第2話 八十八

 同日。神奈川県小田原市某所。

 薄暗い広間に一人、座して瞑想する老齢の男がいた。

 と、広間につながる廊下を走る音。そして襖の前で足音が止まり、少しの静寂が訪れた。

「お館様、お耳に入れたいことがございます」

「入れ」

 襖が開かれ、和服の女性が広間に入る。

「現在、龍骸りゅうがい探索中の超能力者イーエスピーが二名、突如泡を吹き心停止、現在医師が蘇生をしております」

「……巫女みこめ、龍頭りゅうず発動つかいおったか」

 怒気を込められた声が広間の闇に消えていく。

 ひと時の

「蘇生し次第引きつづき探索を進めろ。そして」

 手元に置いた杖を手に取り、ゆっくりと立ち上がる。

「心停止を免れたものはイカサマ師だ。始末せよ。ここでのことを表に出すわけにはいかぬ」

「承知しました」

「下がれ」

 襖を閉める音。

 老人は洋間に移り、ソファーに体を沈める。

 表情は崩さず、しかし瞳は暗い怒りに燃えあがる。

 この男、いったい何者であろうか。


 いつの間にか眠りに落ちた男は、夢の中で自分の名を呼ぶ声を聞いた。その声はこの世のものならぬ超常の響きがあった。

「恒一郎、葛城恒一郎」

 ハッ、と目を覚ますと、光芒を背負った複数の人影。それぞれが合掌し男と向き合っていた。

 まだ夢の中だと思いたかった。しかしこれは現実の出来事だと男は直感で悟った。

「誰だ、貴様ら。誰の許しがあってここへ入った?」

 葛城と呼ばれた男は闖入者を睨みつける。

 間。

「安心しなさい恒一郎、我らに害意はありません」

 葛城は闖入者らを僧侶と踏んだ。しかし光芒を背負う彼らはただならぬ存在であるように見えた。

「なんの用だ、坊主、呼んではおらん用はない」

「恒一郎、そなたのことは知っておる。人はいう、政界のフィクサー。昭和の黒幕、裏世界のドン」

 葛城の瞳が燃え上がり、怒りで肩がわなわなと震え始めた。

「悪鬼、ウォールフェイサー、小田原のドンファン」

 瞬間の動きで葛城の仕込み杖から白刃が宙を舞う。しかしそれは虚しく空を切るのみ。

「無用。我らに刃は届かぬ。そして恒一郎、そなたの正体は、龍骸教団教祖」

「なぜそれを!」

「我らに隠し事はできぬ。そなたが今探しておるのは龍骸と呼ばれる超越法力の込められた宝珠であろう。そしてその力を操る巫女」

 葛城はもはやこの者らの害意がないという言葉を信じるしかなかった。実際刃が届いたとて、多勢に無勢。それに屋敷の守衛者ガードマンたちを潜り抜けているのだから。

「恒一郎、その一代で身を興すのはさぞや苦労であったろう。龍骸の巫女の託宣があったとしても。我らなら龍骸を取り戻し、巫女もそなたの元に連れてまいろう。すでに当たりはついておる」

「何が望みだ、坊主めら」


「名乗りが遅れたな。我らもはや僧にあらず、人にあらず」

「我らは八十八羅漢。如来となる身である」

「望みは恒一郎、そなたが龍骸を用い世界をものにせん時」

「それを等分し我らに与えよ。我らはそこを永遠の浄仏国土となす」

「我らは力添えは惜しまぬ」

「そなたが我らを信じずる限りは」

「信心がそなたを救いましょう」

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