第25話 おバカ貴族と奇妙な二人組


シェリング達が到着する、少し前──


一方その頃、ヘルメス商店の前では。


新しく建てたばかりのヘルメス商店は、まるで暴動の跡地のように荒らされ、壁の所々には穴が空いていた。


そこで商売をしているヘルメスも顔中包帯まみれで、ミイラ男が店番をしていると言われても信じてしまうほどの重傷を負っていた。


「ヘルメスさん可哀想……」


ゾーイがボロボロになったヘルメスの頭を撫でている。ヘルメスはそれに申し訳なさそうに謝りながら、毎日過激化する敵との話をカサルに語って聞かせた。


「ほぉ、それで日夜問わず店に破壊工作か」


「ヘヘッ。売れなくなった逆恨みでさぁ。……まあ、包帯の下はかすり傷なんですがね。客の同情を引くための演出ってヤツです」


ヘルメスは小声で付け加えた。転んでもただでは起きない商魂のたくましさに、カサルは口元を緩める。


「お前、前に風の靴を売っていた泥棒の男だろう。以前は商売許可証を持っていなかったようだが。ちゃんと持っているのだろうな」


近くで聞いていたエディスが、鋭い視線を投げかける。

ヘルメスの心臓は喉奥から飛び出しそうになったが、冷静を装い、リヒャルトラインが偽造した商売許可証を提示した。


「ふむ。持っているなら問題ない。……私は去るが、カサル、当然お前ならばこの騒ぎを解決できるだろう? 」


エディスはギラギラと宝石で輝く顔をカサルの目線まで下げ、腰を直角近くまで曲げてニカリと笑う。

もはや妖怪の類だが、そんな彼女の歯は他のどの宝石よりも白く輝いていた。

そんな邪険にしがたい友人の顔に手で壁を作りながら、カサルは彼女を追い払う。


「無論だ。いうまでもなく、オレが万事片付けてやる。だが、お前もオレのやり方に口を出すな。それと、実家(ヴェズィラーザム家)にも関わるな。わかったか? 」


そんなカサルの態度が気に食わなかったのか、彼女はカサルの腕をドレス越しに掴むと、口が裂けるほどに口角を上げて、鼻先までその形相を近づけた。


「おや、私に忠実な子猫よ、もう忘れてしまったのか? 良いだろう、間違いを正してやるのは飼い主の仕事だ。……いいか? お前はペットとして私に飼われていればいいのだ。そうすれば、お前の家も、お前に群がるハエの狼藉も多少は許してやる。何故だか分かるか? ひとえにお前が憎く、故に愛おしいからだ。それを忘れるなよ。可愛い私のカサル! 」


エディスはハエと言ったところで、カサルの後ろで彼女を睨みつけるマリエ達三人を牽制するように一瞥する。


そして再び、レッドカーペットが敷かれた上をガツンガツンとヒールにあるまじき音を鳴らしながら、哄笑を上げ去っていった。


「ひ、ひぇ~……おっかねえ。どうして旦那の周りは皆あんなんばっかなんです? 」


ヘルメスは去っていくエディスの背中を見て、女難の相が出ているカサルに尋ねる。

しかしソレに答えたのは他の三人だった。

「あんなのと一緒にするな」「失礼しちゃうわね」など、罵詈雑言の嵐が吹き荒れた。


ハエと言われたことに相当頭に来たのか、三人はヘルメスにかなり当たり散らしていた。

とばっちりでさらに心に傷を負ったヘルメスを見て、カサルは特別給を支給することを決める。


「うむ……まあ、貴族は皆少し変わっているのだ」


何と答えたらいいか悩むカサルだったが、全員の視線が自分に集中していることにふと気がつく。


「ん? なんだ」


「いや、貴族は変わり者が多いって話、分かるなぁーと」


ヘルメスの言葉に三人が深く頷くのを見て、カサルの目じりが冷たく光る。


それにゾクリとしたヘルメスは「冗談でさぁ」とすぐさま揉み手で謝罪した。


「……とにかく、今はエディスにはアンタッチャブルだ。あの化物だけは敵に回したら厄介だということは覚えておけ。いいか? 」


「へ、へい! 」


(今はって……アンタ、一生あのデカ女に言われっぱなしなのかよ……チクショー、何とかなんねえのかな…!?)


そんなヘルメスの思いはよそに、更に詳しく事件の情報を聴こうとしたカサルの前に、奇妙な二人組が声をかけてきた。


「あぁ、すいません。お嬢さん、少しお話宜しいですか? 」


一人は、サイズの小さな制服に身を包んだ、小太りの男。

ふわふわとした茶髪の天然パーマは手入れされた犬のようで、丸眼鏡の奥にある瞳は、人好きのする愛嬌を湛えている。額に浮かんだ汗をハンカチで拭う姿は、一見すると気のいい商人のようだ。


だが、カサルが警戒したのはもう一人の方だ。


長身痩躯の男。

着崩した制服の襟元からは鎖骨が覗き、無精ひげを蓄えた口元には気怠げな笑みが張り付いている。

眠たげな灰色の三白眼は、どこを見ているか分からないようでいて、カサルの全身を舐め回すように観察していた。全身から漂うのは、えたタバコの香りと、獣臭。危険な匂いがビリビリとした。


カサルは二人を見ると、「話し中だから少し待て」と手を前に突き出し、二人の足を止めさせる。


(……聖法捜査局の制服だな。マリエ、一応顔は見られるな。振り返らずに、そのまま隠れろ)


カサルが小声で指示すると、指名手配中のマリエ達はサッと店奥の倉庫へ姿を消した。


「さっき一緒にいた連れはどうした?別にいても困らんぞ。 アンタの女だろ」


シェリングはニヤリと笑って、目の前に立つドレス姿の少年に向かっていった。


「ちょ、シェリングさん! お嬢さんに失礼ですよ。……も、申し訳ございません。お手間は取らせませんので」


「何言ってんだオーモンド。彼は少年だ。よく見ろ」


「え?」


「手と重心、それにあと匂いだ。化粧の匂いの下に、微かにだが……機械油の臭いがする。綺麗な顔してるが、間違いなく男だ」


シェリングがそう断言すると、オーモンドは驚いて美少女に見えた少年の顔をマジマジと見る。

カサルは口元を扇子で隠して、不敵な微笑を浮かべた。


「ほう。ご名答。……初対面でそれを見抜くとは、中々穿った見方のできる男らしいな」


男と見破るならばともかく、僅かに香る臭いからそれを嗅ぎ分けられるとは思わず、面倒な男が現れたと認識する。


そしてそう思っていたのはカサルだけではなかった。


貴族特有の、人を試すようなその態度。

それにフンッと鼻息を漏らし、面倒くさそうに頭を掻くシェリング。


「オーモンド、間違えた。生意気な金髪の小僧だ。───つうかコイツ、どっかで見覚えないか? 」


「ええ。僕もです。シェリングさん、彼の事件に僕ら関わっていませんか」


二人はしばらく記憶をたぐり寄せる。

そして先に思いだしたのは、カサルと目が合っていたシェリングだった。


「ああそうだ、その紫色の目。……コイツ失踪者リストに合った貴族様だろ。確かヴェズィラーザム子爵家の長男。あの『神童』とかって噂だった御曹司だ。なんでこんな土煙立ち昇る場所にいやがる? 」


「えぇ? あぁホントだ! 確かにあの御曹司です! ……そう言えば、最近彼の捜索を打ち切る話が教会から出たばかりですよ。これって偶然ですかね? 」


「教会が捜索を打ち切った途端に姿を現しやがったのか……妙だな」


そんな男二人で、カサルの顔をジロジロと覗き込む絵面に耐えかねたカサルが、咳払いしてヘルメスを扇子で指した。


「疑い深いのは職務上致し方あるまい。だが、その前に目の前で起きている問題を先に解決して貰おうか。こっちには怪我人も出ているのだぞ? 」


わざとらしく、ボロボロになったヘルメスを擁護しながら、鍛冶師ギルドの不当な行いを白日の下に晒そうという気概をカサルからは感じられた。


「ほう、貴族の中じゃ珍しく論理的な物の言い方をしやがる。良いだろう、とっとと解決して、少年。お前についてじっくりと聴かせて貰おうじゃねえか」


「ちょ、ちょっとシェリングさん! 目的を間違えちゃダメですよ!? 」



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