第3話 何なんだろうな、このカップルは?

     3 何なんだろうな、このカップル?


 それから私は、不敵な笑みを浮かべる。


「そっかー、そっかー。

 今日も私の料理は、美味しかったのね。

 でも、ちょっと不服かな? 

 明比佐って、私の料理を食べる度に難しい顔になるんだもの。

 美味しいなら美味しいなりの顔をすればいいのに、何時も仏頂面。

 これじゃあ嬉しさも、半減するわ」


 場所は依然、学校の屋上。


 何時もの様に料理を肴にして彼を揶揄すると、明比佐は更に顔をしかめる。


「うるせえなー。

 いいか、俺は料理屋の息子だぞ。

 その俺が、一般女子の風下に立っているんだ。

 言わば、プロがアマチュアに連敗しているのに、等しい状況なんだよ。

 だって言うのに、喜んで飯が食えると思うか?」


 どうも彼には彼なりの、複雑な事情があるらしい。

 残さず全部食べる癖に、顔は全く美味しそうな感じじゃない。


 寧ろ残飯を食べさせられている、江戸時代の罪人みたいな表情だ。


 私は尚も口角を上げながら、肩をすくめる。


「じゃあ、明比佐は私が手を抜いた方が良いって言うの? 

 貴方を満足させる為に、私はワザと料理の質を落すべきかな? 

 そうすれば、少しは心置きなく食事を楽しめる?」


 彼の答えは、分かり切っていた。


「な訳があるか。

 言っておくけど、俺に同情して料理の質を落したらマジで別れるからな。

 俺はその手の気遣いが、一番嫌いなんだ。

 つーか、狩南だけは俺の料理で絶対ヘコませる。

 完膚なきまでに叩きのめして、今までの無礼を謝罪させてやるぜ」


 親指を下に向けながら、明比佐は私を挑発する。

 相変わらず勝気な男子だと思いながら、私は立ち上がった。


「いいわ。

 私もその日を、楽しみにしている。

 ま――永遠にそんな日は来ないでしょうけど」


 最後に私も彼を挑発して、踵を返す。

 そろそろ昼休みが終わるので、私も自分の教室に戻らなければならないからだ。


 因みに、私と明比佐はクラスが違う。

 私が三組で、明比佐は一組。


 そんな私達は、一緒に登校して、一緒に昼食をとり、一緒に下校するのが日課だった。

 今日は明比佐の都合が合わず、一緒に登校出来なかったが、明日は平気との事だ。


 と、私は登校の事を話題にあげられたことで、例の女子の姿をまた思い出す。


 けど、それも一瞬の事で、私は即座に思考を切り替えた。


「じゃあ、何時もの様に昇降口で待っているから。

 ちゃんと遅れないで来なさいよ、明比佐」


「ぬかせ。

 何時も遅れて来るのは、お前の方だろうが。

 ……いや、違った。

 今日は帰りに寄りたい所があるだけど、いいか?」


「寄りたい所? 

 ソレは、何時ものゲーセンじゃなく?」


「………」


 だが、何故か明比佐は答えない。

 彼は無言で立ち上がると、私を追い越して歩を進めた。


「そういえば、俺の親父の料理の腕はどう思った? 

 二日前、店に連れて行った時は訊きそびれたから、今訊いておく」


「あー」


 明比佐のお父さんは、プロのシェフである。

 洋食が専門で、特に得意なのがオムライス。


 私はその他にカレーもご馳走になったけど、私は思わず苦笑する。


「これは、お父さんには絶対言わないでよ」


「何だよ?」


「七十五点」


 私がぼそりと呟くと、明比佐はまた顔をしかめる。


「……お前、マジ厳しいな。

 言っておくけど親父は、一応俺の目標なんだぞ。

 それを七十五点とか、マジへこむー」


 本当に落ち込んでいるのか、明比佐は項垂れてしまう。

 これでは、初めて彼に料理を振る舞われた時みたいだと思い、私はつい笑ってしまった。


「でも、明比佐はそういう嘘は嫌いでしょ? 

 ヘンにお世辞を言う方が、もっと腹立たしい。

 違う?」


「そうだよ、その通り。

 本当にお前は、物わかりが良いよな。

 俺が嫌がりそうな事は、しっかり把握してやがるんだから」


「それはもう、一年以上つき合っているんだから当然よ。

 明比佐だって一年前よりは、私の事を知っているでしょう?」


 私が訊ねると、明比佐はやけに難しい顔つきになる。


「どうかな? 

 ぶっちゃけ、つき合った事で余計に分からなくなった事も、一杯あるよ。

 例えば、狩南は何で何の脈絡もなく機嫌が悪くなるんだろう、とか」


「あー、それは私だけじゃないから。

 大半の女子はそんな感じだから、安心して」


「……何をどう安心すればいいんだ? 

 ますます意味が分かんねえー」


「いえ、どうでもいい人にそんな態度はとらないって意味。

 気を許しているから、私は安心して明比佐に自分の感情をぶつけられるの。

 これは、そういう意味」


 で、明比佐は何故か苦笑らしき物を浮かべる。


「前から思っていたけど、狩南って何気に小悪魔系だよな」


「……ねえ、それって、褒め言葉?」


「さてね。

 ただ単に、そう感じただけの事だ。

 それこそ深い意味はねえよ」


 小バカにするかのように、明比佐は鼻で笑う。

 私はムっとしながら、ここぞとばかりに不満をブチまけた。


「本当に私の彼氏って、甲斐性がないわ。

 彼氏らしい事はちっともしてこないから、私って偶にこの人の彼女なのかって不安になる。

 そういう私の気持ち、明比佐は分かっている?」


「……は? 

 彼氏らしい事って何だよ?」


「そういう事は、自分で考えなさい。

 明比佐だって、立派な男なんだから」


 が、明比佐の暴言は止まらない。


「いや、お前はマジで訳が分からない女だよ。

 この一年で学んだ一番の事は、ソレだな」


「むっ」


 本当に意気地が無いな、この男は。

 実は、彼の実家のお店に連れて行かれた時は、少しドキドキしていたというのに。


「いえ、いいわ。

 明比佐にこんな話題を振った私が、バカだった。

 金輪際こんな話はしないから、安心して。

 じゃあね、明比佐。

 ぶっちゃけ、そろそろ本気で愛想が尽きそう」


「――って、だから何で怒ってんだよ、狩南はっ? 

 そういう所が、訳分かんねえんだよ!」


 が、その制止ともとれる声を無視して、私は早足で自分の教室に向かう。

 明比佐はそれ以上追って来ず、彼も自分の教室に戻った様だ。


「本当に――意気地なしなんだから!」


 思わずそう愚痴りながら、私は三組の教室に帰ってきた。



 そして、午後の授業が始まった途端、私は机に突っ伏す。


 原因はやっぱり、東国明比佐。


 いや、意気地なしって何だ? 

 私は明比佐に何を求めている? 


 まさか、私は淫乱なのか? 

 普通は男子が〝そういう事〟を求めてくる筈なのに、私の方が〝そういう事〟を求めている? 


 だとしたら、私はやはり淫乱の誹りを免れないだろう。


 幸い明比佐にはその事が伝わっていない様だが、私は少し、いや、かなり自己嫌悪に陥る。

 自分の淫乱さを棚に上げて、明比佐を非難した己を、私は嗤ったのだ。


「……そっか。

 私は、こんな奴だったのか。

 ――いやいやいや、そんな訳がないでしょう、紫塚狩南! 

 これは本当に、一時の気の迷いよ!」


「って、紫塚さん――さっきからブツブツうるさい」


「はい、仰る通りです! 

 すみません!」


 英語の教諭に怒られ、私は反射的に顔を上げる。

 この私の三枚目ぶりを見て、周囲の級友達はクスクス笑う。

 

 ……これも全て明比佐の所為だと、私はまたも彼に責任を押し付けた。


 だが、純粋な所が可愛いと感じる一方で、奴は私の肩さえ抱いてこない。

 思えば、奴が私のカラダに触れた事など皆無ではなかろうか?


 それは私に魅力が足りない所為なのか、それとも明比佐に甲斐性がない為なのか、私には分からない。


「何せ、他にサンプルがないものね」


 明比佐以外の男子とはつき合った事がない私は、だから男子と言う物を把握していない。


 風の噂では、思春期の男子はそれこそ性欲の塊だという。

 運動部の男子がアレほどエネルギッシュなのは、その有り余る性欲が原動力だからと言う事だ。


 けど、明比佐は完全なる料理バカだ。

 運動部には目もくれず、料理の研究ばかりしている。


 現に、私と明比佐の会話の八割は料理について。

 私の料理のレシピを、明比佐が言い当てるというクイズ形式の会話が殆どである。


 ……この時点で男女のカップルとしては、何かを間違えている気がする。

 これでは、お料理研究会の会員同士が、討論しているのと一緒だ。


 なまじ私が、料理が得意な所為でそんな会話が延々と続く。


「……でも私が料理上手じゃなかったら、明比佐は私に目もくれなかっただろうし」


 そういう意味では、私と明比佐は実に複雑な関係と言えた。

 私と彼では、微妙に求めている物が違っているのだ。


 けど、もっと料理以外にも他にあるでしょう? 

 具体的に何かは絶対に言わないけど、男女の関係と言うのは料理以外にも何かある筈。


 私はそう言った刺激を少なからず求めていて、明比佐は全くそういう所を見せない。

 現時点では、私と明比佐の繋がりは料理がメインだ。


「……私達、もしかしてこのままズルズルと行くのだろうか?」


 女子は良い人すぎる男子を異性と見られずに、何れ見限ると言う。

 私もソレと同じで、何時か明比佐を見限る日が来るかもしれない。


 正直言えば――私はそれが怖かった。


 それはきっと、私が明比佐の事を本気で好きだからだろう。


 好きだからこそ、一歩も此方に歩み寄らない明比佐がもどかしく感じる。

 好きだからこそ、明比佐を異性だと感じなくなるのが恐ろしい。


「そっか。

 つまり、私って――」


 ――自分で思っている以上に、東国明比佐に惹かれている。


 あの小生意気な態度も、料理に対する情熱も、私を大切にしてくれる所も大好きなのだ。


 それはある種の矛盾を孕んでいたが、女というのはそういう生き物なのだろう。


「……私はやっぱり、淫乱だ」


 それが、私の結論。

 何時の間にか、紫塚狩南の頭は色恋沙汰で一杯になっている。


 そんな自分に苦笑しながら何とか気を引き締め――私は授業に集中した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る