第4話『鉄の匂いの女』
ギルドに戻り、ゴブリンの討伐証明(耳を切り取って持っていくという野蛮なものだった)を提出すると、報酬として百五十祈力が支払われた。
神々からの恩寵と合わせ、俺の所持祈力は四千六百五十。ちょっとした金持ちになった気分だ。
俺は早速スキルショップを開いた。
さっきまでは指をくわえて眺めるだけだったスキルが、今なら買える。
【神託】:やっぱ剣術だろ
【神託】:いや、魔法使いの方が配信映えするぞ
【神託】:ここはあえて【鑑定】とってインテリ系勇者を目指すのもアリ
神託が騒がしい。俺は少し迷ったが、結局一番堅実そうな【初級剣術】(1000祈力)と、残った金で買える一番まともな武器を揃えることにした。木の棒はもうこりごりだ。
ギルドの隣にあった武具屋で、一番安い鉄の剣と革の胸当てを買う。
それでも三千祈力以上が飛んでいった。スキルも装備も驚くほど金がかかる。
【神託】:うわー、無難な選択
【神託】:つまらん
【神託】:ここで全額ガチャに突っ込むくらいの気概を見せろよ
ガチャなんて機能もあるのか。
ウィンドウの隅に、確かにそれらしい項目があった。一回五百祈力。大当たりすれば伝説級の武器が手に入るかもしれないが、外れればただの石ころになる、と書いてある。
冗談じゃない。俺はそんな博打は打たない。堅実に一歩ずつだ。
買ったばかりの剣を腰に差し、胸当てを着けてみる。少しだけ自分が強くなったような気がした。気のせいだとは思うけど。
その時だった。
「おい、そこのお前」
ギルドの隅のテーブル席から、低い声が飛んできた。
声の主は一人の女だった。
全身を銀色の鎧で固め、腰には俺の安物とは比べ物にならない立派な長剣を吊っている。引き結んだ唇、鋭い眼光。切りそろえられた黒髪が、彼女の厳しい印象をさらに際立たせていた。
鉄の匂いがするような女だった。
「俺、ですか?」
「そうだ。貴様、見ない顔だが新入りか?」
「は、はい。今日、登録したばかりで……」
女は俺の全身を値踏みするように見た。特に腰の剣と胸当てに視線を留め、ふんと鼻を鳴らした。
「その安物でゴブリンでも倒してきたか。浮かれた顔をしおって」
「……!」
カチンときた。なんだこいつ。初対面の相手にかける言葉か。
俺が何か言い返そうとする前に、女はすっと立ち上がった。俺より少し背が高い。見下ろすような形になる。
【神託】:お、イベント発生か?
【神託】:ツンデレ騎士きたー!
【神託】:これ絶対仲間になるやつ
神々は楽しそうだ。だが、こっちはたまったもんじゃない。
女から放たれる威圧感は、さっきのゴブリンの比ではなかった。
「貴様、勇者だと名乗っているそうだな」
「え……」
なぜそれを知っている?
ギルドの登録名はただの「ケンタ」だったはずだ。
女は俺の動揺を見透かしたように、口の端を歪めた。
「この街の騎士団に、神殿からお触れが来た。『異界より勇者来る』と。それが貴様のようなひよっこだったとはな。神々も見る目がない」
「なっ……」
「気に入らん。私と勝負しろ。貴様の勇者としての器、このアリア・フォン・エルシュタインが見極めてやる」
アリアと名乗った女騎士は、そう言って有無を言わさずギルドの裏手にある訓練場へと歩いていった。
どうする。行くのか? 行かないのか?
断ったら臆病者だと笑われるだろう。それは配信的によくない気がした。
【神託】:行け行け!
【神託】:負けてもいいぞ、面白ければ!
【神託】:さっき覚えた剣術、見せてやれ!
神託が俺の背中を押す。
俺は覚悟を決めて、アリアの後を追った。
訓練場は、ただの土が敷き詰められた広場だった。
俺たちは向かい合う。アリアは鞘からゆっくりと長剣を抜いた。夕日が反射してきらりと光る。
「訓練用の木剣もあるが……いいだろう。真剣で来い。手加減はせん」
「……望むところだ」
俺も震える手で鉄の剣を抜いた。
買ったばかりの【初級剣術】が頭の中に流れ込んでくる。剣の握り方、足の運び、基本的な型。付け焼き刃の知識だ。
だが、やるしかない。
【天覧者数:354】
観客は増えていた。
先に動いたのはアリアだった。
速い。
踏み込みと同時に繰り出される突きは、残像が見えるほどだった。
俺はそれを避けるので精一杯だ。
【神託】:右だ! 体をひねれ!
神託の声。俺は考えるより先に体を動かしていた。
アリアの剣が俺の服をかすめる。危なかった。
「ほう。今のを避けるか」
アリアは少し驚いた顔をしたが、すぐに攻撃を再開した。
斬り、払い、突く。流れるような剣戟。俺は防戦一方だ。
剣と剣がぶつかる甲高い音が訓練場に響く。腕がもう痺れてきた。
【神託】:懐に潜り込め!
【神託】:足払いを狙え!
【神託】:いや、ここは一旦距離を取れ!
神託がバラバラの指示を出す。どれを信じればいい?
混乱した俺の動きが、一瞬鈍った。
その隙をアリアは見逃さなかった。
「終わりだ!」
彼女の剣が俺の剣を弾き飛ばす。
がら空きになった胴体。死を覚悟した。
だが、その瞬間。ある神託が、ひときわ大きく、強く俺の脳内に響いた。
【神託】:軍神マルス:剣を捨て、足元の砂を拾え。
軍神マルス。さっき大金をくれた神だ。
俺はわけもわからず、その指示に従った。
剣を捨て、両手で地面の砂をわしづかみにする。そして、目の前のアリアの顔めがけてそれをぶちまけた。
「なっ……!?」
目潰し。
騎士道にも剣術にも、程遠い卑怯な手。
アリアが怯んだ一瞬の隙に、俺は彼女の足にタックルをかました。
体勢を崩したアリアは、俺と一緒に地面に倒れ込む。
俺は馬乗りになって彼女の動きを封じ、落ちていた自分の剣を拾い上げてその喉元に突きつけた。
「……俺の、勝ちだ」
息を切らしながら、そう言うのがやっとだった。
アリアは砂にまみれた顔で、信じられないという表情で俺を見ていた。その瞳が悔しそうに小さく揺れた。
気まずい。
最悪の勝ち方だった。
【神託】:wwwwwwww
【神託】:これはひどいwwww
【神託】:だが、勝ちは勝ちだ!
軍神マルスより【恩寵:5000祈力】を賜りました。
軍神マルスは、この勝ち方がいたくお気に召したようだった。
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