第3話『最初の投げ銭』
始まりの街アルクス。
活気がある――と聞こえはいい。だが俺からすれば、ただただ騒々しいだけだった。行き交う人々は獣の耳を生やした男だったり、背中に剣を背負った屈強な女だったり……とにかく現実離れしている。
誰も俺の目の前に浮かぶ光の文字には気づいていない。これは俺にしか見えていないらしい。
孤独だった。
大勢の人間がいるのに、世界でたった一人ぼっちみたいな気分だ。天覧者とやらは百人以上いるらしいが、そいつらは安全圏から高みの見物をしているだけだ。
【神託】:腹減ったな
【神託】:まずは金策だろ。無一文か?
【神託】:ウィンドウ開いてステータス確認は基本
ステータス?
言われて意識を集中させてみる。ゲームみたいに「ステータス」と心の中で念じると、目の前にすっと新しいウィンドウが開いた。
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名前:ケンタ(鈴木 健太)
称号:配信者
レベル:1
HP:10/10
MP:5/5
スキル:なし
所持祈力:500
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本当にゲームみたいだ。さっき獣を倒した時に貰った【恩寵】の五百祈力が、ちゃんと記載されている。
【神託】:レベル1スキルなしとか雑魚すぎw
【神託】:五百祈力じゃろくなスキル買えねーぞ
【神託】:とりあえずスキルショップ見てみろよ
神々は好き勝手言ってくる。だが、今はこいつらの言う通りにするしかない。
「スキルショップ」と念じると、今度は商品のカタログのようなウィンドウが開いた。
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【スキルショップ】
【初級剣術】:1000祈力
【初級棍棒術】:800祈力
【火の玉(ファイアボール)】:1500祈力
【生活魔法(クリーン)】:200祈力
【鑑定】:5000祈力
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……高いな。
一番安い【生活魔法(クリーン)】ですら二百祈力。体をきれいにするだけの魔法らしい。そんなもの、今の俺に必要か?
剣や魔法のスキルは、軒並み所持金オーバーだ。
【神託】:うわ、何も買えん
【神託】:これはクエスト受けて稼ぐしかないな
【神託】:だからギルド行けって言ったんだよ
結局、そうなるのか。
俺はため息をつきながら、道行く人に「ギルド」の場所を尋ねた。幸い言葉は通じるらしい。親切な行商人が、街の中央にある大きな建物を指差してくれた。
冒険者ギルド。
木の扉を開けると、むわっとした熱気と酒の匂いが鼻をついた。荒くれ者たちが昼間から酒を飲み、大声で騒いでいる。まさにファンタジー世界のテンプレ光景だ。
奥にあるカウンターへ向かうと、栗色の髪をポニーテールにした快活そうな女性が迎えてくれた。
「はい、こんにちは! 新規登録の方ですか?」
「あ、はい。そうです」
「では、こちらの水晶に手をかざしてください。ギルドカードを作成しますので」
言われた通りに水晶に触れるとぼうっと光り、やがて一枚の金属板がぽとりと出てきた。俺のステータスが刻まれている。
「はい、ケンタさんですね。依頼はそちらの掲示板からお好きなものをどうぞ。Fランクからのスタートになりますので、最初は簡単なものからにしてくださいね」
掲示板には羊皮紙が何枚も貼られていた。
依頼:薬草採り(Fランク) 報酬:100祈力
依頼:ゴブリン討伐(Fランク) 報酬:一体につき50祈力
依頼:街の下水道掃除(Fランク) 報酬:300祈力
どれも報酬が安い。スキルを買うにはゴブリンを十体以上も倒さなければならないのか。さっきの獣との戦いを思い出すと気が重かった。
【神託】:ゴブリン一択だろ
【神託】:配信的に一番面白そうだし
【神託】:ケンタがゴブリンにやられるところに500祈力
ひどい神託だ。
俺は仕方なくゴブリン討伐の依頼書を剥がしてカウンターへ持っていった。受付の女性はにこやかに「街の西の森に出ますので、お気をつけて」と送り出してくれた。
西の森。
昼間だというのに木々が鬱蒼と茂っていて薄暗い。湿った土の匂いがする。木の棒を握る手に、じっとりと汗がにじんだ。
――いた。
少し開けた場所に、緑色の醜い小鬼が三匹。ゴブリンだ。汚れた棍棒を手に、何かを囲んで騒いでいる。
緊張で喉がカラカラに渇く。いけるか? 俺に。
【神託】:後ろから不意打ちしろ
【神託】:一体ずつ確実にやれ
【神託】:ケンタがんばれー!
意外にも応援の神託が流れてきた。
少しだけ、ほんの少しだけ勇気が湧く。俺は息を殺して、一番手前にいるゴブリンの背後に忍び寄った。
心臓がうるさい。頼む、気づくな。
そして――ありったけの力で、木の棒を振り下ろした。
ゴッ!
鈍い手応え。ゴブリンは悲鳴を上げる間もなく地面に突っ伏した。
残りの二匹が、同時にこちらを向いた。
ギィィ! と甲高い鳴き声を上げ、棍棒を振りかざして突進してくる。
まずい、二対一だ。
一匹の棍棒を自分の棒でなんとか受け止める。腕がしびれる。だが、もう一匹の攻撃ががら空きの脇腹に迫っていた。
【神託】:足! 足を狙え!
その声に、俺はとっさに体勢を低くし、迫ってくるゴブリンの足元を思い切り薙ぎ払った。
ゴブリンはバランスを崩して派手に転ぶ。その隙を見逃さず、俺は立ち上がりざま、転んだゴブリンの頭に棒を叩きつけた。
残りは一匹。
そいつは仲間がやられたのを見て、一瞬怯んだ。
その隙が命取りだった。俺は雄叫びを上げて突進し、めちゃくちゃに棒を振り回した。何発殴ったか覚えていない。気づいた時には、ゴブリンは動かなくなっていた。
はあ、はあ、はあ……。
全身が痛い。息が切れて、その場にへたり込む。
だが、やり遂げた。三匹、倒した。
【祝福 +300】
【祝福 +200】
【祝福 +500】
名もなき神より【恩寵:1000祈力】を賜りました
軍神マルスより【恩寵:3000祈力】を賜りました
さっきとは比べ物にならない量の祝福と、大きな恩寵。
特に軍神マルスとやらは、一気に三千祈力もくれた。
所持祈力は、あっという間に四千五百を超えた。
【神託】:今のよかったぞ!
【神託】:最後のゴリ押し、蛮族みたいで最高だった
【神託】:やるじゃんケンタ!
神々が、俺を褒めている。
泥だらけで息も絶え絶えで、最悪の状況のはずなのに――なぜか、口の端が少しだけ上がった。
初めて、自分の力で稼いだ金(ポイント)。
これで、スキルが買える。
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