第13話 光の使徒、高城ユウキの苛立ち

光は、綺麗すぎる。


 まぶしくて、温かくて、何もかもを救うはずの、神様の光。


 ――そのはずなのに。


「高城ユウキくん。顔がこわばっているよ」


 目の前で揺れる燭火越しに、司祭が微笑んだ。


 白い法衣。金刺繍の聖印。

 いかにも「聖職者です」といった見本みたいな格好だ。


「緊張しているのかな? 君は優秀な“光の使徒”だ。

 聖骸核せいがいかくの加護も、確かに君の中に流れている。怖れることはないよ」


「……分かってます。大丈夫です、司祭様」


 ユウキは、そう答えるしかなかった。


 ここは、前線拠点の奥に設けられた簡易礼拝堂だ。


 木の板で組んだ粗末な床に、白布をかけただけの祭壇。

 その中央に、問題の“それ”が置かれている。


 透明な結晶の中で、白い何かがゆっくりと脈動していた。


 心臓に似ている。

 でも、本当にそうなのかは分からない。


 ただ一つだけ、ユウキは知っていた。


 あの中には――


「……カズマ、なんだよな」


 小さく漏れた名前に、司祭が眉をひそめる。


「名前で呼ぶのは、あまりおすすめしないな。

 彼はもはや“人”ではない。“聖骸核”として、神に連なる存在なのだから」


「でも、元はクラスメイトだったんですよ」


「元、だよ」


 静かな声だった。


「彼は、自ら望んで選んだ。

 “自分は戦えないけど、みんなの力になりたい”とね。

 その献身を無駄にしないためにも――君たちは前に出なければならない」


「……はい」


 本当に自分で望んだのかどうかなんて、もう確かめようがない。


 あの日。

 眩しい光と、拘束具と、祈りの声の中で、

 カズマがどういう顔をしていたのか。


 ユウキは、わざと考えないようにしていた。


 代わりに、もっと分かりやすい苛立ちに意識を向ける。


「で――結局、今回の作戦にも“本隊”は出てこないわけですね」


 出来るだけ柔らかい口調で言ったつもりだったが、

 自分でも分かるくらい棘が混ざった。


 司祭は、それを気にした様子もなく微笑む。


「マサトくんたちは、別の“より重要な任務”を任されているからね。

 君たち第二陣には、北方の“影の拠点”の芽を摘んでもらう。どちらも神にとっては同じくらい大切な仕事だよ」


「へえ。そうなんですか」


 心の中では、思い切り舌打ちした。


 マサトたち本隊は、もっと広くて平らな戦場で、

 聖騎士団に守られながら大暴れするのだろう。


 歓声と、称賛と、讃歌の中で。


 こっちは、森の奥の、よく分からない“影”の調査。

 地形も悪いし、敵も多い。

 しかも“勇者”が直接指揮を執るわけでもない。


 ……分かってる。

 全部ひっくるめて、単純に「格下扱い」されているだけなのは。


「高城くん」


 司祭が、ふと声の調子を変えた。


「君は、よくやっている。

 前回の峡谷戦でも、魔族の群れを“たった一撃で光に変えた”と聞いているよ」


「……あれは、その」


 思い出したくないような、思い出したいような映像が脳裏に蘇る。


 白い光柱が落ちたあと、

 そこにいた黒い影が、まとめて焼け落ちていく光景。


 あのとき、確かにスカッとした。


(ムカつくんだよな、全部)


 マサトの、あの自信満々な顔も。

 教会の「これが正義です」という押しつけがましさも。

 前線に出ないくせに偉そうな神官や貴族も。


 どうせ何を言っても変わらないなら――


(せめて戦場くらい好きにさせろよ)


 魔族を焼くときだけは、誰にも文句を言われない。

 どれだけ派手に、どれだけ徹底的にやっても。


 それなら、そこでくらい怒りをぶつけて何が悪い。


「今度も――期待していますよ、“光の使徒”」


 司祭の声が、礼拝堂の中にやわらかく響いた。


 ユウキは、胸の奥にまとわりつくざらついた感覚を押し込めて、軽く頭を下げた。


「……任せてください」


 どうせ、やるしかないんだから。


     ◇


 行軍は、いつも通り退屈だった。


「いやー、しかしさ」


 並んで歩く聖騎士が、やたら明るい声で喋りかけてくる。


「前線って、慣れるとクセになりますね。

 悪しき魔族を焼く瞬間、あの“浄化”の感覚っていうか」


「……そう、ですね」


「この前なんて、“黒いの”に奇襲されたんですよ。

 上からいきなり飛び降りてきて、隊長の鎧ぶっ壊しやがって。卑怯っちゃ卑怯ですけど、さすが“悪”って感じで」


「ああ、あの話。聞きました」


 ユウキは、内心で眉をひそめた。


 黒いコートを着た魔族が、崖上から飛び降りてきて、

 隊長に飛び蹴りをかました――という武勇伝。


 教会の言うところの、「卑劣な闇の魔族」。


 ユウキ自身はまだ遭遇していない。

 だが、どこかで聞いたような動きだ、と思った。


(……坂上なら、やりそうだよな、そういうの)


 ふと、頭に浮かんだのは、教室でいつも真ん中にいた顔だった。


 サッカー部のエースで、みんなの中心で、

 先生にも、女子にも、いつも囲まれていた男。


 異世界に飛ばされたあとも、当然のように“勇者”の筆頭として扱われている。


 対して、自分は第二陣。


 同じクラスで、同じ「光の使徒」なのに。


「高城くんは、どうでした? 前回の峡谷の戦い」


 別の聖騎士が振り向く。

 鎧の上から光の加護が淡く揺れていた。


「噂では、一撃で魔族の群れを消し飛ばしたとか。

 “第二陣にしては上出来だ”って、上の方も話してましたよ」


(第二陣にしては、ね)


 笑顔で返す。


「まあ、そうですね。

 聖骸核の力を、ちょっと強めに使ってみました」


「さすが“光の使徒”だ!」


 軽い称賛の声。

 でも、その後の言葉がユウキの耳にまとわりつく。


「マサト様ほどじゃないにせよ、頼りになりますよ。

 彼は別の戦場を任されているでしょう? 代わりに、あなた方が北方を片付けてくだされば」


「……そうですね」


 代わり。二軍。穴埋め。


 全部、そういう言葉に聞こえる。


(だったら、二軍なりに“結果”出してやるよ)


 どうせ、自分はマサトにはなれない。

 比べられて、劣っていると言われ続けるだけだ。


 なら、せめて戦場だけは――

 自分のやり方で、派手にやってやる。


 ユウキは、そっと視線を前に向けた。


 行軍隊の中央には、例の結晶を積んだ小さな台車が進んでいる。


 白布で覆われたその奥から、ごくわずかに光が漏れていた。


 時々、誰かの声が聞こえた気がするのは、たぶん気のせいだ。


(ごめんな、カズマ)


 心の中だけで謝る。


 そのすぐ後で、その“力”を戦場でぶちまけることを想像して、

 ユウキは自分の口元がゆがむのを自覚した。


     ◇


 森の気配が変わったのは、昼を少し回った頃だった。


「……なんか、静かすぎません?」


 思わず、隣の聖騎士に声をかける。


「そうか? いつもこんなものだろう」


「鳥の声もしないし、獣の気配も薄い。

 音の返り方も、なんか……」


 言いながら、自分でも「何言ってんだ俺」と思う。


 でも、違和感は確かにあった。


 足音が吸い込まれるような感覚。

 枝の揺れ方、風の流れ、光の差し込み方――

 どれも微妙に「ズレて」いる気がする。


(ゲームだったら、完全にボス戦フラグだよな)


 そんな場違いな考えが、頭をよぎる。


 ここで「戻りましょう」と言えたら、どれだけ楽か。


 でも、言ったところで――


「魔族の小細工だろう」


 一番前を歩いていた聖騎士隊長が、笑い飛ばした。


 鎧の上に聖紋を刻み、剣に光をまとわせた男だ。

 前回、ドロップキックを食らった隊長の“上司”らしい。


「光の加護があれば、闇の罠など焼き払える。

 怯むな。“悪”どもは、いつもこうやって人を惑わす」


「お言葉の通りに!」


 号令とともに、前衛の聖騎士たちが一斉に剣を掲げた。


 光の紋章が浮かび上がる。

 筋力強化、耐性向上、連携補正――

 見慣れた輝きが、一斉に森の中で脈動した。


 ユウキの足元にも、同じ光が満ちる。


 聖骸核の力を媒介にした、神の加護。

 それが、ユウキの魔力と絡み合って、皮膚の下を走った。


(……来いよ)


 どこか、挑発するような気持ちが胸の奥に浮かぶ。


 魔族の拠点。

 影の罠。

 卑劣な“黒い魔族”。


 全部まとめて、焼き払ってやる。


 それが、二軍の自分に与えられた唯一の“見せ場”なら――

 遠慮なんかしてやるものか。


「前進!」


 隊長の号令が、森に響く。


 先頭の聖騎士が、一歩、前に出た。


 何の変哲もない、苔むした地面。

 ただ、そこに落ちる影が、ほんの少しだけ濃い。


 足が、そこを踏み抜いた瞬間。


 ――音が、消えた。


 土を踏むはずだった重い足音が、途中でぷつりと途切れる。

 鎧の擦れる音も、枝の軋む声も、そこだけごっそり抜け落ちた。


「今の、聞こえました?」


 思わず呟くと、隣の聖騎士が首を傾げる。


「何がだ?」


「いえ……何でも」


 ユウキの肌を、冷たい汗が滑り落ちた。


 違和感は、確信に変わる。


(ここから先が、“狩場”だ)


 そんな言葉が、誰かに教えられたわけでもないのに頭の中に浮かぶ。


 背筋をなぞるような視線を感じた。


 どこか、「向こう側」から。

 森の影の奥から。


 何者かが、じっとこちらを見ている。


 “獲物”のほうじゃなく、“獲る側”の目で。


「高城くん?」


 司祭が振り返る。


「顔色が悪いようだが」


「……いえ。問題ないです」


 ここで「やめましょう」と言ったら、どうなるかくらい分かっている。


 臆病者。裏切り者。光の使徒失格。


 そうやってラベルを貼られたあと、自分がどうなるか。


 ――カズマの姿を、思い出したくなかった。


 ユウキは、握りしめた手に力を込める。


「行きましょう、司祭様。

 “影の拠点”を潰すんでしょう?」


「そうだとも」


 司祭が満足そうに頷き、聖印を掲げた。


「神の光が、闇を照らさんことを」


 行軍隊は、そのまま森の奥へと踏み込んでいく。


 足元の影が、わずかに揺れた。


 それが、“影の魔将”が描いた狩場への入口だと気付く者は、

 まだ誰もいない。

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世界に二度殺された俺は、“悪”として全部ぶっ壊す @aikaname

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