ep2.Awakened

 草葉の匂いは既に久しい。都会の喧騒に汚れて何十年と過ぎた。最近は碌に睡眠時間も取れていないから、夢を見ることさえ久しく感じてしまう。


 辺りを見渡すと、樹々の深く生い茂る森林であった。とりあえず起き上がって葉の一つでも毟ってみるに、落葉樹林のように見える。空一面に広がる緑の天井は、秋になればいったいどれほどの美しさを放つのだろうかと考えさせられる程の迫力を有していた。

 身体に目を落とせば、馴染みのあるスーツを着ている。必死に働いた結果が”これか”と自嘲気味に呟いてみる。森林の散策には全くもって不向きな服装を前にして、私は夢の可笑しさをしみじみと感じていた。こういう可笑しささえも娯楽に昇華しようとするのだ。


 当てもなく森をぶらついて二十余分。そこに獣道はあった。空に手を伸ばす双子の木、その間の土が、光を得ることのなかった新芽と共に踏み固められ、その痕跡はより上方へと続いている。

 こちらへ進みなさいというふうに、脳が与えてくれたヒントなのだろうか。まあ、そうであろうとなかろうと進むことには変わりがないのだが。か細い枝を大人気なく掴んで支えとし、上へ上へと登っていく。

 自覚はしていなかったが、やはり身体の衰えはこのところ著しいように見える。スーツの裾を土に汚しながら、息を切らして、ただ上を目指していく。


 刹那、誰かの呼び声が聞こえた気がして、そちらに顔を向けると、何か細長いモノが音を立てて通り過ぎ、木に刺さる。

 矢だ。木へと深く刺さったそれは、未だ力を余して、上下に振れ動く。それをそれ《矢》だと認識して初めて、私は命を奪われかけた恐怖に慄く。つい先刻までの余裕と達観は、とうに消え失せていた。それは、肌から感じることのできた、変なリアリティともいうべきこの状況によるものであった。夢の中で死ぬと、現実でもショック死するだとかいう都市伝説も、電磁パルスのように素早く頭の中を駆け巡る。再三口にするが、私は人生に絶望していても、死にたいわけではないのだ。

 

 『動くな!』


 そう言われる前から、私は両手を挙げていた。

 頬を汗が伝って、秋の乾いた地面を濡らした。

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