第7話 おバカ貴族と風穴

「分……解……? バラバラにしちゃったってこと? はうぅ……困るなぁー……困っちゃうなぁー……」


 マリエは口を窄め、あたかも世界最大の難問に直面したかのように悩む素振りを見せた。しかし、その瞳の奥には未だ消えぬ執念の炎が燃え盛っているようにカサルには映った。


(……ここで追い出しても、この女なら何度でも侵入を試みるだろうな)


 カサルは冷徹に計算する。


(ならば、いっそ「現実」を見せてやった方が早いか。スクラップを見せれば諦めて帰るだろう。口封じも必要ない……な。泥棒である彼女がどれだけ「ある」と言っても、オレがないと言えばこの領地では「ない」ことになるのだから)


「諦めの悪い女だ……」


「えへへ。”しつこい”ってよく言われる」


「だろうな」


 カサルは天井に開けられた排気ダクトが問題なく動いているのを確認すると、彼女を手招きした。


「未練があるなら見に来るといい。……バラバラになった『それ』をな」


「えっ、いいの?」


「勝手に侵入しておいていいもクソもあるか。……お前を放置して、また侵入されては敵わんだけだ」


「へー。嬉しいなぁ」


 マリエの無邪気な返答に、カサルは小さく息を吐いた。この女は、己の意図(絶望を与えて追い返すこと)など露知らず、ピクニック気分なのだろう。


「足元、気をつけろよ」


「うん」


 工場の奥、解体スペースへと続く道すがら、カサルは敢えてこの非凡な侵入者に問いを投げかけた。それは談笑ではなく、彼女の思考パターンを測るための精密な心理実験だ。


「なぜ、そこまでして魔法使いになりたい?」


「私が魔女になりたい理由? えー、なんでだろう。……いい人そうだから? 私、悪い人だから、魔女になって皆から『良い人だ』って思われたいのかも」


「英雄願望か? あるいは、他者からの承認への飢えか」


 カサルの分析的な問いに、マリエは首を傾げる。


「えー、わかんない。悪い魔法使いをやっつけるとかしちゃう? わかんないなぁ、でも、魔女が好きなんだよなぁ」


 カサルは、彼女の思考回路の構造を全く理解できなかった。


 言葉をはぐらかしているようにも聞こえるし、本当に何も考えていないようにも見える。


 ただ、「そうありたい」という根源的な願い。


 理屈や損得を超越した、ある種の原始的な衝動だけが彼女を突き動かしている。


 それは、合理性という枷の中で生きるカサルにとって、眩しく、そして恐ろしい「人間の本質」に見えた。


「……だがまあ、人生、魔法が使えれば大抵の問題は解決する」


 その言葉には、彼の幼少時代からの絶望、無念、悔恨──その全てが皮肉として凝縮されていた。

 しかしマリエは、その闇に気づくこともなく瞳を輝かせる。


「アハッ、やっぱり? やっぱり魔法って凄いんだ!」


 魔法に一途な夢を持つ彼女から、カサルは冷めた目で距離をとる。

 だが内心では、彼女の放つ熱に、自分の冷え切った理性が侵食されるような気配を感じていた。


「ああ。───ついたぞ。ここがオレの工房だ」


 カサルがスイッチを入れると、無機質な照明が広大な作業場を照らし出した。

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