよー?」
「あのな、言っておくが私は君の親戚の伯母さんではないんだ。
そういう事を、同性に訊く様に気軽に話されても困る。
後――そろそろ殺していいか?」
やはり真顔で言い切るイスカダルに対し、私は肩をすくめた。
「いえ、私だって同級生の男子にこんな事、口が裂けても訊かないわよ。
ただイスカダルって浮世離れしているから、あんまり異性って感じがしないのよね。
どちらかと言うと、お父さんって感じ?」
「君は父親に、性の悩みを相談しているのか?
どれだけ淫乱なんだ?」
「あー、淫乱って言った!
私、これでも気にしているのに――っ!」
本気で怒ると、イスカダルもヤレヤレといった感じで肩をすくめる。
「いや、いや、いや、怒りたいのは私の方だよ。
で、何だっけ?
君が早く異性に抱かれたいって話だったか?
淫乱だから」
「違いますー。
私だって、相手は選びますー。
そういう意味じゃ、イスカダルは完全にアウトね。
だって、実は不能そうなんだもん」
「……そうだな。君を相手にしたら、立つ物も立たないかもしれない」
何やらボソリと口にする、イスカダル。
全く聞こえなかったが、何か失礼な事を言われた気がする。
というか、私達はいま間違いなく、最低な会話をしていた。
「私達ではない。
最低な会話をしているのは、間違いなく君だけだ。
……全く、奔放な所はクリスタと同じだな。
いや、やはりそういう事か?」
「んん?
そういう事って?」
今度は私が首を傾げると、イスカダルは鼻で笑って前を向く。
「いや、何でもない。
つまらない事だから、忘れてくれ」
「………」
けれど、それだけで、私は彼が何を思っているか、分かってしまう。
「……そっか。
薄々気づいていたけど、私はやっぱりクリスタの影響を受けているのね?」
「………」
そうだ。
そうでなければ、この状況は説明がつかない。
私が、こんな精神状態の訳がないのだ。
何せ私はつい二時間前に、現実離れした状況に陥った。
好きな男子の人格が変わり、敵視されて、殺すとまで言われているのだ。
その上、私も明比佐の様に、いつ人格が変わってもおかしくないという。
それは、紛れもなく、紫塚狩南の死を意味している。
一般的にはどう思われているかは分からないが、私にとって人格の死は生命の死と同義だ。
私はいつ死ぬか分からない状態で、自分とは何の関係もない殺し合いに参加している。
だというのに、私は何故か冷静だった。
混乱も最小限で、愚痴も殆どもらさない。
錯乱してもいい筈なのに、こうして呑気にイスカダルとお喋りなんかしている。
イスカダルも私にとっては厄介者の一人の筈なのに、私は彼を敵視していない。
恐らく、ソレは異常な事だ。
普通の人間ではありえない、異常な心境と言って良い。
紫塚狩南はもっと恐慌するべきなのに、私は半ばこの状況を受け入れていた。
それはきっと、私の中のクリスタ・コーファインがそうさせているからだろう。
彼女の精神が私の意思に影響を及ぼし、私を冷静足らしめているのだ。
それはクリスタが――私になり代わる兆候の様に思えた。
けれど、そうと分かっているのに、私はやはり落ち着いている。
この矛盾が原因になって、漸く私の心に影をさしている様な感じだ。
ここまで思いつめないと、私は自分がおかれている異常な立場を異常だと認識できない――。
私がまた足を止めて俯くと、彼は初めて苦笑したように見えた。
「全く、君は無駄に聡明だな。
私が一々説明せずとも、自分で墓穴を掘ってしまうんだから。
少なくとも、私が知るクリスタはそこまでバカじゃなかった。
君は彼女とは、似ても似つかないよ。
だから、そう深刻な顔はするな」
「……何よ。
それって、慰めているつもり?
だとしたら、下手くそにも程があるわ」
「そうだな。
私は元々、子供のおもりは苦手なんだ。
今までは、ただの一兵士として戦ってきたから。
ま、領地を治めた事もあったが、やはり私は戦闘員の方が性に合っている。
だから君の慰め方も分からないし、仮に慰め方を知っていてもそれは私自身の為の物だろう。
君が落ち込んでいる姿を見ているのは気が滅入るから、君に元気になって欲しいだけ。
それは多分、ただの偽善だ。
極めて利己的な物で、間違いなく君を想っての行動じゃない。
そういう訳だから、私はこれ以上君を励ませない。
君には、好きなだけ落ち込むだけの権利がある。
本当に辛いなら、この戦いから降りるという選択肢もあるだろう」
「………」
イスカダルはそう言うが、私は首を横に振るしかない。
「冗談。
あなたはやっぱり、悪魔的だわ。
私にはその選択肢だけはないって、分かっているんだから。
私はどんな気持ちになろうと、この戦いを続けるしかない。
何時クリスタに変わるか分からない私は、そうなるまで待つ事は出来ない。
私が落ち込んでいる分だけ明比佐を元に戻す方法が遠ざかるなら、私に立ち止まる暇はないわ。
そうよ、イスカダル、私はもう決めてしまったの。
例えこの身がどうなろうと、私は東国明比佐を取り戻すって。
彼と共に歩む未来こそが、私の一番の望み。
そう言ったエサが目の前にチラついているのに――どうして立ち止まれるって言うの?」
故に、私はまた歩き出す。
つまらない事に気をとられて、歩みを止めるのはここまでだ。
私は自分がなすべき事が分かっているのだから、早くそれを果たさないと――。
「……そうか。
なら、いい」
この精一杯のやせ我慢を笑う様に、イスカダルは口角を上げる。
私を励まさないと告げた彼は、ただその笑みを以て私の背中を押していた。
彼は私と共に肩を並べて歩き始め――そしてソレは起きたのだ。
「――つ」
「え?」
それは、あの時の再現だ。
何時の間にか明比佐の傍にいたあの女性が、今度は何時の間にか私の横に立って拳を繰り出す。
ソレをイスカダルは察知して――彼女の拳を受け止めていた。
「――マルグ・トリア」
「ええ、こんにちは――イスカダル・コーファイン。
またお会いしましたね」
だが、彼女の姿は一瞬で消失し――ここに対マルグ・トリア戦は開始されたのだ。
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