第26話 おバカ貴族と神の盾
カサルとヘルメス、そしてシェリングとオーモンドの四人が、店先で睨み合っていた。
本来であれば、店舗に入って商品を検分するところだが、鍛冶師ギルドの勇み足が仇となっていた。
なにせ、店内はボロボロ。
どこが床でどこが商品かも分からない有様だ。
「鍛冶師ギルドの連中がこの店を破壊してしまったのだ。お前たちは、そんな野蛮な者達の味方として今日は来たのだろう? 何か謝罪の言葉があってもいいと思うが? 」
オーモンドは頭を抱えた。業務妨害の被害者としてギルドから依頼されたのに、現場を見れば、被害者は完全にヘルメス商店の方だ。
「……自作自演ってのも、あり得るだろ」
シェリングは、包帯グルグル巻きのヘルメスを冷ややかな目で見下ろす。
「派手な包帯の割に、歩き方が軽快すぎる。出血の跡も不自然だ。……中身はただのかすり傷じゃねえのか?」
図星を突かれ、ヘルメスがギクリと肩を揺らす。
まずい。喋らせればボロが出る。カサルは即座に会話の主導権を奪い取った。
「仮にそうだとしても、店を破壊された事実は変わらん。無抵抗な店を襲撃した時点で、ギルドに正義はない」
「……その前に一つ訊いておきたいんだが、ココは少年の店か? 」
シェリングが瓦礫の山を見渡しながら、カサルを見返した。
「いいや。
「貴方が『歌うツルハシ』を作った発明家の……!? 」
オーモンドが驚く横で、シェリングは口笛を吹く。
「ほぉ~。金のなる木を壊されてご立腹ってことかい。まぁ、御曹司の癖に働いているのはご立派だがねぇ」
シェリングはそう言いながら、カサルを値踏みする。
(資料にあった『馬鹿貴族』という評価は、どうやら修正が必要らしい。コイツからは、今までどの貴族からも感じたことのない、異質な知性の匂いがする)
「勘違いするな、
「ですが、その道具が市場を荒らしているという苦情が出ています。鍛冶師ギルドによれば、『いわれのない誹謗中傷を受け、営業に大きな損失が出た』だ、そうです」
「言った言ってないで議論する気はない。ただ、良い物が売れ、古いものは廃れる。それが市場原理と言うものだろう? 」
「その『良い物』に悪評が広まったら購買意欲も下がる。……そこにそこの店主が関与してるんじゃないか、って話だ」
「それはお前達が調べることではないか。調査官なのだろう? 」
「言うな少年。……そいじゃ、一通り調べさせて貰うぜ 」
シェリングがそう言って、瓦礫の山となった店内に入ろうとした時、「待った」とカサルが扇子で制した。
「どうした? 見られたくないもんでもあるのか? 」
「……この現場は鍛冶師ギルドの暴挙を示す、動かぬ物的証拠だ。不用意に立ち入って現場を荒らされては困る」
カサルのもっともらしい主張。
だが、シェリングの灰色の瞳が、その微かな違和感に目を細めた。
「現場保全? 妙だな」
シェリングは一歩、カサルとの距離を詰める。
「被害届を出すなら、まずやるべきは『被害額の算定』だ。何が壊され、何が盗まれたか。俺達が中に入って在庫リストと照らし合わせなきゃ、ギルドに賠償請求もできねえぞ?」
「……被害額など、後でどうとでもなる。今は現場の保全が最優先だ」
「いいや、ならねえな。商人が『商品の価値』を二の次にするなんざ、ありえねえ」
シェリングの鋭い指摘に、カサルは眉一つ動かさずに返す。
「
「正義、ねぇ……。だが少年、俺にはアンタが
「……何が言いたい」
「普通、店を壊されたら『これを見てくれ!』と惨状をアピールするもんだ。だがアンタは、俺達を必死に遠ざけようとしている。……まるで、『商品に近づいて、その
カサルは含笑を浮かべてやり過ごす。
図星だった。この店にあるのはマリエたちが盗んできた品。リサイクル品として塗装し直しているとはいえ、プロの捜査官が手にとって「製造番号」や「刻印」を詳しく調べれば、足がつくのは時間の問題だ。
(……ふふっ、やはり少しばかり鼻が利く男らしい。気をつけねば、喉元を喰いちぎられるな)
カサルは内心で焦りながらも、表面上は涼しい顔で扇子を開いた。
「下衆な勘繰りだな。
「神聖? ここが?」
「無論だ。そのために
カサルの言葉に、ヘルメスがぎょっとして振り返る。
(い、いつの間に…!?)
(来る前に手配しておいた。……そろそろ時間だ)
カサルはヘルメスに目配せする。
「なんですって!? 僕達の他に捜査官を雇ったっていうんですか!? 」
「いいや捜査官じゃあない。……もっと、絶対的な味方だ」
カサルがそう告げた瞬間、通りの向こうから、重々しい足音と、不気味な歌声が響いてきた。
ザッ、ザッ、ザッ。
「♪───異端の核よぉぉぉ……」
軍隊のように統率された足並みと、低く唸るような讃美歌。
現れたのは、深紅の刺繍が入った黒い法衣を纏う、一団の聖職者たち。
シェリングの顔色が変わる。
「……ッチ、一番面倒な野郎共を呼び寄せやがったな」
「ここか。神聖なる『歌う道具』を冒涜した現場は」
黒衣の男たち──『異端審問局』の第一班が、カサルの前で足を止める。
その威圧感に、オーモンドはガタガタと震えだした。
「カサル・ヴェズィラーザム様。ご報告感謝いたします。……して、あちらの二人は?」
「彼らは『讃美歌詠唱式ツルハシ』の普及を阻止しようとする、聖法捜査局の方々だ」
カサルが指差した瞬間、審問官たちの鋭い視線がシェリングたちに突き刺さる。
「……貴様ら、正気か? この店は先日、教会への多額の寄付により『教区認定・聖歌伝導所』として認可された聖域だぞ」
カサルの言葉に、シェリングは目を見開いた。
「せ、聖域だと……!?」
「そうだ。この店は、労働を通じて神への
カサルの屁理屈に、シェリングは舌打ちをする。
『聖法捜査局』の人間が『教会の認可した聖域』を捜査しようとしたとなれば、それは教会への反逆行為とみなされる。この国では、王法よりも教会法が強い場合があるのだ。
「少年、お前……やったな? 」
シェリングはニヤリと、しかし目は笑わずにカサルを睨んだ。
「……なるほどな。あのふざけた道具に『讃美歌』を歌わせているのは……このためか」
「敬虔な信徒であるならば、当然のことだと思うが?
「アッハッハッハッハッハッ……すげえ詭弁だ。参ったぜ」
「好きに言え。……正当な調査がしたいなら、まずは自分達の
カサルは扇子を閉じ、二人に背を向けた。
「さあ、行こうか異端審問官殿。神を冒涜した
そんなカサルの背中を目で追いながら、シェリングは吼えた。
「次はフェアにやろうぜ。大悪党! 」
カサルはシェリングの言葉に、一瞬立ち止まると、また再び歩き出した。
「止めてくださいよシェリングさん。この事件、僕達の命が幾つあっても足りませんよ」
「心配するな。……見ただろ、あの目」
シェリングはニヤリと笑い、新しい葉を口に放り込んだ。
「あれは『満足』した顔じゃねえ。……アイツは必ずまたやる。次やる時は、神様の盾はナシで勝負だ」
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