血姫≪女子高生チサの日常≫
あさひ
完話 血の在処≪チイズルバショ≫
月の明かりがカーテンから差し込む
怠そうで眠そうな何処にでもいそうな女子高生
黒髪に黒い瞳にスラっと通った鼻
まるで人形の姿を除いてだ。
目覚ましのスヌーズが鳴り
起き上がる。
「もうそんな時間か……」
そっと呟くと深夜の時間に
長い黒筒を手にドアを開いた。
空を見ると月と街灯のみが
笑うように煌々しかった。
「良いよね」
消え入るような「あんたらは」という
言葉は泡沫のように散っていく。
颯爽と歩く姿はモデルのようだが
メイクなどはなく
単純に両家の女子高生を想わせた。
鋭い殺気が
遠くから周囲に向かって放たれている
そんなプレッシャーのような力に向かい
あくびをする。
「今日は早く帰れそう?」
ふふっと笑う
その仕草を男子が見たなら
虜となるかもしれない。
手の筒から瘴気のような
黒煙が迸る。
「あらあら……」
手の筒が犬のように
ガウガウと吠えている錯覚が見える
だが幻覚のようなもので
気の圧でそう感じるようだ。
「抑えてねぇ」
子供を諭すように
筒を撫でながら落ち着かせる。
理解したのか
暴れるのをやめた。
そうこうする間に
近くの駅に着く。
「この辺りだったような?」
周りを見渡し
目を凝らした。
黒い犬のような影が
こちらを覗いている。
「どうしたの?」
手招きしながら
慣れた様子で笑っていた。
【ガウゥ?】
辺りに放たれた強いプレッシャーは
徐々に薄くなる。
「迷い子ちゃんかな?」
【ガッガウッ!】
肯定の意を汲み
黒い筒から日本刀を取り出した。
【ガァ? ガッガウ?】
ヒラヒラと手を振りながら
「違うよぉ?」と
笑顔であるのが怖いが
不思議と犬型の影はおとなしく
応じている。
「元の世界に帰ろうねぇ」
さっと空間を刀で引くと
黒い裂け目を作り出した。
【ガァッ!】
影が尋常じゃない速さで
女子高生に向かっていく。
「おぉ……」
噛みつくかと思いきや
裂け目に飛び込んでいった。
【ガァッ!】
振り返った影は
尻尾を見せながらバイバイと
意思表示をする。
【ガァッ! ガアガアッ!】
何かを言った後に
また方向を戻し
【どこか】に帰っていった。
よかった
こっちから帰れて
もう来ちゃダメだよ。
呟かれた声は
夜の寒さと消えていく。
朝のアラームが鳴り響く
月明りの代わりにカーテンから
日差しが差し込んでいた。
「もう朝か……」
ふぁ~っとあくびをしながら
冷蔵庫へと歩いていき
お決まりの食パンを焼く。
トースターが駆動音を鳴らす間に
コーヒーの機械に手を伸ばし
手早くセットした。
三分もした頃に
テーブルにトースト
コーヒーと置いていく。
質素な朝食だが
小食なチサには丁度良い。
螺鈿血咲≪らでんちさ≫
この土地において名家だったものの
没落した螺鈿家の令嬢だ。
螺鈿家には代々に
あちらとこちらを繋ぐ力がある。
例外にもこの土地にも
そんな力が溢れているのだが
後々に語っていくところだ。
「少ないなぁ……」
コーヒー豆が切れそうな袋を
覗きながらふむぅと考え込む。
「買いに行きたいけどなぁ……」
血咲の飲むコーヒーは
鉄分が多めの特殊なコーヒー豆である
そのため燈京≪とうきょう≫まで行かなければならない。
「あっちに行くのは夜じゃないと無理かなぁ」
メモを少し残すと
家を後にする。
校門前に先生が二名ほどが
厳しい目で子供たちを見つめていた。
「チサちゃんは来ますかねぇ?」
「来るはずですよ」
不登校に近いチサは
学校の先生から可愛がられている。
先生のアイドル的であり
老人会の孫のような扱いであった。
遠くにチサを見つけた両名は
元気に手を振り始める。
「なんだ?」
「ん?」
周りの生徒がチサに視線をぶつけた。
「うん?」
チサは不意な注目に
後ずさりする。
「ああ…… 先生たちね」
愛想よく手を振り返すと
先生たちは顔を見合わせ
何かに認められたが如くハイタッチした。
「チサちゃんが……」
「そうですねぇ……」
若干だが涙まで流し始めた
生徒たちは引きながら
校舎にそそくさと向かう。
「チサっ!」
後ろから肩を叩かれ
横に目をやる
同級生の美句≪みく≫だ。
ツインテールに
メガネで優等生のような
笑顔溢れる委員長である。
「元気そうで何よりだよぉ」
「ありがとね」
「何を言うかねチサ姫よ」
「殿からありがたき幸せぇ……」
時代劇がいきなり始まったが
ある程度済ませたのか
普通に歩きだした。
「今日なんか転校生が来るんだとさ」
「どんな人?」
「それが女子でねぇ」
「ガッカリしてる?」
「違うよぉ」
はははっと笑いながら
男子とラブロマンスとか
そんな話をしてる間に後ろから声が聞こえる。
「じゃあ私とする?」
「ん?」
チサは普通に対応したが
もう一人は声も出さずに飛び上がっていた。
「誰?」
「わたしぃ? 東雲深音≪しののめみね≫だよぉ」
チサの後ろにいたミクが
いきなり前に出てきて
ミネと名乗る人物の顔を見つめる。
「なっなんで?」
「久々だねぇ…… 彼女っ!」
ミクとミネは知り合いのようだ
後ろから
ギュッとされて苦しそうなミクは
チサに助けを求めた。
「仲がいいんだね」
そうなんだよぉと
得意げに服の首辺りから
手を胸に回し始める。
「ちょっ……」
「どうしたのぉ?」
「やめっ」
「久々に良いじゃん」
チサが驚いたのは
手慣れかたであった。
「早業だね」
「ちょっと見てないで助けてよぉ」
その言葉の後に
チサが一瞬に消えて
ミネの両手を掴んで
羽交い絞めにしている。
「やめようねぇ」
「え? あぁ……」
いきなりモジモジと
悶え始めた。
「そんな初対面の美少女に?」
「痛い?」
「いえ…… あの……」
「とりあえず教室行こうね」
「はっはぅ……」
首辺りに鼻を近づけ
匂いを嗅ぐと
良い匂いだねと付け加え
ふふっと離す。
「ミクより良いかも……」
違う何かに目覚めそうになるミネ
ぜぇはぁと息絶え絶えに歩くミク
先生たちは手で目を隠していた。
「いけないものを見てしまいましたね」
「どんなことがあれども私たちは?」
「チサちゃんの味方ですねっ!」
ふんふんと二人の教師が暖かい目で
三人を見ている。
昼休みになると
生徒たちは賑わい続けていた。
「そういえばミネちゃん?」
「あの変態がどうしたのぉ」
「隣のクラスなんだよね」
「そうだねぇ」
まさか会いたいんじゃないよね
と拒絶の反応を見せる。
「違うよぉ」
「じゃあ何?」
「私のミクを守るためだよ」
はぁっと赤面したミクに
さらに囁くように詰めよった。
「ミクも同類なんだねぇ」
「どうるい?」
「今日の夜わかるよぉ」
「そう…… なるほど……」
意味がわかってないためか
考え込んでいる。
そんな中でハッと思いついたミクは
唐突に聞いてきた。
「今日って用事ないの?」
「そうだねぇ」
「じゃあカラオケ行こうよっ!」
「いいねぇ」
顔をずっと見ながら
ニコニコとミクを見つめる。
笑顔を絶やさずに
ずっとああだこうだと
楽しそうだ。
これにて日常の欠片を
終了します。
これ以降の記憶は
影現なるものから現れますので
討伐を検討してください。
「なるほどね」
「大変だねぇチサ先輩さん」
「先輩かさん付けのどっちかで頼むね」
「怖いなぁ……」
「ミネちゃんは昔と変わらないね」
「チサ先輩はわかりづらいんですよぉ」
そうかもねと一言を呟き
頭にチョップする。
「まあミクという娘はどうやら友達が少なかったのかな?」
「そうでしょうねぇ」
「まあ早く助け出すのが先決かしらね」
「でもミクという人物はなぜチサ先輩の裏側を知ってるんだろ?」
「たぶん……」
宙に浮かぶ透明な板の写真を指さす
そこには今回の異形の詳細が書かれていた。
【燈京に現れた巨大な影の異形は
一瞬で街を飲み込み一切の人を取り込む
されど一切の人は眠りこけるのみだ】
「つまり影帰りのチサ先輩には面識がある?」
「そうかもね」
「記憶がなしですよね」
「もしかしたら影の正体が掴めるかもしれないわ」
二人は板に貼ってある資料と睨む。
完
血姫≪女子高生チサの日常≫ あさひ @osakabehime
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