第27話 おバカ貴族と黄金の天秤
鍛冶師ギルド会議室にて、激昂が轟いていた。
声の主はもちろん、ギルド長のタドラバだ。
「ふざけるなよクソガキ!! 俺にギルド長を降りろだとッ!? 」
思わず殴りかかろうとしたところで、背後に控える異端審問官の冷徹な視線が突き刺さり、タドラバは拳を震わせながら下ろさざるを得ない。
会議室の隅では、事の顛末を見届けるために同席したシェリングとオーモンドが、無言で壁に背を預けていた。
「……手出し無用、って空気だな」
シェリングは忌々しげに呟く。ここはもはや法の裁きの場ではなく、政治的な処刑場だった。
会議室には幹部総勢10名とタドラバ、そして相対するようにカサルと異端審問官が10名。
「お前たちが壊したのは店ではない。『聖域』だ。つまり、これは器物損壊ではなく、神への宣戦布告だということが分からぬわけではあるまい? 」
カサルの良く通る声が、幹部たちの心を握り潰す。
宗教国家シラク―ザにおいて、信仰に背いてまで金を稼ぐことはできない。その先に待っているのは、社会的抹殺と、死後の地獄という根源的な恐怖だ。
「め、滅相もありません。ま、まさか教会公認の店とは知らず……! 」
幹部の一人が、ギルド長を差し置いて謝罪をする。敬虔な信徒ほど、冷や汗が止まらない。
カサルがタドラバと同じ「暴力」を使えば、反発を招いただろう。
だからこそ、カサルは暴力を越えた「権威」という名の恐怖でこの場を支配したのだ。
「好きに選ばせてやろう。このまま全員、異端者として火刑台に上るか、否か」
「好き勝手喋ってんじゃねえよバカ野郎!! 」
タドラバの怒号が部屋の空気を切り裂く。
どう考えても悪手だが、彼の言葉は一瞬だけ場の空気を奪い返した。
「言わせて貰うがな、アンタが俺達にやったのもエルドラゴの伝統に対する侮辱じゃねえって言いてえのか!! 俺達には俺達の誇りと伝統があるんだぞこの野郎!! 」
タドラバの理性の糸は切れていた。
罵声の限りを少年に浴びせ、涙を流して謝らせれば事態が好転するとでも思っているのか。
しかしそんな感情論に、カサルは「経済」という冷徹な数字の剣を振り下ろす。
「誇りと伝統で飯が食えるならそうすれば良い。だが、現実は違う。市場のシェアの七割は歌うツルハシに奪われ、倉庫には旧式のツルハシの山。……それがお宅らの現実だ」
カサルは、隅にいるシェリングに視線を送る。
シェリングは無言で肩をすくめた。その在庫の山は、彼らも捜査ですでに確認済みだ。
「伝統や誇りという言葉に惑わされた結果どうだ。部下はその責任を押し付けられ、職人たちは明日を疑う。その先に待っているのは言うまでもなく、破滅ではないのか」
「お前と言う害虫が入り込まなければ全て上手く回っていたんだ!! お前のせいでお前のせいでお前のせいで‼ 」
マホガニー製の高級机を猿のように叩き、ひび割れを入れるタドラバ。
彼は新規参入を許さない古い体質の象徴だった。
「お前は伝統を守っているつもりだろうが、実際は部下を餓死させようとしている無能な指導者だ」
「ぶっ殺してやるッ!! 」
飛びかかったタドラバ。
シェリングが止めに入ろうと腰を浮かせた──だが、それよりも早く動いた者たちがいた。
「止めろッ!」
「押さえろ!破滅する気か!!」
タドラバを地面にねじ伏せたのは、カサルでも異端審問官でもなく、身内の役員たちだった。
「おっ、お前達!? なぜだ!! コイツさえいなくなれば全部! 全部今まで通りだろうがぁあああああ!!」
「タドラバさん、アンタちょっと落ち着きなさいや。……暴力じゃなんも解決せんでしょうが……! 」
重役の一人が、苦渋の表情でタドラバを押さえつける。
この場にいる全員がエルドラゴの「未来」について語る場で、過去ばかりを見ているタドラバの存在は、もはや邪魔になりつつあった。
そんな役員たちの心の揺れを、カサルは見逃さない。
今まさに、タドラバよりも有能そうな後任の存在が彼らの脳裏にチラついている。
カサルは懐から
「だが、
その一言で、役員全員の顔色が変わった。
あわやギルド消滅さえあると思われた中で、それは喉から手が出るほどに欲しい提案だった。
製造独占権があれば、鍛冶師ギルドはより強大な存在へと昇華できる。
それも、たった一人の犠牲さえ払えば。
ゴクリ、と役員の誰かが生唾を飲んだ。
「条件は二つ。売上の10%を『教会への寄付』として納めること。そして役員は全員そのまま、
単純明快。そして、誰が責任を取るべきかは明白だった。
役員たちは藻掻くタドラバを抑えつけながら、計算を終えた。
タドラバと心中するか、カサルに従い繁栄を手にするか。
「さあ、決を取らせて貰おうか。『過去』と心中するか、『未来』の繁栄を取るか。……役員諸賢の回答はいかに? 」
次々とカサルの側に立つ役員たちを、蒼白とした顔で見つめるタドラバ。
そこにもはや、生気と言うものは感じられなかった。
「……勝負あり、だな」
壁際で、シェリングが深く帽子を被り直した。
法で裁くよりも残酷で、鮮やかな組織の入れ替え。
彼が出る幕は、最初からどこにもなかったのだ。
数日後。
ギルド長の椅子には、ふんぞり返る少年の姿があった。
「史上最悪の就任おめでとう。新ギルド長様。椅子の座り心地はどうだい」
執務室の内開きドアが開き、シェリングが入ってくる。
カサルは書類から顔を上げると、ニヤリと笑った。
「悪いわけなかろう。なんだ?……逮捕状でも持って来たか? 」
「まさか。法的には何も問題ねえよ。ただ……」
シェリングはタバコの葉を噛み潰し、カサルを指差した。
「少年は『法』を犯さず、『システム』そのものを書き換えた。……一番タチが悪い犯罪者だ」
「よかったな。またお前達の守る法が一つ完璧に近づいたじゃないか」
「ハッハッハッ、言ってくれるぜ………次は逃がさねえぞ、カサル・ヴェズィラーザム」
シェリングが一瞥して去った後、カサルは窓の外を見下ろした。
これで準備は整った。
(あの女の『生産』と『信仰』は握った。あとはこの巨大な資本の流動を利用し、あの女帝を跪かせるだけだ)
「やられっぱなしは……癪だからな」
カサルの視線の先には、丘の上に建つシソーラ侯爵邸があった。
あの
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