第8話 おバカ貴族と工房

 カサルは、工場の中心区画から少し離れた、隠された工房へとマリエを招き入れた。

 床には足の踏み場も無いほど散らかった図面と紙束。作業台には未知の器械部品が乱雑に積み上げられている。


 壁は煤で黒ずんでいるが、よく見ればその黒は汚れではない。

 壁一面を隙間なく埋め尽くす、膨大な計算式と魔法陣の書きなぐりであり、それは彼の9年に及ぶ狂気的な探求の軌跡そのものだった。


「未来へようこそ」


 カサルがそう告げると、マリエはボソリと呟いた。


「わぁ。……ちょっと汚い」


 無遠慮な感想を漏らしながら、マリエは部屋をぐるりと見渡す。そして、一つの部品に目を留めた。


「ねえねえ、コレなんの部品?」


「それか。それは八等級の異端核を包んでいた外殻だ。……お前が持って来た異端核なら、そっちの机の上に置いてある」


 カサルは紙束を避けながら机へと向かい、分解済みの異端核をマリエの前に提示した。


 見るも無残に解体されたその塊は、剥き出しになった赤身のような内部組織が、てらてらと鈍い光を反射していた。


 それは鉱物というより、臓器に近い質感を持っていた。


「なんだか生き物みたい……」


「ああ。異端核は『機械生命体』といって差し支えない存在だ。人間に寄生し、その生命力を吸って成長し、宿主が死亡すると同時にまた別の宿主を探して体から外れる」


「……寄生? 異端核って悪いものなの?」


「いや、それは極論だ。米や麦だって、人間に自分達を育てさせ、繁殖することに成功している。異端核がしているのも同じ生存戦略だ。人間と共生することで数を増やしている生き物に過ぎない。……問題なのは、穀物と違って異端核は『神聖視』されているという点だ」


 彼らの住む神聖シラクーザ王国は、極めて宗教色の強い国である。

 神の贈り物と言われる異端核を傷つけたり、分解したりする行為は、人体を冒涜するのと同義──最も糾弾されるべき禁忌とされていた。


「あ!」


 マリエが突然、声を上げた。


「どうした?」


「カサルちゃん、異端核、分解しちゃってるじゃん。それって悪いことなんでしょ?」


マリエにカサルちゃんと呼ばれ、一瞬ムッとする。

しかし、よくよく考えたらバカサルよりかはマシだったため、彼は平静を装い話を続けた。


「……貴族は法律の適用外だ」


 カサルの適当な嘘に、マリエは「そっかー」と納得したように、バラバラになった六等級の異端核の残骸を手に取った。


「これじゃあ魔女になれないのかー」


 彼女の言葉に、カサルはふと、彼女を利用する算段を思いつく。


 この場所を見られた以上、ただでは帰せない。だが殺すのも後味が悪い。ならば──。


「……この場所を秘密にするなら、科学の力で、お前を魔女にしてやらんこともない」


「え、ほんと!?」


「ああ。ただし、少しでも他言すれば契約は破棄だ。それにオレの魔法で、お前の舌が二度と動かないように呪いをかけることになる」


「ひえっ……」


 マリエは自分の口を手で押さえた。


「で、できるかなぁ……自信はないなぁ……」


「自信を持て。魔女になりたいのだろう?」


「なりたい! ……うん、わかった! 絶対に言わない! お口チャックする!」


 カサルの目の前で、マリエはブンブンと首を縦に振った。


 その無責任とも言える笑顔に一抹の不安を覚えつつも、カサルは新たな「実験体」を手に入れたことに、科学者としての昏い喜びを感じていた。

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